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映画『ミッシング』(日本映画)あらすじ・解説/ 石原さとみを主演に迎え、最愛の娘が行方不明になった夫婦の苦しみを通して吉田恵輔監督が描いたものとは⁉

『空白』(2021)、『神は見返りを求める』(2022)などの作品で知られる吉田恵輔監督が自身のオリジナル脚本で撮った最新作『ミッシング』は、娘が行方不明になり、出口のない暗闇に突き落とされた家族の姿をリアルに、繊細に描いた問題作だ。

 

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手がかりのないまま時間だけが過ぎ、焦燥する母親・沙織里を演じるのは石原さとみ。石原は吉田作品への出演を7年前から熱望していたそうで、本作でようやくふたりのタッグが実現したことになる。

 

沙織里の夫・豊に青木崇高、沙織里たち家族の取材を続けるテレビ局の記者・砂田に中村倫也、沙織里の留守中に娘の面倒をみて、最後の目撃者となった沙織里の弟・圭吾に森優作が扮している他、豪華実力派キャスト陣が集結した。  

 

目次

映画『ミッシング』作品情報

(C)︎2024「missing」Film Partners

2024年製作/119分/日本映画

監督・脚本:吉田恵輔 製作:井原多美、菅井敦、小林敏之、高橋雅美、古賀奏一郎 企画:河村光庸 プロデューサー:大瀧亮、長井龍、古賀奏一郎 アソシエイトプロデューサー: 行実良、小楠雄士 撮影:志田貴之 照明:疋田淳 録音:田中博信 装飾:吉村昌悟 衣装:篠塚奈美 ヘアメイク:有路涼子 音響効果:松浦大樹 VFXスーパーバイザー:白石哲也 編集:下田悠 音楽: 世武裕子 助監督:松倉大夏 スクリプター: 増子さおり キャスティング:田端利江 題字:赤松陽構造 制作担当:本田幸宏

出演:石原さとみ青木崇高、森優作、有田麗未、小野花梨小松和重、細川岳、カトウシンスケ、山本直寛、柳憂怜、美保純、中村倫也

 

映画『ミッシング』あらすじ

(C)︎2024「missing」Film Partners

とある街で幼女が行方不明になり、あらゆる手を尽くすも、見つからないまま3ヶ月が過ぎた。

 

沙織里は、娘・美羽が無事に帰って来ることを信じて待ち続けていたが何の情報も得られず、世間の関心が日に日に薄れていくのを感じ、焦りを抱いていた。

以前はよく受け取ってもらえたビラも、最近はほとんど受け取ってもらえない。夫・豊と気持ちの上で温度差を感じることも増え、喧嘩することも度々だった。

 

ネットには沙織里に対する誹謗中傷が溢れていた。それは沙織里が、美羽の失踪時、推しのアイドルのライブに足を運んでいたことが知られたためだった。2年間、育児に専念して、少しくらい息抜きしてもいいよね、と出かけたその日に最悪のことが起こってしまったのだ。

 

その悪意溢れる言葉に深く傷つきながらも、沙織里は、書き込みを見ずにはいられなかった。

 

世の中に溢れる欺瞞や好奇の目に晒され続けたことで沙織里は、夫やほかの人に対して口調がきつくなったり、突然大声を上げるなど、自分の心を制御できなくなることが増えていた。

 

美羽の失踪当初は、あれほど、家に押しかけて来たマスコミも顔を出さなくなり、唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田だけが沙織里にとって頼みの綱だった。

 

 

砂田は沙織里たち夫婦に寄り添い、誠実な取材を続けていたが、局上層部から何か違ったインパクトが欲しいと沙織里の弟・圭吾にインタビューするよう指示される。

 

圭吾は沙織里がライブに言っている間、美羽と公園で遊び、美羽が帰って行くのを見送った最後の目撃者だった。いつもなら、家まで送るのにその日に限って公園で別れたという。その後の行動などがはっきりしないこともあり、局の上司たちは、内心、彼が犯人ではないかと疑っていた。

 

砂田の後輩が圭吾の昔の同級生たちに取材したところ、圭吾は過去に壮絶ないじめを受けていたことが判明する。

圭吾はインタビュー中も、ほとんどまともに応じず、テレビを見た人にとって限りなく怪しい人物に映ってしまう。

 

後輩が、スクープで表彰され、キー局への移動も決まったと聞かされた砂田は、ポーカーフェイスを気取りながらも心穏やかではない。まっとうな記者でいたいという思いと、視聴率がとれるものを作り、評価されたいという思いが心の中でせめぎ合っていた。

 

砂田は再び、上司から圭吾を取材するよう言い渡される。乗り気でない砂田だったが、上司には逆らえず、沙織里に圭吾に連絡を取ってほしいと頼む。

 

 

「ただただ、娘に会いたい」一心の沙織里は、いやがる圭吾をカメラの前に無理やりひきずりだすが・・・。  

 

