「娘と私は殺される」―ある日、報道局の女性キャスターあてにかかってきた一本の電話。電話の女性が語った住所に赴いたキャスターは母子の遺体を発見する。
スクープを手にしたキャスターは事件の真相に近づこうとするが・・・。
映画『死を告げる女』は、競争社会の中でしのぎを削る女性の深層心理を巧みに映し出しながら描く新たなサスペンス・スリラーだ。
『哭声/コクソン』、『悪の偶像』のチョン・ウヒが花形ニュースキャスターを演じ、謎めいた精神分析医に『僕の特別な兄弟』、ドラマ『悪を超えて』のシン・ハギュン、ヒロインの母親にホン・サンスの『あなたの顔の前に』などのイ・ヘヨンが扮している。
目次
映画『死を告げる女』の作品情報
2022年製作/111分/G/韓国映画/原題:앵커(英題:The Anchor)
監督・脚本:チョン・ジョン 撮影:カン・ミンウ 編集:チョン・ビョンジン 音楽:チャン・ヨンギュ
出演:チョン・ウヒ、シン・ハギュン、イ・ヘヨン、チャ・レヒョン、ナム・ムンチョル、パク・ジヒョン
映画『死を告げる女』あらすじ
生放送5分前、テレビ局YBCの9時のニュース・アンカーを務めるセラのもとにユン・ミンと名乗る女性から情報提供という名目で電話がかかって来た。
セラが電話に出ると、「変な男に付け回されている。私も娘も殺されるかもしれない」と怯えた声が聞こえてきた。セラは住所を尋ね、警察に連絡するので安心するようにと告げるが、女性はセラに来てくれませんか?と頼み、セラを困惑させる。
もし殺されてもあなたが来てくれて報道してくれれば、自分はそれで本望だ、という女の話はにわかには信じ難く、セラはいたずら電話と判断し受話器を置こうとするが、子供はもう死んでいると女が呟くのを聞いて問いただそうとするも、電話は切られていた。
この電話のことがずっと頭の隅に残り、珍しくその日は本番中に言葉に詰まってしまう。家に戻ると母ソジュンから放送中の失態について小言を言われてしまう。セラが本番直前に奇妙な電話がかかってきたせいだと答えると、母はスクープを掴むチャンスかもしれないと言う。
セラは半信半疑で、メモした住所を訪れた。激しく雨が降る中、セラは階段を降りYBCのものだと名乗りドアをノックする。しかし返事はない。
ドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。恐る恐る部屋に足を踏み入れ、暗い中を進んでいくと、なぜか部屋は水浸しだ。
浴槽を覗くと人の腕が見え、子供が死んでいるのがわかった。セラは恐ろしさで思わず後退りするが、そのままさらに奥の部屋へと進み、メモしてきた電話番号にかけてみると、奥の部屋で携帯が鳴っているのが聞こえた。そこでセラは女が首を吊っているのを発見する。
到着した警察に拠ると事件と自殺の両方の可能性があるという。まもなく放送局の車が到着し、セラは気丈に近隣の住民にインタビューするなど情報収集に励んだ。
テレビ局は9時のニュースでこの母子が死亡していた事件を大々的に特集。セラのもとにかかってきた電話の音声を公開した。
事件は大きな注目を集め、セラは一躍時の人となった。番組の改編期にあたる今、この事態はセラにとって9時のニュースのアンカーの座を死守するものになりそうだった。
しかし、セラは死んでいた女性のことが頭から離れず、そのことを同僚に相談する。同僚は「ちゃんと顔を見たか?」と尋ねてきた。彼自身、亡くなった人の顔を見なかったがためにずっとその人のことが頭から離れなくなったという。セラも死んだ女性の顔を見ていなかった。
事件から数日が経過し警察は母子が将来を悲観して無理心中を図ったと断定した。誰かが侵入した形跡もない上に、ユン・ミンには精神疾患があったという。
セラはその発表に納得することができず、再び事件現場を訪れる。すると、男がひとり、部屋に入ってきて、何かを探しているのが見えた。
セラはあわてて担当のキム刑事に電話。駆けつけた刑事は男のことをよく知っているようで、しばらく押し問答したあと男を開放した。
セラは、人が死んだ部屋に侵入するなんて明らかに怪しいと抗議するが、男は精神科のチェ医師でユン・ミンの主治医だと聞かされる。
キム刑事は過去の出来事もあるから彼を疑っていないわけではないとセラに説明した。何年か前に彼の患者が診察室から飛び降りて死亡するという事件があったのだそうだ。セラは彼に対する疑いを深めていく。
