『仕立て屋の恋』などの作品で知られる名匠パトリス・ルコントが、8年ぶりにメガホンを取り、同作の原作者ジョルジュ・シムノンの<メグレ警視シリーズ>の人気作『メグレと若い女の死』を映画化。
舞台は1953年のパリ。シルクのドレスを身につけた若い女性が惨殺された。血塗られたドレスを唯一の手掛かりに、メグレが事件の真相に迫る!
名優ジェラール・ドパルデューがメグレを演じ、ジャド・ラベスト、『タイピスト!』のメラニー・ベルニエ、『バルバラ セーヌの黒いバラ』のオーロール・クレマン、『ともしび』のアンドレ・ウィルム等が共演している。
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映画『メグレと若い女の死』作品情報
2022年製作/89分/G/フランス/原題:Maigret
監督:パトリス・ルコント 原作:ジョルジュ・シムノン 脚本:パトリス・ルコント、ジェローム・トネール 撮影:イブ・アンジェロ 美術:ロイック・シャバノン 衣装:アニー・ペリエ 編集:ジョエル・アッシュ 音楽:ブリュノ・クーレ
出演:ジェラール・ドパルデュー、ジャド・ラベスト、メラニー・ベルニエ、オーロール・クレマン、アンドレ・ウィルム
映画『メグレと若い女の死』あらすじ
1953年。パリ・モンマルトルのバンティミーユ広場で、昔ながらのシルクのイブニングドレスを着た若い女性の遺体が発見される。
連絡を受けて駆け付けたメグレが見たのは、全身を何か所も刺され、ドレスが真っ赤に染まったむごたらしい遺体だった。
女性の身元を明らかにするものは何もなく、手がかりとなるのは女性が着ていた高級ドレスのみ。
彼女が履いていた靴はドレスとは不釣り合いの安物で、そのことから被害者は上流階級の女性ではないように思われた。彼女は分不相応なドレスを着て、一体どこへ行こうとしていたのだろうか。
ドレスを仕立てた店を調べ、さらに女性にドレスを販売した洋装店を割り出したメグレは店を訪ね店員に話を聞いた。
確かに若い女性が購入したと店員は証言するが、彼女の名前までは知らなかった。
若い女性ばかりが住むアパートメントがあると聞き、メグレはアパートメントの大家を訪ねた。
女性の特徴を話すと6階のD号室の女性ではないかと言う。
鍵を借り部屋を覗いてみたメグレだったが、家具らしきものはほとんどなく、部屋の中央には洗濯した下着類が干されていた。質素で侘しささえ感じさせる部屋だった。
大家が言うには、もともとこの部屋を借りていたのは別の女性で、又貸ししていたらしい。いずれにしても家賃を滞納していたので出て行ってもらうつもりだったという。
メグレはもともとの借主であるジャニーヌという女性に会いに行く。彼女は舞台で端役をこなす役者だった。
ジャニーヌの証言で女性の名前はルイーズだと判明する。しかし彼女はルイーズとはさほど親しかったわけではないらしい。田舎からやってきて住むところもなく困っていたので部屋を貸しただけだという。
そんな折、メグレは商店から絹のストッキングを万引きしようとしていた若い女性を目撃し、声をかける。
彼女はろくに食事もとっていなかったらしく、メグレが注文してやった料理をあっという間に平らげた。
彼女もまた田舎から都会に憧れてやってきた女性だった。芸術に憧れ、きらびやかな世界に足を踏み入れることを夢見てやって来たが、すぐに日々の暮らしもままならない困窮生活に陥ってしまっていた。
ルイーズもまた同じような境遇にあったのではないか? 彼女の足取りを丹念に追っていく中で、メグレは彼女がある出来事に巻き込まれた事実を掴む・・・。
映画『メグレと若い女の死』感想と評価
(ネタバレは避けていますが、結末部分に少し触れています)
メグレ警視といえば、ジャン・ギャバンの当たり役だが、本作でメグレを演じるのはフランスの大物俳優ジェラール・ドパルデューだ。
ベンチに座っている姿だけでもどっしりとした巨漢ぶりが際立ち、メグレのイメージにぴったりだが、映画が始まって早々、医師から禁煙を言い渡され、メグレのトレードマークであるパイプをくわえていないのが面白い。
冒頭、彼が医師の診察を受けている姿と、若い女性が洋装店でドレスを試着する場面が交互に映し出される。
日常でよくみられるあたりまえの光景ではあるが、どちらも他人の前で服を脱ぐという点が共通している。その瞬間だけ、どこか秘密をさらけ出すような(もっとも、相手はそれが仕事なので機械的に行っているだけなのだが)空間に居るとも言え、老いと若さを対比させる意図も感じられる。
しかし、すぐに恥ずかしそうに胸元を隠す女性の不慣れな様に興味をそそられる。とても不安そうで、ひどく思いつめた様子の女性のそぶりに目が釘付けになってしまう。
彼女はある場所へやって来て、階段をゆっくりと登っていく。その場では何かのパーティーが行われているらしい。しかし、その後、女性は他殺体として発見され、知らせを受けたメグレが現場に駆け付ける。ミステリ映画として上々の滑り出しだ。
メグレは彼女が着ていた分不相応のシルクのドレスから女性の身元を洗い出していく。真相を追及するために、彼女たちのことを理解しようとするメグレの静かだが、強い意志に貫かれた行動が胸を打つ。
そこから見えてくるのは、田舎から夢見て都会にやって来た若い女性たちが陥るあまりにも深い孤独な世界だ。
パトリス・ルコントは、素朴な夢を呑み込んでしまう都市の冷たさや都市に潜む悪意をリアルに表現しながら、弱者に寄り添おうとするメグレの姿を、センチメンタルにかつ気品あふれるタッチで描き出している。
そして何よりも本作で目を引くのが、画面に溢れる光と影のコントラストだ。
窓から零れ落ちてくる自然光だけの薄暗い部屋。小さなランプだけがいくつか灯された夜の部屋。照らし出される遺体、懐中電灯の光、そしてありったけの光を背にして輝く女の姿…。
光は彼女たちが憧れたものの象徴として、影は現実の闇として、映画の主題を鮮烈に浮彫りにしている。
ラスト近く、暗闇の映画館の中で映写機から光がこぼれている。ここに映し出されているのは映画館という名のメグレの心象風景だろう。
警察という仕事をただ機械的にこなしているのではない、人間味あふれる警視の姿がじわりと心に染みこんでくる瞬間である。