1970年に解散し、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン亡きあとも、時代を超えて世界中の人々から愛されている伝説のロックバンド、ザ・ビートルズ。
本作は、地元リヴァプールでコピーバンドをしていたビートルズが、ドイツ・ハンブルグとリヴァプールを行き来しながら、様々な人物と出会い、62年「ラヴ・ミー・ドゥ」でメジャーデビューするやいなや、瞬く間に人気を獲得していくまでの軌跡を、活動初期の彼らをよく知る人々の証言から構成している。
数々の音楽ドキュメンタリーやCD制作を手がけたボブ・カラザーズが、監督・制作・脚本を務めた。
映画『ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ』は、7月5日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、池袋シネマ・ロサ、なんばパークスシネマ、テアトル梅田、MOVIX堺、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸他にて公開。
映画『ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ』作品情報
2008年製作/72分/イギリス映画/原題:The Beatles: Up Close and Personal
監督・制作・脚本:ボブ・カラザーズ
出演:アラン・ウィリアムズ、ピート・ベスト、アンディ・ホワイト、トニー・ブラムウェル、ノーマン・スミス、アラン・クレイン
映画『ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ』あらすじ
数多くの名曲を生み出し熱狂的なファンを生んだ「ザ・ビートルズ」。だが、そんな彼らも、メジャーデビュー前はリヴァプールで演奏する小さなコピーバンドだった。
やがて初代マネージャーとなるアラン・ウィリアムズと出会い、ハンブルクでの演奏活動、バンドメンバーの脱退と加入を経て、1962年「ラヴ・ミー・ドゥ」でメジャーデビュー。以降、20世紀を代表するグループへと駆け上っていく。
元ドラマー、ピート・ベストらメジャーデビュー前の"ザ・ビートルズ"の姿を知る関係者のインタビューと、当時のTVパフォーマンス映像を交えながら、知る人ぞ知る初期ザ・ビートルズの在りし日を回想する。
映画『ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ』感想と解説
本作は、リヴァプールのクラブ「ジャカランダ」のオーナーで、1960年と61年にビートルズのハンブルク巡業を手掛けたアラン・ウィリアムズや、ハンブルグとリヴァプールを行き来する時代の二年間をビートルズのメンバーとして共に過ごしながら、デビュー直前に解雇されたドラマー、ビート・ベストなど、デビュー前後のビートルズの姿を熟知している人々のインタビューによって構成されている。
ビートルズのメンバーたち自身はテレビのライブ番組の映像が延々と流れるのみなのだが、人々の証言から、デビュー前は少しばかり不良だったという彼らの姿や、大事なオーディションの前に飲み過ぎて二日酔いで現れるといった、私たちが日ごろイメージすることのなかったメンバーの若き日の様々な姿が浮かび上がって来るのが面白い。
アラン・ウィリアムズが、当時美大生だったジョンとスチュアート・サトクリフに女子トイレの修繕の仕事を頼んだ時の話など愉快なエピソードも多いが、ビート・ベストの解雇にまつわる話は本人自身が語っていることもあり、彼の無念を思わずにはいられない。
ジョージがビート・ベストのことを「ベスト・ドラマー」、リンゴ・スターのことを「ベスト・ビートルズ」と語ったことが言及されているが、ビート・ベストが果たしてほんとうにビートルズ向きでなかったのかは、後からのこじつけのようにも思え、ここはもう不運としか言いようがない。
いずれにしても彼をクビにすることに決めたのは、ビートルズの全作品をプロデュースしたジョージ・マーティンなのだが、その彼がデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」のレコーディングの際、リンゴ・スターのドラムも気に入らず、急遽アンディ・ホワイトが呼び出されて代役を務めたという驚きのエピソードまで登場する(アンディ・ホワイト自身もインタビューに登場している)。
このように、本作は、様々な人々の証言から、知られざる逸話や当時の熱狂がリアルに伝わって来る非常に貴重なドキュメンタリーといえるだろう。
そして、ビート・ベストを含め、どの人たちも、少し誇らしげに当時のことを話すそぶりに、少なからぬ感動を覚えた。
ビートルズが好きでたまらないという方は勿論だが、音楽が好きな人なら、一見に値する作品だろう。