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映画『冬の旅』あらすじ・感想/アニエス・ヴァルダが若い女性の放浪者を通して見つめたもの

映画史にその名を刻む女性監督アニエス・ヴァルダが1985年に発表した映画『冬の旅』は、ヴァルダの劇映画の最高傑作と評され、1985年ヴェネチア国際映画祭・金獅子賞(最優秀作品賞)を受賞。本国フランスでは興行的にも成功し、ヴァルダ最大のヒット作となった。


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フランスの片田舎に突如現れた放浪する若い女性。彼女と関わった人々に話を聞くというスタイルを取りながら、女性のとった行動を辿ると共に、彼女に関わった人々が彼女をどう見たのかが綴られていく。  

 

目次

 

映画『冬の旅』の作品情報

(C)1985 Cine-Tamaris / films A2

1985年製作/105分/フランス /原題:Sans toit ni lo(英題: Vagabond) 監督・脚本・共同編集:アニエス・ヴァルダ 撮影:パトリック・ブロシェ、音楽:ジョアンナ・ブルズドビチュ

出演:サンドリーヌ・ボネール、マーシャ・メリル、ステファーヌ・フレス、ヨランド・モロー、パトリック・レプシンスキー、マルト・ジャルニアス

映画賞受賞:1985年ヴェネチア国際映画祭・金獅子賞(最優秀作品賞)・国際評論家賞、1986年ロサンゼルス映画批評家協会賞・外国語映画賞・女優賞、セザール賞・主演女優賞、フランス映画批評家協会賞ジョルジュ・メリエス

 

映画『冬の旅』あらすじ

(C)1985 Cine-Tamaris / films A2

冬の寒い日、フランス片田舎の畑の側溝で、人が死んでいるのを一人の労働者が発見する。遺体は、若い女で、外傷はなく、凍死と判断された。

 

警察は女を身元不明のまま葬ってしまうが、彼女はモナという名前の18歳の女性だった。モナは、寝袋とリュックだけを背負いヒッチハイクで流浪する日々を送っていたのだ。

 

彼女を一番最初に目撃したのは、バイクに乗ったふたり組の若者だった。冷たい海で泳いでいる彼女を見て彼らは驚いたという。1 人が声をかけようと誘うが、もう1人は用事があると応え、2人は立ち去った。

 

その証言はまるでモナが海からやってきたような印象を与えた。モナは、ガソリンスタンドで洗車を手伝って小銭を稼いだり、空き家になっている別荘に、同じく放浪中の男と一緒に潜りこんだりしながら放浪を続けていた。

 

山中で牧場を営む元学生運動のリーダーの家には数日止めてもらい、仕事まで与えてもらったが、モナは「自分は楽に生きたいのだ」と言って真剣に働こうとしない。結局長続きせず、彼女はまた放浪の旅に出た。

 

病気にかかったプラタナスの研究をする大学教授ランディエは、ある日、車を運転していた際、路上で手をあげていたモナを乗せる。

 

教授はモナから発せられる強烈な匂いに驚くものの、彼女を自身の職場に連れていき、やがてふたりの間には信頼関係が芽生える。

 

しかしその関係も長続きせず、教授はモナの言う場所まで車で送っていく。その後、彼女はモナを行かせるべきではなかったと後悔し、助手たちに彼女を探すように頼むが、誰も真剣に取り合わない。

 

次第に寒さが増し、路上生活は厳しく辛いものになっていく。外国から来た労働者に助けられ、住み込みで仕事を手伝うようになるが、里帰りしていた彼の仲間たちが戻ってくるとモナの居場所はなくなってしまう。

 

駅で恐喝まがいのことをするホームレスのグループと行動を共にし始めたモナだったが・・・。  

 

映画『冬の旅』感想と評価

(C)1985 Cine-Tamaris / films A2

モナが凍死するに至るまでの数週間の足取りが、彼女と関わった人々からの証言を得るという形で明らかにされていく。

 

しかし、彼女がどこの生れで、どのような環境で育って、なぜ放浪生活を始めたのかということが明確に示されることはない。さらに、彼女が何を望んでいるのか、あるいは何を拒否しているのか、といった内面に踏み込むこともない。

 

彼女は何度か「私は楽して暮らしたい」という言葉を発しているが、その言葉を文字通りにとっていいものなのかも判然としないし、その言葉を生んだ背景などもただ想像することしかできない。

 

代わりにここで浮かんでくるのは、人々が彼女の放浪生活を見て、どのように感じたのかということだ。興味深いのは、男性と女性では明らかに彼女を見る目が違うのだ。

 

男性は一様に、彼女を不潔なやっかいものと捉えている。その上で、あくまでも毛嫌いして拒否する人、搾取する人、手を差し伸べようとする人に分かれていく。

 

一方、女性は、彼女の暮らしぶりに「自由」を感じる人が少なくない。家があり、冬は暖かく過ごせる場所を持っているにもかかわらず、モナを羨ましいという思いが彼女たちの脳裏をよぎるのだ。

 

とりわけ、大きな屋敷に1人で暮らしている老婦人の世話をしている若い女は、隣の誰も住んでいない別荘に知り合ったばかりの男性と潜り込んだモナを見て、一種の憧れを持つ。彼女は、仕事とそれに見合った報酬と、恋人もいるのだが、モナの方が自分よりもずっと幸せに見えるのだ。

 

モナに対して厳しい言葉をかける農場主の妻ですら、「あの女」と呼ぶ夫に対して「あの女じゃなくてモナよ」と抗議していたのが印象的である。

 

アニエス・ヴァルダがここで何を描こうとしたのかは明らかだろう。男性中心社会における女性たちの暮らしぶりと人生だ。人生を男性に依存しており、意のままにできない苛立ちと諦め、窮屈な思いと自由への仄かな憧れが、フィルムには刻まれているのである。

 

とはいえ、モナは決して女性たちの英雄的存在ではない。彼女は当初は冬には珍しい「キャンパー」として登場するが、どんどん薄汚れ、悪臭を放ち、農場主から「女のホームレスなど初めて見た」と言われるように「ホームレス」と見なされるようになる。

 

映画の序盤ではジュークボックスで音楽を聞き、コーヒーが飲めたのに、終盤では店から追い出され、音楽も聴けず、コーヒーカップに触れることもできない。

 

路上で眠るにはあまりにも厳しい寒さの中、誰からも救いの手を差し伸べられることもなくのたれ死んでしまった彼女の人生は、自由の成れの果てなのだろうか。

 

アニエス・ヴァルダは、決して彼女の死を社会告発として描いてはいないが、本作を観れば、彼女の死について、彼女を死に至らしめたものは何かということについて、思案せずにはいられないだろう。

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