『ビフォア』シリーズや『6才のボクが、大人になるまで。』のリチャード・リンクレイター監督がケイト・ブランシェットを主演に迎え、マリア・センプルのベストセラー小説『バーナデットをさがせ!』を映画化。
優秀な夫と可愛い娘に恵まれ、何不自由なく暮らしているように見える主婦のバーナデットだったが、彼女は極度の人間嫌いだった。
成績優秀な娘にせがまれて一家で南極旅行に行くことになったが、バーナデットの心には心配ごとばかりが押し寄せる。本当は行きたくないが、中止にしたら娘が悲しむ。次第に息苦しくなっていく彼女。ある事件をきっかけに彼女は忽然と姿を消す。
バーナデットの夫・エルジーを『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』などのビリー・クラダップ、隣人のオードリーを『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』のクリステン・ウィグが演じ、エマ・ネルソンが娘のビー役で映画デビューを果たした。
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映画『バーナデット ママは行方不明』作品情報
2019年製作/108分/アメリカ/原題:Where'd You Go, Bernadette
監督:リチャード・リンクレイター 製作:ニーナ・ジェイコブソン、ブラッド・シンプソン、ジンジャー・スレッジ 製作総指揮:ミーガン・エリソン、ジリアン・ロングネッカー。マリア・センプル 原作:マリア・センプル 脚本:リチャード・リンクレイター、ホリー・ジェント、ビンス・パルモ 撮影:シェーン・ケリー 美術;ブルース・カーティス 衣装:カリ・パーキンス 編集:サンドラ・エイデアー 音楽:グレアム・レイノルズ
出演:ケイト・ブランシェット、ビリー・クラダップ、エマ・ネルソン、クリステン・ウィグ、ゾーイ・チャオ、ジュディ・グリア、ローレンス・フィッシュバーン、ジェームズ・アーバニアク、トローヤン・ベリサリオ
映画『バーナデット ママは行方不明』あらすじ
シアトルに暮らす主婦のバーナデット。夫のエルジーは一流IT企業に勤め、娘のビーとは親友のような関係で、幸せな毎日を送っているように見えた。
だが、バーナデットは極度の人間嫌いで、隣人のオードリーやママ友たちとうまく付き合えない。彼女はかつて天才建築家としてもてはやされたが、夢を諦めた過去があった。
娘のビーが寄宿学校に進学を希望していることもきがかりだった。可愛い娘が遠くの学校へ行ってしまうだなんて・・・。
そんな折、ビーが成績優秀のご褒美に南極旅行に行きたいと言い出し、両親が返答に詰まっているうちに、ビーは強引に約束を取り付けてしまう。
船のチケットをとったり、旅行に必要なものを揃えるなんて自分では到底無理と判断したバーナデットは、インドを拠点とするパーソナル・アシスタントのマンジュラとオンラインで会話し、旅行の準備を依頼する。
しかし、日に日に、旅行のことでバーナデットは気が重くなる。船に乗れば必ず大勢の他人がいる。そんな人たちと交流したくない。考えれば考えるほど、南極旅行は重荷に感じられ、中止したいと思うのだが、ビーが悲しむからできない。
奇行が目立ち始めたバーナデットを心配し、夫はカウンセラーに相談するが、その時、なぜか突然FBIがやって来る。パーソナル・アシスタントのマンジュラにどんでもない問題があったらしい。
バーナデットは夫が提案した事柄に激しく動揺し、家を飛び出した。どこを探しても見当たらない。彼女は一体どこへ行ってしまったのか?!
