『レクイエム・フォー・ドリーム』や『ブラック・スワン』で観る者を圧倒し続けてきた鬼才、ダーレン・アロノフスキー。そんな彼が、主演にオースティン・バトラーを迎えて放つ最新作『コート・スティーリング(原題:Caught Stealing)』は、これまでの重厚な作風とは一線を画す「純粋なアクション・エンターテインメント」に見える。
しかし、その皮を剥けば、そこにはやはりアロノフスキーにしか描けない「人間の業」と「ダークな側面」が横たわっていた。
1990年代末のニューヨーク、ロウアー・イーストサイド。一匹の猫をきっかけに巻き起こる狂騒劇はなぜこれほどわたしたちを痺れさせるのか。今回は、90年代アクション映画へのオマージュと、アロノフスキー流のダークさが奇跡的なバランスで融合した本作の魅力を解説する。
目次
映画『コート・スティーリング』作品基本情報

邦題:コート・スティーリング
原題:Caught Stealing
ジャンル:アクション、スリラー
監督:ダーレン・アロノフスキー
原作・脚本:チャーリー・ヒューストン
撮影:マシュー・リバティーク
製作国:アメリカ
製作年:2025年
上映時間:107分
キャスト
ハンク役:オースティン・バトラー(『エルヴィス』、『ザ・バイクライダーズ』)
ローマン刑事役:レジーナ・キング(『ビール・ストリートの恋人たち』)
イヴォンヌ役:ゾーイ・クラヴィッツ(『THE BATMAN ザ・バットマン』)
ラス役:マット・スミス(『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』)
リーパ役:リーヴ・シュレイバー(『スポットライト 世紀のスクープ』)
シュムリー役:ビンセント・ドノフリオ(『LAW & ORDER クリミナル・インテント』)
映画『コート・スティーリング』あらすじ

1998年のニューヨークでハンク(オースティン・バトラー)はバーテンダーとして働いていた。彼は熱狂的なサンフランシスコ・ジャイアンツファンで、かつてはドラフト候補にも挙げられていた有力選手だったが、交通事故を起こし、悲惨な形でキャリアを終えてしまった。
恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラヴィッツ)とはうまくいっており、二人は、関係を次の段階へと進めようと決意したばかりだ。
そんなある日、ハンクの隣人ラス(マット・スミス)が、父親の具合が悪いのでロンドンに行かなければいけないとハンクに飼い猫のバドの世話を頼みにやって来た。猫より犬派だと一度は断ったハンクだが、バドはハンクになついており、仕方なく預かることになった。
ラスのアパートからキャットフードを調達している途中、ハンクは二人のチンピラに襲われる。刑事ローマン(レジーナ・キング)はハンクに事情を尋ね、ユダヤ系マフィアのリパ(リーヴ・シュレイバー)とシュマリー(ヴィンセント・ドノフリオ)が現れたら危険な状態だと告げる。彼らは皆、何かを捜しているらしいのだが、ハンクには皆目見当がつかない。ラスは何を置いていったのか?
刑事が帰ったあと、ハンクは偶然、猫のトイレに隠された鍵を発見する。誰もがその鍵を欲しがっていた。その争奪戦で多くの人が命を落とすことに・・・。
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映画『コート・スティーリング』感想とレビュー
ダーレン・アロノフスキーの新境地?

ダーレン・アロノフスキーは、『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000/2月にリマスター版が劇場公開)、『ブラック・スワン』(2010)、『マザー!』(2017)といった、ハードで重厚な作品で知られる監督だ。最新作『コート・スティーリング』は、これまでの作品とは少し毛色の変わった「純粋なアクション・エンターテインメント」に見えるが、果たしてそうだろうか。
舞台は、ニューヨーク・マンハッタンのロウアー・イーストサイド。物語はバーテンダーとして働くハンク・トンプソン(オースティン・バトラー)を追う。
彼はサンフランシスコ・ジャイアンツの大ファンで、母親に毎日電話しては野球の話をするのが日課だ。恋人イヴォンヌ(ゾーイ・クラヴィッツ)もいて、一見幸せそうに見えるハンクだが、実は深い傷を抱えている。高校時代、メジャー入りを嘱望されながらも自ら起こした交通事故で夢を絶たれた過去があり、今もその凄惨な事故の悪夢にうなされているのだ。
一匹の猫から始まるノンストップ・サスペンス

