格安航空会社の客室乗務員として、日々、世界を飛び回る女性。免税品機内販売の成績もよく、好きな仕事で気ままに生きているように見えるが、経験を積むに連れ、責任も重くなっていく・・・。
そんな彼女の内面を淡々とした手法で明らかにしていくのは、エマニュエル・マールとジュリー・ルクストルの監督コンビ。映画『そんなの気にしない』は彼らの長編映画監督デビュー作だ。
『アデル、ブルーは熱い色』(2013)、『ファイブ・デビルズ』(2022)のアデル・エグザルコプロスが主人公を演じ、セザール賞(2023)では主演女優賞にノミネートされた。
目次
映画『そんなの気にしない』の作品情報
2022年製作/115分/フランス・ベルギー合作/原題:Rien à foutre(英題:Zero Fucks Given)
監督・脚本:エマニュエル・マール ジュリー・ルクストル
出演:アデル・エグザルコプロス、アレクサンドル・ペリエ、マーラ・タキン
受賞歴:マンハイム・ハイデルベルク国際映画祭・ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー賞最優秀脚本賞、セザール賞(2023)・主演女優賞ノミネート(アデル・エグザルコプロス)
映画『そんなの気にしない』あらすじ
26歳のカサンドラは格安航空会社の客室乗務員をしている。
マッチングアプリ「Tinder」でのユーザーネーム「Carpe Diem(今を生きる)」に忠実に、フライトからフライトへ、パーティーからパーティーへ、日々を生きている。
クリスマスの前後にシフトに入れるかと会社から連絡を受けたカサンドラは、入れますと答え、その年も実家には戻らなかった。
契約満期が近づき、会社からはパンサーを目指すのであれば続けて契約するが、今のままでは契約できないと告げられる。
研修を経てパンサーとして勤めだすが、責任が増えただけでなく会社からの小言も増える。
そんな中、フライト中にカサンドラがよかれと考えてとった行動が問題視され、しばらくの休養を言い渡される。
彼女は久しぶりにブリュッセルの実家に戻ることになるが・・・。
映画『そんなの気にしない』感想と解説
アデル・エグザルコプロスが演じるカサンドラは、「Wing」という名の格安航空の客室乗務員として、都市から都市へと飛び回っている。免税品の機内販売の成績も優秀で、客への対応も手慣れた様子だ。
飛行機を降りると、夜はクラブに通い、マッチングアプリTinderで相手を探したり、宿泊中のコンドミニアムのプールサイドで昼寝をしたりして過ごしている。
一見、華々しく優雅な生活に見えるが、アデル・エグザルコプロスは、『ファイブ・デビルズ』で演じた役柄と同様、どこか疲れたような表情を見せている。熱心に仕事はするものの、覇気も感じられず、やつれているようにさえ見える。
特別な野心もないようで、研修を受け中間管理職になることを条件に契約の更新をすると言い渡されても、今のジュニア・パンサーのままで仕事を続けたいと述べる彼女。なるべく責任を負いたくないのだが、聞き入れてもらえない。
もっと格上の航空会社への転職を友人から進められても、彼女は著しく自己評価が低く、端から諦めている。
エマニュエル・マール 、ジュリー・ルクストルの監督コンビは、そんな彼女の様子をまるでドキュメンタリー作品であるかのように撮っている。
クリスマス休暇も働くことに同意した彼女を描写したあと、カメラは空港をかなり長い距離、するすると大胆に横移動してみせる。また、パンサーになるための研修風景では、アデル・エグザルコプロスだけでなく複数の人々を正面からアップで撮り、それぞれの奮闘ぶりが映し出される。
映画は、アデル以外は本物の乗務員が参加し、飛行機をチャーターして、実際に上空を飛んで撮影をしたというから、この研修風景も、実際の研修生を撮ったものなのかもしれない。
そのようなある種「シネマ・ヴェリテ」な手法を使いながら、映画はカサンドラとその周辺を見つめていく。
乗務員に対して厳しいノルマを課し、競争させる管理職の人々。その一連の光景からは格安航空というビジネスを成り立たせるための様々な歪が見えてくる。
カサンドラが、どこか疲れたような、虚ろな表情を見せるのも、過重労働が要因のひとつなのは間違いない。だが、そうした一面とは別に、彼女が内面に抱えているものが少しずつ明らかにされていく。
搭乗を終えたカサンドラが町を歩いている時に携帯電話会社からかかってきた電話での会話から一つの事実が浮かび上がる。
プランを変更するのであれば契約者の手続きが必要という相手に対して「無理です」「母は亡くなりました」と答えるカサンドラ。
彼女がフライトからフライトに身を任せていたのは、自由や気ままな生活を求めていたからではなく、悲しみを背負った家族との生活がいたたまれなくなったことからの「逃避」であったことがわかってくる。
物語の終盤は、実家に戻らざるをえなくなり、家族と折り合いをつけていくカサンドラを捉えているが、その描写は淡々としながらもどこか暖かさを感じさせる。
母を失ったという悲しい事実が未だに皆の肩に重くのしかかっているが、家族だからこその心のふれあいと和解が描かれていくのだ。
この経験が彼女のキャリアにも影響を及ぼしていくが、映画はあくまでも、その時、その時の状況を客観的に描写していくだけだ。見えていることが全てというふうに。しかし、その静かな視点は、カサンドラは勿論のこと、登場する人々の多様な感情を掬い取り、想像させる。
(文責:西川ちょり)