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映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』あらすじと評価/レオナルド・ディカプリオ主演の躍動感あふれる政治スリラー

『ブギーナイツ』(1977)、『マグノリア』(1999)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)、『ザ・マスター』(2012)、『イン・ヒアレント・ヴァイス』(2014))、『リコリス・ピザ』(2021)など錚々たる作品の監督であり、アカデミー賞にこれまで11回ノミネートされているポール・トーマス・アンダーソンが脚本と監督を務めた最新作『ワン・バトル・アフター・アナザー』

 

トマス・ピンチョンの濃密な小説『ヴァインランド』からインスピレーションを受けた本作は、極端に分裂しているこの時代に生きる人々の混乱を鮮やかに掬い取り、アクション、スリラー、コメディといった異なるジャンルを軽やかに横断する現代の寓話である。

 

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レオナルド・ディカプリオレジーナ・ホールベニチオ・デル・トロショーン・ペンテヤナ・テイラーといった大物俳優に加え、チェイス・インフィニティが長編映画デビューを果たし、魅力的なアンサンブルを見せている。

 

本作はブラディ・コーベット監督の『ブルータリスト』(2024)に続いて長らく使われていなかったビスタビジョンを採用。『ブルータリスト』が一部採用であるのに対して、本作は全編で採用され、鮮明で美しい映像をもたらしている。

 

また、音楽は6作連続アンダーソン監督と組んでいるジョニー・グリーンウッドが今回も担当している。新鮮な音色と大胆なビートが響き渡り、全編を覆う緊張感を増幅し持続させる大きな役割を果たしている。

目次

 

映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』あらすじ

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

カリフォルニアで活動する極左テロ組織「フレンチ75」は移民を強制収容所に送り込む独裁主義的なアメリカ政府に対して反旗を翻していた。

 

そのメンバーであるボブ(レオナルド・ディカプリオ)とペルフィディア(テヤーナ・テイラー)は、政府への抵抗活動を続ける中で、激しく惹かれ合い、恋人同士になった。

 

しかし、ペルフィディアが妊娠したことで、二人の間に亀裂が入る。子供が生まれてもペルフィディアは子供に関心が持てず、ますます活動にのめり込んでいく一方、ボブは赤ん坊の世話に追われ、闘争から離れて行った

 

ある日、「フレンチ75」は銀行を襲撃するが、警備員が抵抗を試みたため、ペルフィディアは彼を撃ち殺してしまう。メンバーたちはあわてて逃げ出すが、すぐに警察が出動し、ペルフィディアは逮捕されてしまう。

 

彼女のもとに現れたのは、ロックジョー大佐だった。彼とペルフィディアは「フレンチ75」が難民収容所を襲い、収容されていた人々を解放した時からいびつな縁があった。収容所でペルフィディアに性的虐待を受けたロックジョーは倒錯的な欲望と彼女への復讐に燃え、彼女に執着し続けていた。メンバーの名前を口に出せば、解放してやると囁かれたペルフィディアは、全てを自供し、「フレンチ75」のメンバーが次々と逮捕される事態となる。

 

ボブは仲間の手配により、偽名を手に入れ幼い娘を連れて遠い場所へと逃走し、以降、革命運動からは手を引き暮らすことに。一方、ペルフィディアはメキシコへ赴き、その後姿を消してしまう。

 

それから16年後。世界はそれほど変わっていない。ボブとペルフィディアの娘であるウィラ(チェイス・インフィニティ)は高校生になっていた。彼女は母親は英雄で活動のため死んだと聞かされて育った。

 

そんな彼女をかつての敵ロックジョー大佐が懸命に探していた。革命グループの残党を追跡する新しい権限を与えられたロックジョーは、白人至上主義の権威ある秘密クラブに入会するために、ウィラが自分の娘であるかどうかを確認する必要があったのだ。

 

高校でダンスパーティーが開催される日、政府軍は、ウィラを待ち伏せするが、「フレンチ75」のかつての残党が彼女を保護して、ある修道院へと連れて行く。

 

ことの次第を知ったボブは自身も警官の突撃を受けながら、間一髪で逃れ、ウィラの空手の先生であるセルジオ・セント・カルロス(ベニチオ・デル・トロ)に助けを求める。カルロスもまた地下抵抗運動に関わっていた。

 

ボブは革命家たちのネットワークを駆使して娘の隠れ家を探し出そうとするが、ロックジョーたちも懸命にウィラの行方を追っていた・・・。


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映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』感想と評価

(ネタバレ個所あり。まだ作品をご覧になっていない方はご注意ください)

