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【解説】映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』あらすじと感想/勇気と粘りで仕事を成し遂げることについての映画

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は、絶大な権力を持つ映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの長年に渡る性的暴行を告発した2人の女性記者による回顧録を基に、『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』(2021)などの作品で知られるドイツのマリア・シュラーダーが監督を務め映画化した社会派ドラマだ。

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『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)などのキャリー・マリガンと『ニューヨーク 親切なロシア料理店』(2019)などのゾーイ・カザンが巨大権力に挑んだ2人の女性記者を演じている。  

 

目次

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』作品情報

(C)Universal Studios. All Rights Reserved.

2022年製作/129分/アメリカ/原題:She Said 監督:マリア・シュラーダー 製作:デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー、 製作総指揮:ブラッド・ピット、リラ・ヤコブ、ミーガン・エリソン、スー・ネイグル 原作:ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー 脚本:レベッカ・レンキェビチ 撮影:ナターシャ・ブライエ 美術:メレディス・リッピンコット 衣装:ブリタニー・ロア 編集:ハンスヨルク・バイスブリッヒ 音楽:ニコラス・ブリテル

出演:キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソンアンドレ・ブラウアー、ジェニファー・イーリーサマンサ・モートン、トム・ペルフリー、エル・グラハム、アシュレイ・ジャッド

 

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』あらすじ

(C)Universal Studios. All Rights Reserved.

ニューヨーク・タイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターは、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが権力を笠に着て長期に渡り新人女優やアシスタントに性的暴行を重ねていたという情報を得る。

 

取材を進めるうちに、何度も訴訟沙汰になっていることがわかるが、ワインスタインがマスコミに圧力をかけて記事をもみ消していた。

 

ミーガンとジョディは急に会社をやめるなど被害にあったと思しき女性にコンタクトをとるが、彼女たちはなかなか口を開いてくれない。

 

セクハラ行為を受け、毅然とワインスタインを批判したために業界からほされ、映画の仕事に関われない女性も少なくなかった。

 

やがて被害女性の多くは示談を強いられ、慰謝料の見返りとして口を封じられてきたことが判明する。  

 

問題の本質は業界の隠ぺい構造にあると気付いたミーガンとジョディは、さまざまな妨害行為に遭いながらも真実を求めて奔走する。

 

ふたりはワインスタインの周辺で働く、ミラマックス社の財務担当者や、カンパニーの理事、代理人弁護士等にも辛抱強く取材を続ける。

 

そしてついにワインスタインからのたびたびの抗議電話をはねつけて来た編集長のディーン・バケットから「記事を書け」という号令がかかる・・・。

 

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』感想と評価

(C)Universal Studios. All Rights Reserved.

1990 年代、アイルランド

偶然映画のロケ現場に出くわした若い女性が、映画のスタッフとして働くようになり、生き生きとした表情を見せる姿が映し出される。

 

しかしすぐに彼女が悲壮な表情で通りを駆けてくる場面へと変わる。何が起こったのか。天国から地獄へと突き落とされたこの女性についてまず想像させるところから映画は始まる。

 

本作の演出を手掛けたのは、ドイツの女性監督、マリア・シュラーダーだ。本作には、暴行シーンの再現も、裸のシーンも出てこない。マリア・シュラーダーは、そのことに関して「すでにあまりにも多くのレイプシーンと、あまりに多くの暴力描写が映画に登場しました。(中略)女性に対する暴力のシーンを世界に向けてさらに生み出すことに抵抗を感じました」*1と述べている。

 

本作はそうした暴力シーンに代表されるようなある意味「映画的」な演出を避け、有能な 2 人の女性ジャーナリストの根気強い丁寧な仕事ぶりを追うことで、真実を浮かび上がらせる方法を取っている。

 

 

そんなニューヨーク・タイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイーをキャリー・マリガンが、ジョディ・カンターをゾーイ・カザンがそれぞれ演じている。彼女たちは使命感に燃え、大きな権力の壁に立ち向かっていく勇敢な女性だ。

 

もっとも彼女たちはスクープ欲しさにスタンドプレーをするわけでもなく、権力者に啖呵を切るわけでもない。記者として根気よく淡々と仕事を進めるだけだ。

思春期の子供の言葉遣いに悩んだり、産後鬱に見舞われたりもする彼女たちの私生活も並行して描かれている。スーパーヒーローでもなんでもない市井の人間としての姿が捉えられている。

 

作品としても#MeToo運動を生む原動力となった画期的な出来事として華々しく描き上げるのではなく、一つの記事を書き、発表するまでの辛抱強く、忍耐強い過程が強調される。

そういう意味では本作は大変地味な作品と言えるだろう。

 

しかし、そのあえて抑揚を抑えた堅実な描写は常に画面に緊張感を漂わせており、特別、劇的な逸話を入れなくても十分にサスペンスフルである。

映画を観る者も、ワインスタインの悪行と彼を護る社会のシステムが明らかになっていく過程を目の当たりにして腸が煮えくり返るような怒りを覚えることになる。

 

