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映画『波紋』(2023)あらすじ・感想・解説/人間の本音をあぶり出す荻上直子監督による痛烈なブラック・コメディー

かもめ食堂』(2005)、『彼らが本気で編むときは、』(2017)の荻上直子が監督・脚本を手がけた映画『波紋』は、日本社会が抱える様々な問題を背景に、誰もが心の中に持つ本音をあぶり出したブラック・ユーモアたっぷりのヒューマンドラマだ。

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震災のあと、突然、夫が蒸発。寝たきりの義父の面倒を最期までひとりで見て葬式も出した須藤依子は、救いを求めて新興宗教にのめり込む。そんなある日、夫が何年振りかに突然帰って来た。依子の感情は激しく揺れ動く。

 

主人公・依子を筒井真理子、夫・修を光石研が演じている他、木野花柄本明キムラ緑子江口のりこ平岩紙磯村勇斗安藤玉恵等、個性豊かな実力派俳優が顔を揃えた。  

 

目次

映画『波紋』作品情報

(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

2023年製作/120分/日本映画/

監督・脚本:荻上直子 撮影:山本英夫 照明:小野晃 録音:清水雄一郎 美術;安宅紀史 衣装:宮本まさ江 衣装(現場):村田野恵 ヘアメイク:須田理恵 VFX:大萩真司 佐伯真哉 音響効果:中村佳央 編集:普嶋信一 音楽:井出博子 記録:天池芳美 助監督:関谷崇 演技事務:竹村悠

出演:筒井真理子光石研磯村勇斗木野花柄本明キムラ緑子江口のりこ平岩紙磯村勇斗安藤玉恵ムロツヨシ津田絵理奈花王おさむ

 

映画『波紋』あらすじ

(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

須藤依子は、 “緑命会”という新興宗教を信仰し、日々祈りと勉強会に勤しみながら、静かに暮らしていた。

ところが、原発事故が起こった際に自分の父の介護を押し付けたまま失踪した夫・修が数年ぶりに帰って来る。夫は癌を患っていて、治療に必要な高額費用を捻出するため、遺産目当てに戻って来たのだ。

 

依子の心は怒りで激しく揺れるが、“緑命会”の幹部に相談したところ「〝人を呪わば穴二つ”と言われるように人を憎めば結局自分に帰って来る」と諭されてしまう。

 

パート先では尊大な態度を取り続ける高齢の男性客に毎日のように振り回され、自慢の庭には隣の飼い猫が侵入して来る。息子が久しぶりに家に戻ったと思えば、障がいのある女性を連れて来て、結婚するという。

到底賛成できない依子は、女性に息子と別れてほしいと伝えるが、若い2人は依子がそうした態度に出るのをあらかじめ見越して対策を練っていた。

 

依子は湧き上がる黒い感情を抑えるために宗教にすがり、教えの通り、「自己犠牲」で対処しようとするのだが・・・。  

映画『波紋』の感想・評価

(C)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

本作には原発事故、それにまつわる風評被害、義理の親の介護、新興宗教、近隣トラブル、障がい者差別等々、今の日本をとりまく様々な問題が提起されている。そしてそのすべてが筒井真理子扮する主人公・依子に重たくのしかかっているのだ。

そんな依子にさらに複雑な思いを抱かせる事柄が起きる。原発事故直後、不意に家を出て行き長らく行方知れずだった夫が突然帰って来たのだ。癌を患っているという夫は、高額治療を受けるため遺産をあてにしていて悪びれる様子もない。呆然とする依子だったが、やがてふつふつと怒りが湧いてくる。

と、こうしてストーリーだけを羅列すると、「こんな辛気臭そうな作品、観たくもないわ、それでなくても・・・」と拒絶反応を起こしてしまいそうだ。だが、実は、この作品、そんな反応をする人にこそ、響くに違いないのだ。  

 

依子が頼っている新興宗教の幹部の女性は寛容であれと説き、依子に「自己犠牲」の大切さを教示するが、本作で描かれているのはそうした「建前」とは真逆の、人間のどす黒い「本音」である。

これまで依子は建前と本音、善意と正直さの狭間で引き裂かれながらも、夫が失踪しても妻の役割を果たして義理の父を介護し、社会が女性に望む役割をまっとうしてきた。こうあるべきという古い概念は今でも驚くほど人を縛り付けているし、おそらく根が「優しい人」ほど、不本意であっても他人の望みに応えなくてはいけないと行動してしまうのだろう。

帰ってきた夫を追い返さず家に入れてしまうのも、習慣になってしまった良い人センサーが発動してしまうからで、ましてや「癌」となれば、「常識的に」邪険にも出来ないではないか。

 

しかしパート先で知り合った木野花扮する水木との会話をきっかけに依子は自分自身の本音を隠さないようになる。宗教団体の偉い人の言葉よりも水木の言葉が響くのは、それが依子の立場を考えての言葉だからだし、依子が聞きたかった言葉だったからだ。  

 

人々がタブーとしている際どいテーマにも果敢に挑み、ブラックなユーモアに包み表現する荻上直子の手腕には脱帽せざるを得ない。

息子が連れてきた恋人に対する差別意識のくだりなどは、観ているこちらが大丈夫なんだろうかとハラハラさせられるが、ここでは自分に関係なければ寛容で慈悲深くいられるのに、自分に関わるとなると途端に「差別者」になってしまう人間の愚かさを実に見事に描き出している。

夫が高額治療を受けるために入院し点滴を受けている際、依子はチューブの薬が一滴落ちるたびに「はい50万…はい100万…」と掛かる費用を50万円単位で念仏のように呟く。

表面は「いい人」を装っていても、誰だって心の底では怒りや、妬みや偏見といったどす黒い部分を多かれ少なかれ持っているものだろう。そうしたものが表出して軽やかにスクリーンを舞うのである。これはもう笑うしかないではないか。

こうした主題でここまでブラックにユーモアを押し出す作品は、生真面目な作品が多い日本映画において珍しいのではないか。あえて言うなら中平康の軽妙さに通じるだろうか。  

 

筒井真理子が醸し出す、絶妙にとぼけた、しかし肝の座った佇まいがなんとも素晴らしい。その雰囲気に徐々に呑み込まれていく光石研もまた実にいい。

 

原発事故が報じられた際に、水道水や雨水にも気をつけるようSNSで拡散された「風評被害」から始まって、水を御神体とする新興宗教や、水の波紋で表現する家族の形など全編を「水」の要素で貫いている構成も巧みだ。

夫が丹精込めて育てた花が咲き誇る庭を、水を一切使わず石や砂だけで山や川を表現する枯山水の庭園に変えてしまい、毎日砂かき棒で依子自身が波紋を描いていくのも実に示唆的である。

シーンの合間に響くカスタネットの音が映画に軽快なリズムを作りだしているが、ラストの大団円を知ってしまうと、それらはリハーサルのようなものだったことに気づくだろう。

ラストの依子の鬼気迫るダンスを観ていると、どうしてこの人はこんなに踊れるのに、新興宗教のあんなまやかしのようなダンスで満足していたのだろうと思わされる。  

 

人生において抑圧から開放されるのは難しい。本作は、ある女性が壮大な精神的バトルの末に根深い家父長制、男性中心社会の呪いから脱して自我を確立するまでを描いている。それゆえに観終えたときの爽快感はたまらないが、女性が自由を獲得するその道のりの険しさを改めて思わずにはいられない。

(文責:西川ちょり)

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