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AppleTV⁺ 配信ドラマシリーズ『プルリブス』シーズン1あらすじと感想/ヴィンス・ギリガン新作『プルリブス』が突きつける「個」の消滅とユートピアの正体

ヴィンス・ギリガン最新作『プルリブス』シーズン1(全9話)を徹底批評。全人類が集合意識となったユートピアで、孤独な抵抗を続ける主人公の姿から、現代社会における「個」の価値と自由の意味を問い直す必見のSFドラマ。

 

『ブレイキング・バッド』、『ベター・コール・ソウル』のヴィンス・ギリガンが、盟友レイ・シーホーンを主演に迎え、再びアルバカーキを舞台に放つ衝撃のSFドラマ『プルリブス』。配信が開始されるや、高い評価を受け、第83回ゴールデン・グローブ賞テレビ部門賞にノミネートされるなど幅広い層に受け入れられている超話題作だ。

 

ウイルスの蔓延により人類が「集合意識」へと統合され、暴力も差別も消えた完璧なユートピア。そんな世界で免疫保持者となった主人公キャロルは、なぜ孤独で醜悪な抵抗を続けるのか?

『プルリブス』は、AIへの依存や個性の喪失が進む現代社会への鋭い寓話であり、不完全な「人間」であることの意味を問う実に挑戦的で意欲的な作品だ。

本稿では作品の魅力を徹底解説する。

 

『プルリブス』シーズン1は2025年11月7日よりApple TV⁺で全9話が配信され、2027年にシーズン2が配信予定。

 

目次

 

『プルリブス』シーズン1基本情報

『プルリブス』(C)Apple TV

邦題: プルリブス

原題:Pluribus

ジャンル:SF/心理スリラー/ブラック・コメディ

製作・ショーランナー:ヴィンス・ギリガン

音楽:ディブ・ポーター

製作国:アメリカ

製作年:2025年

上映時間:全9話(42–63分)

配信プラットフォーム:Apple TV⁺(2025年11月7日より配信)

キャスト:レイ・シーホーン、カロリーナ・ビドラ、カルロス=マヌエル・ベスガ、ミリアム・ショア、サンバ・シュッテ

 

『プルリブス』シーズン1あらすじ

ある日、天文台が宇宙からの無線信号を受信し、謎の暗号を受け取る事件が発生。すぐにそれはRNA配列の記述であることが判明する。

政府機関のある研究所ではそのRNAを合成し、マウスに接種していたが、一人の技術者がマウスに噛まれて感染、トランス状態に陥る。その後、技術者は意識を取り戻すが、唾液を介して研究所のスタッフ全員が感染。彼らはすぐに唾液サンプルの配布準備を開始する。

 

ロマンティックファンタジー小説「ワイカロの風」シリーズの新作を発売したばかりのベストセラー作家キャロル・スターカ(リア・シーホーン)は、出版ツアーを終えて、マネージャーであり恋人でもあるヘレン(ミリアム・ショア)と共にアルバカーキに戻って来た。

 

バーで一杯やりながら、自分の書いた本への不満やそれを読む人々への軽蔑をぶちまけていたキャロルだったが、外に出ると、ヘレンも含め周囲の全員が発作を起こし始め、キャロルは愕然とする。

 

ヘレンの心臓は止まっており、キャロルはあわてて近くの病院に駆け込むが、そこでも人々は皆、発作で苦しんでいた。ところが彼らの大半はしばらくして意識を取り戻し、何事もないように歩き始めた。見知らぬ人々は一斉にキャロルに話しかけ、なぜか、皆が、彼女の名前を知っていた。恐怖にかられたキャロルは倒れているヘレンを車に乗せ、あわてて家に戻るが、ヘレンは意識を取り戻すことなく亡くなっていた。

 

悲しみに暮れながらも、何が起こったのか理解できないキャロルは情報を得るためテレビをつけるが、テレビは1チャンネルしか映らなかった。役人らしき男性が現在の状況を説明しているように見えたが、驚くべきことにその男性はキャロルに話しかけていた。これはエイリアンの侵略ではない、宇宙から送り込まれた遺伝子コード、それが人類の意識を一つに融合させたのだ、と・・・。

公式予告編はこちら

youtu.be

 

『プルリブス』シーズン1感想と評価

砂漠の街に訪れた、静かなる「個」の終焉

『プルリブス』(C)Apple TV

『ブレイキング・バッド』とそのスピンオフ『ベター・コール・ソウル』で一大センセーションを巻き起こしたヴィンス・ギリガンの新作ドラマは、またもやニューメキシコ州、アルバカーキを舞台にしている。

高く青い空、荒涼とした砂漠や郊外など、お馴染みの光景が映し出されるが、今回は、SFの要素を取り入れた全く異なる物語が展開する。ギリガン監督の『ベター・コール・ソウル』でキム役を見事に演じたレイ・シーホーンが、主人公のキャロルを演じ、エミー賞候補になるのは間違いない思わせる素晴らしい演技を披露している。

 

物語の幕開けは、極めて日常的であり、かつ不穏だ。ベストセラー作家であるキャロルは、マネージャーであり恋人でもあるヘレンと共にバーで酒を飲みながら、自著への不満や読者への軽蔑をぶちまけている。彼女は成功者でありながら、常に何かに怒り、周囲を拒絶する気難しい人物として登場する。