そんなある日、ハンクは隣人のラス(マット・スミス)から、不在の間、愛猫の「バド」を預かってほしいと頼まれる。この些細な頼みを引き受けたことで、ハンクとイヴォンヌは想像を絶する事態に巻き込まれていく。
時代設定は1998年。ジュリアーニ市長による浄化作戦とジェントリフィケーション(都市の富裕化)が始まったばかりの頃のニューヨークだ。本作のプロットやスタイル、激しいアクションは、初期のタランティーノやガイ・リッチーといった90年代のアクション映画を彷彿とさせる。だが、その根底には彼らの作品よりもずっとダークなものが流れている。ユーモラスで思わず吹き出す場面がある一方で、呼吸を置かずに振るわれる暴力は容赦なく、バタバタと人が死んでいく。
猫を預かっただけのハンクは、わけもわからぬまま激しい暴行を受け、いきなり腎臓を一つ失う有様だ。大切な人は警告する間もなく床に転がり、バーに乱入したマフィアは狭い部屋で銃を乱射した挙げ句、味方に射殺される。どのフレームにも陰湿な影が忍び寄り、暴力が物語に異様な重みを与えている。ダーレン・アロノフスキーの持ち味である「ダークさ」は、本作でも健在なのだ。
強烈な個性が火花を散らす!実力派キャストが魅せるアンサンブル

脇を固める面々も実に個性的だ。レジーナ・キング演じる冷徹な刑事をはじめ、ロシア系・ユダヤ系のマフィアたちがハンクを追い詰める。なかでも、リーヴ・シュレイバーとヴィンセント・ドノフリオが演じるハシディズムのユダヤ系マフィアコンビの存在感は圧倒的だ。「最も恐ろしい男たち」でありながら、安息日を祝う母親(キャロル・ケイン)の家へ寄り、ハンクを真ん中に挟んで手作りのマッツァボールスープを食す……といった、シュールで愉快なシーンまで用意されている。本作は、この軽快なコメディタッチと、火薬庫のような凶暴さが巧みに交錯した作品といえるだろう。
あらゆる暴力と対峙する中で、ハンクは「猫」だけは死守しようとする。自分以外には牙を剥くバドとのコンビネーションが実にいい。猫を護るという行為は、イヴォンヌに突きつけられた「事態に向き合える男になって!」という言葉を、彼が無意識に実践している証でもある。守るべき存在が、次第に彼に力を与えていくのだ。オースティン・バトラーは、そんなハンクを肩の力を抜いてひょうひょうと演じ、唯一無二の存在感を放っている。
監督の原点回帰。細部に宿る「90年代末ニューヨーク」の質感

また、本作は「ニューヨーク映画」としての魅力にも溢れている。ロウアー・イーストサイドは、アロノフスキーの長編デビュー作『π』(1998)の舞台でもあった場所。「キムズビデオ」の店舗が映り込むなど、当時のランドマークを盛り込みながら、90年代後期の空気感を見事に再現した。
さらに、コニーアイランドの情景、クィーンズにあるニューヨークメッツの本拠地シェイ・スタジアムの地下鉄シーン、そしてフラッシング・メドウズ・コロナ・パークの巨大な地球儀「ユニスフィア」周辺での空撮アクション。これらの緻密なロケーションが、作品に圧倒的なリアリティとスケールを与えている。
軽快なエンタメの皮を被りながら、その実、一筋縄ではいかない人間の業と暴力を描き出す。やはりこれは、紛れもないダーレン・アロノフスキーの世界であった。
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