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【Netflix配信】映画『ザ・キラー』あらすじと感想 / デビッド・フィンチャー監督による緻密な殺し屋のポートレイト

アレクシス・ノレントによる同名グラフィックノベルを原作に、マイケル・ファスベンダーが名もなき殺し屋をスタイリッシュに演じた映画『ザ・キラー』

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デビッド・フィンチャー監督が、『市民ケーン』の脚本家ハーマン・J・マンキウィッツを主人公に1930年代ハリウッドを新たな角度から描いた『Mank マンク』(2020)に続き、Netflixオリジナル映画として製作した作品だ。

 

フィンチャーとは『セブン』(1995)以来のアンドリュー・ケビン・ウォーカーが脚本を手がけ、撮影は『Mank マンク』(2020)でアカデミー撮影賞を受賞したエリック・メッサーシュミット、編集は『ソーシャル・ネットワーク』(2010)のカーク・バクスター、音楽を「ソーシャル・ネットワーク」以降のフィンチャー作品に欠かせないトレント・レズナー&アティカス・ロスが務め、ザ・スミスの12曲が全編に流れる。

 

一部地域の劇場で先行公開され、2023年11月3日よりNetflixで配信開始。

 

映画『ザ・キラー』作品情報

2023(C)Netflix

2023年製作/113分/PG12/アメリカ映画/原題:The Killer

監督:デビッド・フィンチャー 製作:セアン・チャフィン 製作総指揮:アレクサンドラ・ミルチャン 原作:アレクシス・ノレント  脚本:アンドリュー・ケビン・ウォーカー 撮影:エリック・メッサーシュミット 美術:ドナルド・グレアム・バート 衣装:ケイト・アダムス 編集:カーク・バクスター 音楽:トレント・レズナー、アティカス・ロス

出演:マイケル・ファスベンダーティルダ・スウィントン、アーリス・ハワード、チャールズ・ パーネル、ガブリエル・ポランコ、ケリー・オマリー、エミリアーノ・ペルニア、サラ・ベイカー、ソフィー・シャーロット  

 

映画『ザ・キラー』あらすじ

2023(c)Netflix

パリの廃墟と化したWeWorkで一人の男が窓越しに向かいの建物のペントハウスを見張っていた。彼は暗殺指令を受けた殺し屋で、標的が現れるのをもう数日間待ち続けていた。

 

夜、仮眠をとっていた男が目覚めると、ペントハウスに変化が起きていた。メイドが入り、あわただしく誰かを迎える準備をしていた。

 

男は黒い望遠ライフルを急いで組み立て、冷静に狙いを定めた。ターゲットが部屋に入って来て、椅子に腰を下ろしたところで、男は引き金を弾いたが、別の訪問客の女が一瞬動いたために弾丸は女を貫き暗殺は失敗に終わる。

 

男はバイクに飛び乗り、犯行現場から逃走。証拠隠滅のために持ち物を全て途中で捨て去ると、ガソリンスタンドのトイレに入って入念に手や顔を洗い、新しい服に着替えて空港へと向かった。

 

ドミニカ共和国の人里離れた自宅へ戻った男は、恋人が襲われて入院していることを知る。意識を回復した恋人は決してあなたのことで口を割らなかったと呟いた。やって来たのは男女二人組だったという。

 

男は危害を加えられることは二度とないと彼女に約束すると、病室を出て行った。

 

男は、殺し屋たちを乗せたタクシーを探し出し、口を割らせたあと運転手を射殺。関係者を始末するため、まずニューオーリンズに飛び、アメリカ国内にいくつも借りている倉庫に寄ると、武器を調達した。ゴミ清掃人の制服を着て特大のゴミ箱を押しながら、彼はターゲットの居る場所へと向かい・・・。  

 

映画『ザ・キラー』解説と感想

2023(c)Netflix

映画はパリの廃墟と化したWeWorkのだだっ広いスペースにぽつんと置かれた椅子に腰かけた男の後ろ姿で始まる。椅子の横には小さなヒーターが置かれ、男の正面に位置する窓の向こうには立派なアパルトメントがそびえているのが見える。

 

何が始まるのかと待ち構えても何も起こらない。マイケル・ファスベンダー演じる「彼」には名前がない。「彼」はペントハウスに出入りする何者かを暗殺するためにここで待機しているのだが、肝心のターゲットが現れず何日も待ちぼうけを喰らっているらしい。

 

「彼」はひたすら待ちながら、映画のナレーターとなって絶え間ない独白を始める。「待つのがこんなに辛いとは。退屈嫌いには出来ない仕事だ」と語り、また、「予測しろ 即興はよせ、誰も信じるな」、「運もカルマも正義も存在しない」と言った言葉を念仏のように繰り返す。ヨガをし、螺旋階段を下りてマクドナルドでマフィンを注文しバンズを捨てて中身だけを食べる。ペントハウスの住人の暮らしを盗み見たり、ライフルの照準器でカフェに座る人々を観察する姿はもろにヒッチコックの『裏窓』だ。