そんな中、セラはニュースの本番中、大きな失態を犯す。主任からは数日間番組をはずすと告げられてしまう。
家に戻ると母が「私に対する腹いせのためにわざと失敗したのか」とセラを詰った。母は大事な時期に子供を産んだりするなだとか夫と早く離婚しろと迫るなど、セラに過度な干渉を繰り返していた。
セラはチェ医師が催眠療法士であることを知り、彼のところへ出かけていくが・・・。
映画『死を告げる女』感想と評価
雨が激しく降り、水で溢れる溝沿いにカメラがゆるゆると進んでいくオープニングからただならぬ気配が漂っている。ライトに照らされた水の側面は時に赤く光り、見方によっては血がどくどくと流れているようにも見える。
カメラはそのまま上方にパンし、ある家の窓の前で止まり、次いで場面切り替わって、部屋の内側から窓と、眠っている女性を捉える。暗闇の中、音がする。ドアを開けようとする物音、靴音、一瞬、ガラスに男のシルエットが浮かぶ。誰かが家に入ろうとしている。目覚めた娘を女性は抱きしめることしかできない。
予告編を観た時からナ・ホンジン監督の『チェイサー』(2008)路線のスリラー映画として楽しみにしていたが、まさに期待通りのオープニングといえるだろう。
しかも主演がナ・ホンジン監督の『哭声/コクソン』(2016)で謎の女を演じたチョン・ウヒなのだ。イ・スジン監督の『悪の偶像』(2019)でも強烈な印象を残した彼女。今回彼女が演じるのは、大手放送局の看板番組「9時のニュース」のアンカーを務めるトップアナウンサーだ。
放送開始5分前に彼女にかかってきた電話は冒頭の女性と思しき人物である。女は「殺されるかもしれない。うちに来てほしい」という言葉を残す。心配してというよりは、キャリアになんらかの足しになるかもしれないという下心でヒロインは動き、母子の遺体を発見することになる。
無理心中だったとする警察の発表はにわかに信じがたい。そこにいかにも怪しげなシン・ハギュン扮する精神科医が登場する。逆光で顔のよくみえないシン・ハギュンとスポットライトを浴び不特定多数の人間にその顔を知られているチョン・ウヒ。対象的な顔を持つ2人が対峙し交錯し合うことで、物語はより複雑になり、驚くべき真相が浮かび上がってくる。
画面を観ながらどうも何かがおかしいという違和感が常につきまとうが、その違和感の正体を知ろうとする度に映画は加速度を増し、観る者を煙に巻く。最終的に真相が明らかになった時、全てに伏線が貼られ、きちんとヒントが与えられていたことに気づくだろう。
禍々しいスリラー、事件の真相を追求していくミステリーとしての面白さは勿論のこと、本作で重要なのは、競争社会の中で活躍する女性たちの心理が克明に描かれている点だ。
トップアナウンサーといえども番組の改編期には常に降板させられる可能性がある。熾烈な競争社会の中でトップであることを守り続けることのプレッシャーは想像を絶するものだろう。
とりわけ女性は、結婚、出産、育児といった事柄がキャリアを否応なく中断させる現実がある。本来なら幸せと喜びの源にもなるであろうものが重荷や負担になり、極端な場合はトラウマにさえなる。
このような働く女性の本音ともいうべき作品を作り上げたのは女性監督のチョン・ジョンだ。本作が彼女の長編映画監督デビュー作である。
昨今、パク・チワン監督の『ひかり探して』(2020)や、ソ・ユミン監督の『君だけが知らない』など女性監督が、フィルム・ノワールやミステリー&スリラーというジャンルに挑戦し、女性の人生や生き方をテーマとして描いた作品が増えている(韓国映画以外でならオリビア・ワイルド監督の『ドント・ウォーリー・ダーリン』が挙げられるだろう)。
本作もその流れにあるといえるが、本作が描いているのは、男性社会の中で女性のキャリアが切断されること自体が女性にとってホラーであるということだ。
子を通して自分の夢を叶えようとする母親や、妻の人生の目標や夢といったものにはまったく関心がない夫といった存在も、長年女性がかけられて来た呪いといえるのかもしれない。そうした存在がどれほど人を追い詰め、疲弊させるかは本作を観れば明らかだろう。
そういう意味で、本作は女性のリアルな現実を、全編「悪夢」として表現したホラー映画なのだ。
(文責:西川ちょり)