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韓国映画『スリープ』あらすじ・感想/ ポン・ジュノ監督作品の助監督を務めたユ・ジェソンの長編映画監督デビュー作は、睡眠障害を題材にしたスリラー作品

韓国映画『スリープ』は、夫の睡眠障害が原因で恐怖に陥って行く夫婦の姿を描いたスリラー作品だ。

 

『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019)のチョン・ユミが妻スジン、『パラサイト 半地下の家族』(2019)のイ・ソンギュンが夫ヒョンスを演じている。

 

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ポン・ジュノ監督作品の助監督を務めたことのあるユ・ジェソンが監督・脚本を手がけ、長編映画デビューを果たした。

ポン・ジュノ監督も「ここ10年で観た中で最もユニークかつ恐ろしい映画」と絶賛。第76回カンヌ国際映画祭批評家週間に選出されるなど、国内外で高い評価を得た作品だ。

(本作は飼い犬が無事ではない映画なのでご注意ください。直接的な描写はありません

 

目次

韓国映画『スリープ』作品情報

(C)2023 SOLAIRE PARTNERS LLC & LOTTE ENTERTAINMENT & LEWIS PICTURES ALL Rights Reserved.

2023年製作/94分/韓国映画/原題:잠(英題:Sleep)

監督・脚本:ユ・ジェソン 撮影:キム・テス 編集:ハン・ミヨン 照明:イ・ジウ 美術:チョン・ウンギョ、シン・ヘナ 衣装:ヤン・ヒョンソ、チェ・ジアン 音楽:チャン・ヒョクジン、チャン・ヨンジン

出演:チョン・ユミ、イ・ソンギュン、キム・ググヒ、ユン・ギョンホ、イ・ギョンジン、キム・グムスン

 

韓国映画『スリープ』あらすじ

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ヒョンスと妻スジンは我が子の誕生を控え、仲睦まじく幸せな結婚生活を送っていた

ある夜、隣でいびきをかいて眠っていた夫ヒョンスが突然起き上がり「誰かが入ってきた」と呟いた。

 

その呟きに呼応するように室内で不審な音がし、驚いたスジンが夫を見ると、彼はまたぐっすりと眠っていた。起こそうとするもまったく起きる気配がない。音はしつこく続いており、スジンはベッドを降り、咄嗟に電動ドリルを掴むと、恐る恐る音のする方向へ進んでいった。すると、ドアの間にサンダルが挟まっており、ドアが開閉を繰り返していたことがわかる。

戸締りをしてベッドに戻ったスジンは何も気づかず眠り続けている夫に呆れた表情を見せた。

 

ヒョンスは俳優として売れ始めていたが、収入はまだ安定しないので、スジンが勤めに出て家計を支えていた。夫は昨晩「誰かが入って来た」と言ったことを覚えておらず、それは芝居の台詞だと答えた。

 

スジンが仕事に出かけようとすると、下に新しく越してきたという女性が挨拶にやって来た。女性はここ一週間、ずっとスジョンたちの家からどんどんと物音がしたという。

 

確かに昨晩はうるさかったかもしれないが、一週間とは大げさなと、夕方、車で迎えに来てくれたヒョンスにスジョンは愚痴る。

 

幸せいっぱいのふたりだったが、その夜、ヒョンスは寝ている間に血まみれになるまで頬を搔きむしり、仕事をキャンセルせざるをえなくなった。本人は眠っている最中の自覚はまったくないらしい。

 

症状は深刻になるばかりで、ついには窓から身を乗り出して飛び降りようとするまでに至り、ふたりは睡眠クリニックを訪ねた。

 

医師はレム睡眠行動障害だと診察し、治療すれば治ると請け合ってくれた。しかし、ヒョンスの異常行動はエスカレートするばかりで、スジョンが目覚めると、夜中に冷蔵庫をあけて、食べ物を貪り食ったらしく、キッチンの床に食べ物が散乱していた。ふと悪寒がして、冷蔵庫を覗くと、そこには変わり果てた愛犬の姿があった。

 

無意識の中で起こった事故とはいえ、スジョンのショックはあまりにも大きかった。心配してやって来た母親は、巫女にお祓いをしてもらうべきだと言い、ベッドの下に貼るようにとお札を渡すが、スジョンはばかばかしいと相手にしなかった。

 

