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映画『白鍵と黒鍵の間に』あらすじと感想/冨永昌敬監督が原作を大胆にアレンジし、池松壮亮が一人二役を演じるジャズ映画

ジャズミュージシャンでエッセイストの南博の回顧録『白鍵と黒鍵の間に -ジャズピアニスト・エレジー銀座編-』を共同脚本の冨永昌敬監督と高橋知由が大胆にアレンジ。

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昭和末期の夜の街・銀座を舞台に、ジャズピアニストを目指してキャバレーでピアノを弾く、駆け出しの博と高級クラブでピアニストを務めて3年になる南という2人のジャズピアニストを池松壮亮一人二役で演じている。

 

彼らを取り巻く面々もユニークなつわものばかり。ジャズミュージシャンにヤクザの親分、出所したばかりの謎の男に、アメリカ人の歌姫、バンマス、高級クラブの支配人等が入り乱れ、狂騒の一日が始まる・・・。  

 

映画『白鍵と黒鍵の間に』作品情報

(C)2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

2023年製作/94分/日本映画/シネスコ/5.1ch

監督:冨永昌敬 原作:南博『白鍵と黒鍵の間に』(小学館文庫刊) 脚本:冨永昌敬、高橋知由 製作:大熊一成、太田和宏、甲斐真樹、佐藤央、前信介、澤將晃 プロデューサー:横山蘭平 アソシエイトプロデューサー:白川直人、寺田悠輔 ラインプロデューサー:荒木孝眞 撮影:三村和弘 照明:中村晋平 録音:山本タカアキ 美術:仲前智治 装飾:須坂文昭 ヘアメイクデザイン:西村佳苗子 編集:堀切基和 音楽:魚返明未 エンディング音楽:南博 仕上担当:田巻源太 助監督:久保朝洋 制作担当:中村哲也 スクリプター:押田智子 宣伝プロデューサー:小口心平

出演:池松壮亮仲里依紗森田剛クリスタル・ケイ、松丸契、川瀬陽太、杉山ひこ、中山来未、福津健、日高ボブ美、佐野史郎洞口依子松尾貴史高橋和也

 

映画『白鍵と黒鍵の間に』あらすじ

(C)2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

昭和63年の年の瀬。夜の街・銀座では、ジャズピアニスト志望の青年、博が場末のキャバレーでピアノを弾いていた。

 

法被を着てお面を被らされる上にジャズの演奏をなかなかさせてもらえない毎日にすっかり嫌気が差していた博は、ふらりと現れた謎の男から「ゴッドファーザー 愛のテーマ」をリクエストされ、演奏する。しかし、その曲は決して弾いてはならない曲だった。

 

“あの曲”をリクエストしていいのは、ただ一人、銀座界隈を牛耳る熊野会長だけなのだ。演奏を許されているのも会長お気に入りの老舗高級クラブ「スロウリー」の敏腕ピアニスト、南だけだった。

 

博はミュージシャンが集まる「喫茶ボストン」で、スロウリーのバンマスの三木と知り合い、スロウリーでピアニストとして雇ってほしいと頼むが相手にされない。

 

一方、南は自分たちの音楽をBGM代わりとしかみなしていない酔客の前での演奏に割り切っているとはいうもののほとほとうんざりしていた。アメリカから来たジャズシンガーのリサもこの環境に気を悪くして楽屋に閉じこもってしまう。

 

その夜、熊野会長がやって来た。ちょうど南は掛け持ちしている「リージェント」のステージに向かう途中だったのだが、会長に引き留められてしまう。  

 

三木から南の代役を見つけるように指示された千佳子は、喫茶ボストンで博と出会う。千佳子はかつて名ピアニストの宅見に師事していた先輩、後輩だった。

 

「リージェント」での代役に嬉々として向かった博だったが、ここでもなかなか自分の思うようには弾かせてもらえない。そんな博の前に現れたのが、「ゴッドファーザー 愛のテーマ」をリクエストしたあの男だった。

 

彼は博をみて、あのキャバレーで弾いてくれたお兄さんだろと声をかけてきた。あの時は仮面をかぶっていたからわかるはずもないのだが。

 

あの時とは違いすでに事情を知っている博はとぼけ続けて、なんとか彼をあきらめさせようとするが、男は引き下がらない。たまりかねた博は、弾いたのはスロウリーのピアニストだと男に告げる。

 

踵を返し、スロウリーに向かおうとした男の服から、バラバラと刃物類が落ちた。実はこの男、10年刑務所にいて出所してきたばかりだった。博は嫌な予感がしてぞっとする。

 

スロウリーに戻って来た千佳子に、南はボストンに留学しようとしていることを打ち明ける。このことを話すのは千佳子が初めてだ。だが、その会話はちょうど階段を上がって来た三木の耳にも届いてしまう。

 