政治的過激主義活動家たちの栄光と挫折

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

カリフォルニアの澱んだ大気の中、カメラは一人の女性を正面から撮っている。が、すぐさま、その女性が歩む橋とそのほぼ真下に存在する難民収容施設を同時に捉えた大胆なショットに切り替わり、と、同時にジョニー・グリーンウッドによるけたたましいストリングが鳴り響く。この衝撃的なオープニングから映画は162分、ノンストップで進んで行く。

 

移民問題など、いくつかの問題は今の世界情勢を如実に反映しており、とりわけ移民税関捜査局(ICE)の容赦ない急襲や各地の抗議者に対する州兵の侵攻といった出来事が日々報じられる2025年現在のアメリカの姿を彷彿させる。だが、映画は世界が直面している現在進行形の危機や不安を巧みに描きながらも、まず強烈な個性を持つキャラクターに注目させる。

 

最初の30分は極左のテロ組織「フレンチ75」の過激な活動が綴られていく。テヤナ・テイラーが演じるペルフィディアは、この組織を牽引する“暴走する衝動”そのものだ。彼女の行動は狂気じみた自己中心性と抑えきれないエネルギーに満ちており、徹底して利己的で容赦がない。そんな彼女の存在自体が物語のテンポと熱量を冒頭から一気に加速させる役目を果たしている。

 

レオナルド・ディカプリオが扮するボブは爆破物製造のスペシャリストだが、ペルフィディアに半ば引っ張られる形で組織に加わり、ふたりは激しい高揚感の中で結ばれ恋人同士になる。

 

だが、大義のため彼らが行っていることは、銀行強盗、大使館爆破など、ジャスティン・カーゼル監督作品『オーダー』(2024)で描かれた極右福音派の白人至上主義グループが行っていた活動とほとんど変わりがないように見える。世界を良き方向に変えるという強い信念を抱いた人々がしばしば理想の姿から大きく乖離する様を、PTAは、政治的過激主義の根底にある人間性に注目し、深く掘り下げている。

 

ふたりの間に子どもが出来ると、育児を優先して家族になりたいと願うディカプリオと、大義に心を奪われ他のすべてを犠牲にするテヤナ・テイラーとの間には大きな溝が生まれてしまう。同じ理想を持った人同士でも「分断」は起こってしまうのだ。

また、倒錯的な欲望と復讐心でテヤナ・テイラーに執着するショーン・ペン扮するロックジョー大佐がついにテイラーを拘束するに及んで、「フレンチ75」は壊滅的な打撃を受ける。ディカプリオは赤ん坊と共に別名を名乗って逃亡せざるを得なくなり、テイラーはロックジョーとの取引後、行方不明となる。ここで描かれるのは若き活動家たちの悲劇的な挫折の姿だが、政治的な問題はこの映画の主眼ではない。描かれるのはイデオロギーではなく人間の脆さと泥臭さなのだ。このあと物語は16年後に飛び、さらに加速度を増し、自由奔放でスクリューボール的な混沌の世界へと突入して行く。

 

真の英雄とは!?

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本作の原作(原案)となったトマス・ピンチョンの『ヴァインランド』は、1984年のレーガン政権下のアメリカを舞台に1960年代の反体制運動を題材にした作品で、ポール・トーマス・アンダーソンは時代を21世紀に移して描いている。

人類はこれまで「次から次へと闘う」ことを繰り返してきた。『ワン・バトル・アフター・アナザー』というタイトルはまさにそうした世代から世代への抵抗の歴史の継承を意味していると同時に、くすぶった生活をしているディカプリオが、誘拐された娘を救出するために繰り広げる「次から次への闘い」をも意味しているだろう。

 

ディカプリオは、かつての栄光を失った男を見事に演じている。年季の入った格子縞のバスローブをまとい、常にハイの状態で、混乱とフラストレーションを抱えた男。抵抗運動からはすっかり足を洗ったが『アルジェの戦い』などを観ては未だに過去に囚われ続けている。一人娘のウィラ(チェイス・インフィニィティ)を16歳まで育て上げたことだけが彼の勲章だ。

 

混乱の渦中にあるボブの姿には思わず笑ってしまう。彼は携帯の充電にさえ苦労し、やっと電話ができるようになって「フレンチ75」ホットラインに助けを求めるも、どうしても合言葉を思い出すことができない。必死に自分とわかってもらおうと訴えるが、淡々と合言葉を求め続けるオペレーターに対して罵詈雑言を交えた激しい言葉を重ねてキレまくる。ディカプリオのコメディアン的才能が見事に爆発したシーンで、コメディの神髄が「しつこさ」と「繰り返し」にあることを改めて思い出させてくれる。

 