映画『ミッシング』感想と解説

(C)︎2024「missing」Film Partners

純喫茶磯辺』(2008)、『さんかく』(2010)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013)といった吉田恵輔監督の初期作品の魅力は、人間の負の部分を描きつつも、そこはかとないユーモアで包み込み、人間愛を漂わせていたところにある。

 

2018年の『犬猿』は、兄弟、姉妹が常にいがみあっているという殺伐とした物語ながら、他人に自分の兄弟、ないし姉妹の悪口を言われると本気で腹を立てるというエピソードには思わず笑ってしまった。

 

だが、そんなユーモラスな要素は吉田監督のフィルモグラフィーから次第に姿を消して、近年はシリアスな作品が主流となっている。とりわけ『空白』(2021)は、一人の女子中学生の事故死が、遺された父親や関わった人々の人生を大きく変えてしまう様を描いた重厚な社会派ドラマだった。

 

続く『神は見返りを求める』(2022)は、YouTuberの男女を主人公にした社会風刺的愛憎劇で、コミカルな演出が観られるものの、終盤、ヒロインが払う代償の大きさに衝撃を受けたものだ。

 

そんな吉田監督の最新作である『ミッシング』は、吉田監督が『空白』を撮影している最中に、アイデアが生まれたという。

『空白』のように娘が突然不慮の事故で亡くなるのも当然、耐え難いことだが、『ミッシング』の、娘が行方不明になり、必ず帰って来ると信じているものの手掛かり一つなく、ただむなしく月日が過ぎ去るという状況もまたひどく苦しいものだ。希望がある分、より残酷に思える。

 

子育ての中、少しだけ息抜きを求めて好きなアイドルのコンサートに言っている間に、娘の行方がわからなくなってしまったのだ。主人公である沙織里はそのことに深い負い目を感じている。もしあの時、ライブに行かなければという後悔の念と、起こってしまったことの取り返しのつかなさは、イランのアスガー・ファルハディ監督の一連の作品を思い出させる。

 

SNSを題材にした『神は見返りを求める』は勿論のこと、『空白』でも、松坂桃李扮するスーパーマーケットの店長が、偏向する報道や、SNSによる誹謗中傷に心をすり減らしていく姿がリアルに描かれていたが、『ミッシング』においても悪意ある書き込みやさらにひどいいたずらメールや電話に夫婦は振り回され、傷つき、消耗していく。

 

誹謗中傷が止まない一方、世間一般の関心は薄れ、手掛かりもない中、取材を続けてくれる地元テレビ局にすがるしかない沙織里。記者は誠実な人柄だが、局側は新しいネタを欲しがり、沙織里の弟をカメラの前に引っ張り出して、彼がまるで犯人であるかのような印象を視聴者に与えてしまう。  

 

さらに吉田監督は、主人公たちとは直接関係がない、街中のヤンキー同士のののしり合いや、スーパーでのクレーマーなども画面の中に納め、ひどく歪に壊れ切ったこの世界をこれでもかと映し出して見せる。

 

ここから、悪意に満ちたSNSやマスコミの功罪に焦点を移し、問題提起に向かわせる手もあっただろうが、吉田監督の関心はあくまでも人間を見つめることにある

 

沙織里は、無慈悲な現実に心を消耗し、自分を見失いかけ、壊れそうになりつつもぎりぎりのところで踏ん張っている。そんな沙織里を石原さとみが演じているのだが、「石原さとみ」が「演じている」ということさえ忘れてしまうほど、彼女の一挙手一投足に目を奪われ、圧倒された。

 

感情をあらわに、何事にもストレートに気持ちをぶつけていく沙織里に対し、青木崇高扮する夫の豊は、逆に言いたいことも口に出せず、じっと耐える役割を担わされている。彼の苦しみは、見えにくいがために妻の苦しみとはまた違った辛さがあるだろう。青木崇高が、複雑な内面を絶妙に表現していて見事である。

 

また、事実を積み重ねることに誠実であろうとすることと上層部から求められることのギャップに苦しむローカルテレビ局の記者の葛藤を、中村倫也が非常に抑制した演技で見せ、沙織里の弟を演じた森優作も、内面に宿した複雑な感情を繊細に浮き上がらせており、群像劇としても見応えがある。

 

そして、ある一瞬から、人生にふと光が差す、その描き方の自然さ、周りには少数でも善意の連帯があることへの気付きと感謝が画面に溢れ出すそのさりげなく見事な表現、そして、そこに流れる暖かな感情に気が付いた時、涙を抑えることが出来なくなった。

 

吉田恵輔監督は時代ごとに作風を変化させつつも、描いているのは、一貫していて、そこにあるのは、弱くて、おろかでどうしょうもなく脆い人間が、必死でもがいている姿への温かい眼差しである。

(文責:西川ちょり)

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