 

「彼」の「待つ時間」のせいで、私たち観る者は即座に殺し屋の側に引き込まれる。いつの間にか彼の運命に巻き込まれてしまっているのだ。一方、「彼」は安静時の心拍数を落とすためにザ・スミスを聴き、暗殺の本番にも「how soon is now」に耳を傾けているのだが、それは画面が彼の主観になると私たちにも聞こえ、彼のアップに切り替わると音はイヤフォンから漏れ聞こえるだけになる。それらはとても奇妙なサウンドと言わざるを得ず、こちらを引き込んでおきながら、結局突き放すようでもあり面白い。

 

彼が絶えず念仏のように決まった事柄を呟くのは、彼が冷酷無比な人間でないことを表しているだろう。冷静になれ、冷静になれと云い聞かせ続ける赤い血の流れる人間なのだ。けれど、全てに目を配り、神経を集中させ、あらゆる段階を正確に遂行しようとしているスペシャリストであることは間違いなく、その姿はまるで完璧主義者で細部の細部までこだわることで知られているデビッド・フィンチャーそのものだ。フィンチャー自身も彼に自分を重ねていたのではないか。

 

暗殺がまさかの不成功に終わったあと、「彼」はこれまで経験がなかっただろう失敗の後始末を完璧にこなし、空港の優秀な警察犬にも悟られず飛行機に乗り込みパリを離れる。アジトのドミニカ共和国で半殺しの目に合った恋人と対面したあと、彼はニューオーリンズ、フロリダ、ニューヨーク、シカゴへと飛び、本当の後始末を始める。

 

その殺しのシークエンスはべらぼうに面白い。アメリカ国内6ケ所に借りた倉庫には殺しの道具が備蓄されているという設定、それでも足りない備品はPostmateやAmazonなどで便利に調達する。ニューオーリンズでは清掃人に変装してオフィスに忍び込む。フロリダでは狂暴な飼い犬に餌付けをするためのミンチと催眠導入剤を買い、その飼い主の殺し屋と死闘を繰り広げる。かと思えば、ティルダ・スウィントン扮する殺し屋とは洒落たレストランで対峙し見事な心理戦を展開する。

オープニングクレジットで殺しの手法が何種類も矢継ぎ早に紹介されていたが、本編の方は、偽装や不法侵入、武器調達など殺しに至るまでの過程を具体的に、緊迫感たっぷりに見せてくれる面白さがある。  

 

それにしても、この野獣のような筋肉むきむきの殺し屋と知的で「綿棒のような」ティルダ・スウィントンが二人組としてドミニカ共和国に派遣されたという、その絵面を想像するとなんだか笑ってしまう。エレベーターで交わされる会話の強烈なブラック・ジョークしかり、本作にはところどころダークなユーモアが挟まれる。チーズおろし器の突然の登場も絶妙である。

 

本作の特徴のひとつとしてAmazonやWeWork、FedExマクドナルドといった固有名詞が劇中多数登場することがあげられるだろう。殺し屋には名前が与えられていないのにもかかわらずだ。

その殺し屋は私たちと同じ調子でそれらに触れ、その利便さにのっかっている。プロフェッショナルな凄腕殺し屋ではあるけれど、フリーランスの雇用人なので、失敗すれば処罰されることになる。特殊な存在とばかり思っていた人物が意外と近場にいるビジネスマン然としていることに驚かされるが、これもひとえにファスベンダーが冷徹、冷酷一辺倒に「彼」を演じているのではなく、スマートな感じの良さを兼ね備えた人物として「彼」を作り上げているからだろう。そして「彼」がなぜその行動を取っているのかと言えば、自分の恋人を2度と危険な目に会わせないためであり、そのことが私たち観る者の気持ちを熱くさせる。

 

そして何よりも本作は「待つ映画」である。何日も待つ様子から始まったオープニングはもとより、「彼」は常にことを起こす前に待たなければならない。ニューオーリンズではFedExの配達員が来るのを待たなければならず、また、配達員が帰るのも待たなければならない。フロリダでは、ターゲットが出て来るのを車に乗ったまま待機して待たなければならない。その間あたりは黄昏始め、次のカットではすっかり暗くなっている。ニューヨーク郊外では、ティルダ・スウィントン扮する殺し屋が家から出て来るのをやはり待っている。日は暮れて、夜がやって来る。彼女が老舗のレストランで食事をしている最中、「彼」は店に入って彼女の眼の前に座り、彼女が食事を終えるのを待っている。店にいきなり入って来て、大勢の前で撃ち殺すようなタイプの殺し屋はこれまで何度も観たような気がするが、こんなに静かに座って相手の話に耳を傾けている殺し屋をあまり知らない。

 

このように待つことの多い映画であるにもかかわらず、停滞感はまるでなく、寧ろテンポよく感じられる。ひたすら攻めまくるアクション映画も悪くないが、緩急をつけることがより見せ場を輝かせ、パワーアップさせているのは間違いない。

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