ボストンの音楽大学に入学するにはデモテープを提出しなくてはいけないのだが、南は、ボストンに着いてから録ればいいと楽観していた。しかし千佳子から話を聞いたリサは、誰も知らない場所にいってどうやってデモを録るのかと言い、今から演奏して録音しようと提案する。

 

でっかいラジカセが用意され、演奏が始まった。忘年会が始まったと勘違いする人たちもいて、いつになく皆が音楽に集中する。バンマスの三木も思わず楽器を奏で、また以前、博と同じキャバレーでサックスを吹いていた青年、K助も飛び入りで参加し人々は音楽に聴き入った。

 

大いに盛り上がる会心の演奏となったが、曲が終わるや、リサの手からマイクを奪った会長が「ズンドコ節」を歌い始める。

 

その頃、リージェントのバンマスから、あの男がそちらに向かったという報せが届き、三木は震えあがっていた・・・。  

 

映画『白鍵と黒鍵の間に』感想・評価

(C)2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

本作はジャズミュージシャン/エッセイスト・南博の“銀座時代”を振り返った回顧録を原作にしているのだが、冨永昌敬監督と共同脚本の高橋知由は、南博がモデルの主人公を「南」と「博」の二人の人物に分け、3年間の物語を一日に集約するという大胆な脚色を行っている。二人を演じるのは池松壮亮だ。

 

ただ、映画の中ではそうした説明は何もないから原作を読んでいない人には少しわかりにくいかもしれない。観ようによっては、「南」と「博」はよく似ていているが、劇中、それを指摘する人はおらず(キャバレーの店長といった例外はあるが)、全くの別人と解釈することだって可能だ。駆け出しの「博」は、森田剛扮する「あいつ」を老舗クラブ「スロウリー」に導かせるためのダミーともとれ、また巷に大勢いるジャズミュージシャンを夢見る若者の象徴としての役割を背負っているようにも見える。

 

一方で、「南」と「博」の関係はそれぞれのドッペルゲンガーというか、ダブルで、後半「スロウリー」で起こった修羅場は、結局「博」が「南」にもたらした「自業自得」の災いとも解釈できるだろう。

だが、おそらく、そこを深く考える必要はないのだろう。人はただ単にその一日、一日をこなしているだけでなく、当然、これまでの人生を背負い、過去の記憶を持って生きている。ジャズピアニストを志した時のまだ初々しい自分と、業界慣れしていささか疲れ気味の自分を3年前と今でなく、同時間で表現するというのはつまりはそういうことであり、考えるな、感じろ!とばかりに演じてみせた池松壮亮の力量には改めて驚かされる。

おまけにピアノの演奏も、トリックや「映画のマジック」などを一切使わず、池松自身が演奏していて、これにはすっかり感服してしまった。

 

博や南を取り巻く、ミュージシャンやヤクザ、クラブの関係者たちも皆、個性あふれる魅力的なキャラクターばかりで、彼らが織りなす狂騒の中、名曲「ノーバディ・ウオンツ・ユー・ホエン・ユーアー・ダウン・アンド・アウト」の演奏が始まる。本作のクライマックスであるそのシーンは、ジャズ演奏の名場面として映画史に残るであろう素晴らしさだ。

 

奏者たちの躍動や、聴き入る人々の動き、カメラワーク、カット割りの巧みさは勿論のこと、クラブの空間に広がる騒めきや人々の興奮までをも掬い取って視覚化したような至福溢れる場面が展開する。

 

この演奏は南がボストンの留学先に応募するためのデモテープ録りを兼ねていて、ピアノの横に設置されたラジカセに収まったカセットテープには出色の出来の演奏が収録されたのは確かだ。ところがそのことは仲里依紗扮する千佳子とクリスタル・ケイ扮するリサ以外には内緒なので、合間にクラブの支配人等との会話がはいったりと、ノイズだらけ。おまけに演奏を終えた途端、松尾扮するヤクザの親分が「ズンドコ節」を歌い出し、それも収録されてしまうのだ。挙句にそのラジカセは、何度も人の頭を叩く凶器になってしまう。独特のユーモアに過激な暴力まで加わって、ラジカセはその夜の混沌の象徴となる。映画においてこんな大役を担ったラジカセが過去にあっただろうか。  

 

しかもそこから作品は思いもよらぬ方向へと向かうのだが、考えてみれば、暗すぎてよくわからなかった冒頭の映像にこそヒントがあったのだ。その場所は都会の谷間か奈落の底か。夜の銀座の世界はやはり一筋縄ではいかないのだ。

 

死人がむくむくと起き出して話し出すというシュールな展開はより過激かつとぼけたユーモアを発散させているが、考えようによっては不吉な想像も浮かんでくるだろう。

 

しかし、それをどう判断するかは観る人の主観に任されるだろう。いずれにしてもラストショットを観終えた際、清々しい余韻が残る。混沌の極みから最終的に浮かび上がってくるのは、やはり「夢を追う」ことの肯定と礼賛だからだ。

(文責:西川ちょり)

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