しかし、店を出た直後、平穏な日常は瓦解する。ヘレンを含め、周囲の人間たちが一斉に発作を起こして倒れたのだ。パニックに陥ったキャロルが目にしたのは、病院でも街中でも、同じように倒れ伏す人々の姿だった。やがて人々は意識を取り戻すが、それはもはや、彼女が知る「人間」ではなかった。そしてヘレンは決して目を覚まさなかった。

 

宇宙から送り込まれた遺伝子コード、それが人類の意識を一つに融合させるウイルスを生み出したのだ。生き残った七十億を超える人々は、個別の「私」を捨て、巨大な集合意識の一部となった。一人の知識は全員の知識となり、誰と話してもそれは全体と話すことと同義になる。

 

しかし、何らかの理由でキャロルと世界中のわずか十数名だけがこのウイルスへの免疫を持ち、融合させられなかった。テレビ画面越しに語りかけてくる農務次官を名乗る男(彼もまた集合意識の一部だ)は、これがエイリアンの侵略ではないと告げる。それは「個」の消滅による、究極の平和の訪れであった。

 

ユートピアという名の監獄:タイトルが示す逆説

本作のタイトル『プルリブス(Pluribus)』は、アメリカの国章や硬貨に刻まれた標語「E pluribus unum(多様から一つへ)」に由来している。本来、この言葉は異なる信条や人種が団結して一つの国を作るという理想を指すが、本作ではその「多様性(Pluribus)」という言葉を強調することで、逆説的に個が埋没していく恐怖を炙り出している。

 

ドン・シーゲル監督の1956年のSF映画『ボディ・スナッチャー』のように、異星生物が人間を乗っ取って征服するような暴力性はない。むしろ、この集合意識は善意に満ち、暴力も人種差別も性差別もない、完璧なユートピアを構築しているのだ。

 

しかし、その代償はあまりにも大きい。人々は高度な知性を維持し、数学を解き、飛行機を操縦することもできるが、そこに「個人の意志」は存在しない。彼らの行動は人工的で、あらかじめ決められたアルゴリズムに従っているかのようだ。

 

キャロルはこの甘美で残酷な共同体に溶け込むことを拒絶する。彼女は、人間嫌いで、怒りっぽく、常に反対意見を持つという「人間としての当然の権利」を死守しようとする。個人の自由や異議申し立てには、たとえそれが争いを生むとしても、強制された平等より大きな価値があるのではないか、という問いが物語の芯を貫いている。

 

完璧な伴侶とアルゴリズムの誘惑

『プルリブス』(C)Apple TV

集合意識となった人々は、キャロルに対してどこまでも親切だ。彼女が望めば食料も車も、あるいは豪邸さえも、さらには冗談で頼んだ手榴弾さえも彼らは笑顔で提供してくれる。過酷な労働も厭わず、「ただ助けたいだけだ」と囁き続ける。

キャロルは、自己決定としての自由と、何不自由ない生活という自由の間の緊張感に晒されることになる。彼らは決して暴力を振るわない。その上、異様に正直で嘘がつけない。ただ、キャロルが自ら折れて同化するのを、無限の忍耐強さで待ち続けるのだ。この静かな圧迫感こそが、本作の真骨頂だろう。

 

キャロルの傍らに配置される、カロリーナ・ワイドラ演じるゾーシアの存在も極めて印象的だ。彼女は集合意識がキャロルの好みに合わせて用意した「理想の世話役」であり、教養に溢れ、気難しいキャロルと対等に渡り合える知性を持っている。その慈愛に満ちた表情や暖かさは、すべてアルゴリズムによって算出された人工的なものだが、キャロルが抗いがたい魅力を感じてしまうほどに完璧だ。二人の間に流れる奇妙な空気感、パラノイアに陥るキャロルと揺るがない笑顔を向けるゾーシアの関係は、本作の大きなハイライトとなっている。

 

孤独を貫く意志、現代社会への鋭き批評

『プルリブス』(C)Apple TV

ヴィンス・ギリガンの演出は、本作でも冴え渡っている。労働者たちの作業を捉えた俯瞰ショットや、巨大なスーパーマーケットに一人取り残されるキャロルを映すワイドスクリーンの構図は、彼女の圧倒的な孤独を視覚的に表現している。長回しのモンタージュを多用し、砂漠と郊外を舞台に「怒りと孤独を抱える人間」としてのキャロルを執拗に追い続けるカメラワークは、映画的な美しさに満ちている。

 

物語の序盤、キャロルは自分以外の生存者たちと接触を試みるが、彼らは皆、平和主義的で愛情深いコミュニティの魅力に屈していた。孤独を極めた彼女が、薬を使ってゾーシアから秘密を聞き出そうとする独善的な振る舞いは、一見して醜悪なものだ。しかし、レイ・シーホーンが演じるその姿には、人間性を捨てきれない者の悲哀と、清々しいほどの拒絶の意志が宿っている。孤独の中でユーモラスに、しかし一度も笑わずに振る舞う彼女の姿は、我々自身のアバターでもあると言えるだろう。

 

『プルリブス』は、パンデミックの経験や環境問題への寓話であると同時に、AIやChatGPTへの依存を深める現代社会への鋭い批評にもなっている。利便性と共感の喪失、および「正解」だけが提示される世界で、私たちは何を失おうとしているのだろうか。

 

アンチヒーローを描き続けてきたギリガンが、この「完璧な世界」において、欠点だらけの人間であることを肯定しようとする物語を紡いだ意義は大きい。キャロルが選ぶ旅路の先には何があるのか。2027年に放映予定のシーズン2が今から待ち遠しい。

 

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