映画『バーナデット ママは行方不明』感想
本作でケイト・ブランシェットが演じるバーナデットという主人公は、かつてスクリューボール・コメディでケイリー・グラントやキャサリン・ヘップバーン等がしばしば演じた「やっかいな変人」の系譜を継ぐ人物である。
ケイト・ブランシェット扮するバーナデットはコメディ俳優のクリステン・ウィグ演じる隣人のオードリーを毛嫌いしている。
娘を迎えに学校にやって来た時、車に近づいてくるオードリーを見て、会いたくないと急発進し、彼女の足を轢いていくのはまだ序の口で、バーナデットの庭にぎっしり生えているブラックベリー問題では、バーナデットの決断が原因で、オードリーの家には大量の泥がなだれ込んでしまうはめに。とんでもなくひどいことを言ったりやったりしているのだが、ケイリー・グラントやキャサリン・ヘップバーンが憎めず魅力的だったように、ケイト・ブランシェットもまた実に魅力的だ。
スクリューボール・コメディの主人公たちは往々にして記者や博士など専門職に従事していることが多く、バーナデットも若き日にマッカーサー賞(ジーニアス賞)の建築部門で賞をとったことがある一流の建築家だ。
しかし、彼女は娘のビーを育てることに専念するために仕事を離れることに決めた。夫はシアトルのIT業界で目覚ましい成果を上げ、仕事人間としてほぼ家にいないこともあり、自ずとビーとは親密になり、親友のような関係を築いていた。
ところが、自分の人生の全てであったビーが寄宿学校に行きたいと言い出し心配でたまらないところに、家族で南極旅行に行くことがなし崩し的に決まってしまい、旅行が苦手で人間嫌いのバーナデットの心労が始まる。
彼女の情緒不安定な様は、直接的には日常の心配事や南極旅行への危惧が原因なのだが、次第に表面的には見えなかった彼女自信の問題が明らかになっていく。
かつて彼女は、半径20マイル以内で調達した材料だけを使用した環境に優しいモダニズム建築を設計し、一躍名を高めたのだが、その建築物はテレビのスターに買われてあっという間に取り壊されてしまったという。彼女が建築家であるのをやめた理由は明確には示されないが、そのことが彼女に大きなトラウマを生んだであろうことは容易に想像がつく。
夢を諦め、シアトルに引っ越して主婦に専念し、20年余。家族とは良き関係を築いているものの、日に日に人間嫌いが増し、あまり外出もしない。たまに出かけるのは、レム・コールハースが設計したシアトル中央図書館くらい。なぜならそこは行く価値のあるところだからだ。そんな彼女と久しぶりに会った建築の師匠(ローレンス・フィッシュバーン)は、今の彼女を見て、「早く創作しろ!でないとただの社会の厄介者だ」と言う。また、バーチャル・アシスタントに、自動翻訳機を内蔵した電子メールであれやこれやを言いつける際のバーナデットの快活な様はかつての彼女の仕事ぶりを彷彿させる。
そう、彼女の不安症は、天性の才能を持ちながら、それを埋もらせていることからくるフラストレーションが大きな要因なのだが、彼女自身も家族もそれに気がついてないのだ。
こうしたことから言えるのは、映画のタイトルにある「行方不明」には二重の意味が含まれているということだ。一つは、文字通り、バーナデットが家を飛び出してどこに行ったかわからなくなるというストーリー展開のことであり、もうひとつは、才能を認められ脚光を浴びていた若き建築家が作品を発表しなくなり、建築界から姿を消してしまったことを指している。
ケイト・ブランシェットが本作で演じるキャラクターは、極端に言うと彼女が『ブルー・シャスミン』で演じた神経症的な未亡人が、実は『TAR/ター』で演じた天才指揮者だったというようなものである。
彼女が自分自身をようやく発見する過程と、これまで妻のそして母の夢やニーズに無関心だったことに気づき彼女に向き合おうとする家族の姿を描くことが本作の主題なのだ。
一家がシアトルを離れてからは、バーナデットの生まれ持っての変人ぶりと、再び生まれてきた創作欲が見事にマッチして、快活でユーモラスな展開へと突入して行く。
その明るく愛に満ちた味わいは、リチャード・リンクレイターがバーナデットという女性に最大の敬意を払っていることの証だろう。人生はままならぬものだが、自身の天職を再確認し、再び挑戦を始めるバーナデットの姿は水を得た魚のように眩しく輝いている。
(文責:西川ちょり)