ウィラの空手の先生であるセルジオ・セント・カルロス役のベニチオ・デル・トロの助けで、彼の弟子的存在のスケボー少年たちに導かれて、ビルの屋上を次々と飛び越えて行く場面では、デル・トロに「トム・クルーズのように!」と言われながら、見事に失敗して途中で落下し、すぐに軍隊にティーザー銃で撃たれてあっけなく気を失ってしまう。だがその必死さとかっこ悪さが、かえって娘を思うあたたかな人間性を浮かび上がらせているとも言える。

 

ボブとウィラの危機を救おうと様々な人が関わるが、その中には16年前に「フレンチ75」で苦労を共にした戦士デアンドラ役のレジーナ・ホールがいる。彼女もデル・トロも自身の経験を活かしながら抑圧者への抵抗を忍耐強く続けている人物だ。

とりわけデル・トロは、ドタバタする周囲にも左右されることなく常に落ち着いた足取りで危機を乗り越えて行く。国家機関の裏をかくように難民たちの逃げ場を確保し、地元住民たちとも信頼関係を築いている姿は、政治的過激主義者たちに最も欠けていたもので、そのひょうひょうとした姿が実に味わい深い。

 

幾多の苦難や戦いを、人間は一人で乗り越えることはできない。互いに手を差し伸べ、互いを補い合いながら生きている。映画はそれらをこの困難な世界を生き抜くための道標として描き、そこに希望を見出そうとしている。

 

白人至上主義者の名誉ある秘密クラブに入会したい一心で、自分の「汚点」となるチェイス・インフィニティを執拗に追跡する敵役のショーン・ペンは、倒錯した性癖と容赦のない残忍な性格を際立たせている。一方のチェイス・インフィニティは新人ながら堂々とした演技を見せ、個性的な俳優たちが見事なアンサンブルを見せている。

 

アンダーソン監督は『リコリス・ピザ』に続き、再びマイケル・バウマンとタッグを組み、流れるような映像美を生み出している。廊下を移動する長回しのトラッキングショットを何度も用い、次に一体何が来るのかという期待と不安を呼び覚ましたかと思えば、屋上での逃走シーンでは、市民の騒乱の炎と煙が街路のネオンと溶け合って夜の街を彩る様を、見事なカメラワークで捉えている。

 

映画の終盤には、起伏のある丘陵地帯を激走するスリル満点のカーチェイスが登場するが、かつて見たこともない驚異的な映像だ。その映像を体感することはこれまで映画を通して私たちが覚えた感情のジェットコースターの集大成であると共に、その激しいアップダウンはディカプリオたちの起伏の激しい人生の象徴でもあるのだろう。

 

PTA作品の常連であるジョニー・グリーンウッドについても改めて言及しないわけにはいかないだろう。彼が奏でる楽曲は映画全編を通して心臓の鼓動のように脈打っている。とりわけピアノの鍵盤を一つ叩くような音が鳴り続ける場面は息を呑むような緊張感を生み出していて圧巻だ。まさに楽曲自体がもうひとりの主人公であるかのようだ。

 

『ワン・バトル・アフター・アナザー』において、アンダーソン監督が腐敗した世界の中でなお慈しみを見いだそうとするその眼差しは、これまで以上に深く、痛切だ。

崩壊する家族の悲劇や、ますます右傾化していく社会全体を嘆きつつ、絶望の中にも人間同士の連帯を見出そうとしている。恐怖と緊張、ストレスに満ちた状況の中でも、私たちは結局のところ、共に生き抜いていくしかないのだ。互いの欠点を通して理解し合い、支え合うことの中にこそ、かすかな希望の光が宿る――そしてその究極には家族の愛がある。父にとっては娘を護ることが真の闘いであり、彼が成すべきことはそのために最善をつくすことだ。どんなに父親が口うるさく、子供じみていて、大きな欠点を抱えていたとしても、娘にとっては、現れてほしい時に姿を見せてくれる父こそが真の英雄なのだ。そのことを、この映画は静かに、しかし力強く伝えている。

 

映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』作品情報

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

2025年製作/162分/PG12/アメリカ映画/原題:One Battle After Another

監督・脚本/ポール・トーマス・アンダーソン 製作:ポール・トーマス・アンダーソン、 アダム・ソムナー、サラ・マーフィ 製作総指揮:ウィル・ワイスク 撮影:マイケル・バウマン 美術:フロレンシア・マーティン 衣装:コリーン・アトウッド 編集:アンディ・ユルゲンセン 音楽:ジョニー・グリーンウッド キャスティング:カサンドラ・クルクンディス

出演:レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、レジーナ・ホール、テヤナ・テイラー、チェイス・インフィニテ ィ、シャイナ・マクヘイル、アラナ・ハイム、エイプリル・グレイス

 

 

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