ついに記事を発表するためのボタンを押すシーンは本作のもっとも大きな見せ場といえるだろう。

必要なのは用意周到であることだ。上げ足を取られるようなミスが少しでもあればすぐに訴訟されるリスクがある。二人の記者だけではなく編集局次長、編集長をはじめとする数人のスタッフが、その場に同席し何度も記事を見直す。緊張感あふれる場面だ。  

 

ニューヨーク・タイムズ」紙がこのスクープをものにできたのは、二人の女性記者の努力の賜物であることは勿論のこと、編集長をはじめとする組織の一員が一つのチームとしてぶれなかったことが大きい。

劇中、「ニューヨーク・タイムズ」紙以外のマスコミもワインスタイン問題を追っているというセリフが出てくるが、そうした他社の動きよりも、「ニューヨーク・タイムズ」紙が先んずることができたのはひとえにこの一致団結が要因だろう。ここには企業もの、お仕事映画としての面白さが詰まっているともいえる(この『ニューヨーカー』誌のスクープに関与するドキュメンタリー作品については後述する)。

 

とりわけ印象的なシーンがある。

ワインスタインとその一行が編集部に乗り込んでくる場面なのだが、ワインスタインは後ろ姿だけで登場する。その時、彼を見つめるキャリー・マリガンの表情が長々と映し出される。

なんと表現すればいいのだろう? 哀れみを宿した眼差しと言えばよいのか、その顔は勝ち誇った顔でもなければ、嫌悪にあふれた鬼の形相でもなく、言葉ではとても表現仕切れないものだとしか言えない。しかし、その顔ですべてが伝わるのだ。これこそが映画が持つ力だろう。

 

キャリー・マリガン、ゾーイ・カザンはもちろんのこと、冷静沈着な編集局次長レベッカ・コーベットに扮したパトリシア・クラークソン、ぶれない力強い編集長ディーン・バンケットを演じたアンドレ・ブラウアー、そして、自分たちと同じような目に会う女性をもう二度と出してはいけないと勇気を振り絞り証言する女性たちを演じたジェニファー・イーリーサマンサ・モートン、アンジェラ・ヨー、本人役で出演したアシュレイ・ジャド等、役者たちが皆、実に素晴らしい。

 

監督のマリア・シュラーダーの前作『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』(2021)は、高性能AIアンドロイドと研究者の女性との関係を描いた作品だったが、一見ロマンチック・コメディーに見えるシチュエーションの中に複雑な人間の感情を浮かび上がらせ、知的で魅力溢れる作品に仕上げていた。

 

本作も、抑揚を抑えた演出で、様々な感情を描出し、ことの顛末を見事に描き出している。

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』をよりよく理解するために

映画内でも言及されているように、『ニューヨーク・タイムズ』と同時期に老舗雑誌『ニューヨーカー』もワインスタイン事件を追っていた。

ニューヨーク・タイムズ』は2017年10月5日にワインスタインの過去の性暴力と示談についての記事を出したが、数日後、『ニューヨーカー』誌でも記事が発表された。

 

老舗の新聞と雑誌がほぼ同時にワインスタインの性暴力を告発したことでワインスタインは失脚、禁錮23年の刑を受けることとなる。また、一連の告発は映画界を超え、国を超えた#MeToo運動を巻き起こすきっかけとなった。

 

『ニューヨーカー』誌による告発の中心人物でジャーナリストのローナン・ファローの行動を記録したHBO制作のドキュメンタリー作品『キャッチ・アンド・キル/#MeToo 告発の記録』(全6話)がU-NEXTで配信されている。

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彼は当初、テレビ局のNBCの特派員記者だった。プロデューサーと共に、ワインスタイン問題に取り組み、被害を受けた複数の女性の証言を得て、報道番組として放映する予定だった。

 

しかし、局のトップが怖気づき、放送は中止となってしまう。別のジャーナリストが集めた資料を譲り受けたローナン・ファローは『ニューヨーカー』誌に舞台を変えて取材を続け、ついに記事を公開する。

 

ドキュメンタリーは、その過程をはじめ、実名でワインスタインを告発したモデルの生々しい証言、加害者側と結託したメディアの言論封殺の実態や、民間の調査会社による暗躍にも言及している。  

 

その中で、保身に走り、言い訳に終始する大手企業と、自分の中の「正義」を重んじ、組織と袂を分かつプロデューサーや記者たちの矜持が対照的に描かれている。

 

全6話だが一話が25分ほどと短く見やすいので、ぜひ、ご覧になっていただきたい作品だ。

●『キャッチ・アンド・キル/#MeToo 告発の記録』(全6話)
2021年/アメリカ/HBO制作/原題:Catch and Kill: The Podcast Tapes/製作総指揮:ナンシー・アブラハム、ローナン・ファロー 他/日本ではU-NEXTで配信

(文責:西川ちょり)

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*1:『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』パンフレット掲載インタビューより