やがてスジョンは女の子を出産。幸せなはずの生活も夜になると不安ばかりが募り、娘に危害が加えられるのではないかと恐れたスジョンは、娘を抱いて浴室にこもったり、一晩中寝ないで夫を見張るなど、心身ともに疲れ果てて行く・・。

 

韓国映画『スリープ』感想と解説

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睡眠トラブルから始まる本作は、題材が身近であることもあって、すぐにその世界に引きずり込まれる。

 

主人公夫婦は仲睦まじく、妻のスジョンは俳優としての夢を叶えかけている夫を心から応援している。

唯一の心配は、夫ヒョンスが夢遊病の症状を見せ始めたことだ。人騒がせな寝言を呟いたり、体を血が出るほど搔きむしったり、冷蔵庫を開けて生肉を貪ったりと、症状は次第にひどくなっていき、2人は睡眠クリニックに相談に行く。ヒョンスは治療に専念するが、症状は一向によくならない。本作は三部仕立てになっているがここまでが「第一章」だ。

 

「第二章」は、出産シーンから始まる。赤ちゃんが生まれて幸せいっぱいのはずなのにヒョンスの夢遊病が治る気配がないため、スジンの不安は徐々に膨らみ、赤ちゃんに何かあったらという恐怖が頭から離れなくなってしまう。

 

物語のほとんどが夫婦が暮らすアパートで展開するのだが、小ぎれいに整頓された居心地の良い空間は、俳優二人の息詰まる演技と巧みな照明やカメラワークで、緊迫した「密室」に変容していく。

とりわけ第三章に表れる部屋の変貌ぶりには唖然とさせられるだろう。このような部屋の変化は、人生が悪夢に変わって行く過程の明確な視覚化である。

 

スジョンの不安の原因は、勿論、夫の睡眠障害による予期できない行動によるものだが、そこには「産後鬱」や「初めての子育ての不安」といった心理的な要素も働いていると言えるだろう。そもそも子育ての時期というのは、睡眠が十分摂れないものだし、睡眠が不足するということは人間にとってかなりのストレスであり、身体の不調を招くものだ。

 

そうした「睡眠」による普遍的な不安を、本作はうまくスリラーに仕上げているのだが、そこにさらに韓国的オカルトとも呼べる要素が入って来ることで、凄みが増してくる。

 

スジョンは心配して駆け付けた母親が、シャーマン信仰のお札を持ってきた際には、呆れてうんざりしていたのだが、やがて彼女も巫女を頼らざるをえなくなる。キム・グムスン扮する巫女が異様な威圧感を見せていて圧巻だ。

 

巫女による儀式は、しばしば韓国映画やドラマでも見られるように、韓国の古くからの民間信仰だ。

都会暮らしの現代の若者には、信じられないものであっても、親の世代にはまだ馴染みのあるものらしい。そして本作のように若い世代でも一旦西洋医学への不信感を持てば、すがりたくなるような力を持っている。それだけ社会に深く根付いているものでもあるのだろう。

 

ここに至って、何かがヒョンスに「憑依」している疑いが出て来たわけだが、第三章では、ヒョンスとスジョンの立場が逆転しているような展開となり、観ている我々は、どちらを信じていいのかわからなくなって行く。

 

夫婦は「二人一緒ならなんでも克服できる」と言う言葉を結婚生活において大切にしており、それが二人の円満さの源でもあったのだが、そこにこだわり続けたがために、墓穴を掘ることになってしまった。その言葉は互いの信頼を示すものだが、個人を縛る「呪い」でもあるのだ。

 

それにしてもユ・ジェソン監督による脚本が秀逸である。伏線が巧みに張られていて、それらが見事に結末へと繋がって行く。異常な空間の中でのパワーポイントのプレゼンという突飛で笑える展開まであり、本作の独特のオリジナリティを際立たせている。

 

そして、終盤、ふと私たちは、それまで忘れていた主人公の職業を思い出す。その構成の旨さに舌を巻くと同時に、イ・ソンギュンが如何に素晴らしい俳優だったかを思わずにはいられなくなる。

 

本作が製作された際は、当然、意図されていたわけではないが、今、本作を観ると、不幸にも亡くなってしまったイ・ソンギュンに対して哀悼と優れた俳優への最大限の敬意が現れているかのように感じられるのである。

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