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映画『ロングレッグス』あらすじと解説/ニコラス・ケイジが殺人鬼を熱演!現実を恐怖が浸蝕して行くオカルトホラー

血のように赤いフレームで幕を開ける映画『ロングレッグス』は、1970年代のヒット曲、T. レックスの「Jewel」を物語の始まりと終わりに配し、連続殺人鬼とFBI捜査官の不気味な対峙を描くオカルトホラーだ。

 

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本作の監督であるオズグッド・パーキンスは、俳優アンソニー・パーキンスの子息で、心理的な深みや詩的な映像美を重視した作風が特徴的なホラー映画界の新星だ。長編第四作目にあたる本作は、2024年の独立系映画の全米興収NO.1、過去10年における独立系ホラーの全米最高興収、北米配給NEON史上最高興収を樹立するなど大ヒットとなった。

 

パーキンス監督の次回作はスティーヴン・キングの短編小説「猿とシンバル」(原題:The Monkey)を基にしたホラー映画『THE MONKEY』で、日本では2025年9月に公開が予定されている。

 

『イット・フォローズ』などで卓越した存在感を見せたマイカ・モンローがFBI捜査官に扮し、主演と製作を兼任したニコラス・ケイジが、40年以上のキャリアで初めてシリアルキラー役に挑戦。その異様な存在感が大きな反響を呼んでいる。

 

目次

 

映画『ロングレッグス』作品情報

(C)MMXXIII C2 Motion Picture Group, LLC. All Rights Reserved.

2023年製作/101分/PG12/アメリカ映画/原題:Longlegs

監督・脚本:オズグッド・パーキンス 製作:ダン・ケイガン、フライアン・カバナー=ジョーンズ、ニコラス・ケイジ、デイブ・キャプラン、クリス・ファーガソン 製作総指揮:ジェイソン・クロス、アンドレア・ブッコー、ロニー・エスクレイ、ローレンス・ミニコン、シーン・クライェスキ、デビッド・ジェンドロン、リズ・デストロ、トム・クイン、ジェイソン・ウォルド、クリスチャン・パークス、デディ・シュワルツマン、ジョン・フリードバーグ、ローラ・オースティン=リトル、ジェシー・サバス、フレッド・バーガー 撮影:アンドレス・アローチ・ティナヘロ 美術・ダニー・バーメット 衣装:マイカ・ケイド 編集:グレッグ・ン、グレアム・フォーティン 音楽:ジルギ キャスティング:マーク・ベネット

出演:マイカ・モンロー、ニコラス・ケイジ、ブレア・アンダーウッド、アリシア・ウィット、ミシェル・チョイ=リー、ダコタ・ダルビー、ローレン・アカラ、キーナン・シブカ


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映画『ロングレッグス』あらすじ

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1990年代半ば、オレゴン州の静かな田舎町。新人FBI捜査官リー・ハーカー(マイカ・モンロー)は、その並外れた直感力と鋭い洞察力を認められ、30年間にわたり未解決のままであった連続殺人事件の担当に抜擢された。

 

事件は理解し難い非常に奇妙なものだった。平凡な家庭の父親が突然妻子を惨殺し、自ら命を絶つという悲劇が、過去10回にわたって繰り返されていたのだ。どの事件現場にも外部からの侵入の痕跡がなかったにも関わらず、全ての現場に「ロングレッグス」と署名された暗号文が残されていた。

 

この謎めいた“ロングレッグス”とは何者なのか。ハーカーは上司の命令のもと、膨大な資料と向き合い、暗号文の解読に挑む。そしてついに事件には特別な法則性があることを突き止める。どの一家も娘の誕生日が14日であり、事件はいずれも誕生日の前後に起こっていた。

 

しかし、殺人を実行したはずの父親たちは互いに面識がなく、ロングレッグス本人が現場に姿を現した証拠もない。捜査が進行すればするほど、謎は深まるばかりだ。

 

そんな中、ハーカーの個人的な過去が事件と交錯し始める。1970年代のある日、雪に覆われた田舎町で幼い彼女が目撃した奇妙な出来事。ステーション・ワゴンから現れた異様な人物との邂逅が、彼女の記憶の底から浮かび上がる。その人物こそ、ロングレッグスその人であり、彼はグロテスクな外見と美しい歌声で、ハーカーの人生に暗い影を落としていたのだ。

 

ハーカーはこの悪魔的な存在を追うが、やがて事件は想像を超えた恐ろしい結末へと突き進んで行く。

 

 

映画『ロングレッグス』感想と解説

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映画が始まると、いきなり4:3 のアスペクト比の、血のように赤いフレームが現れる。フレーム比はそのまま、車の誰も座っていない助手席の窓から、私たちは、何者かもわからない運転席にいる人物と同様に、手前の一軒の屋敷を見つめることとなる。静かにたたずむ屋敷の屋根や地面は雪で覆われている。

次いでまだ幼い少女が外に停まっている車に気が付くカットへ。遠くに見える車は1970 年代のステーション ワゴンだ。少女はしばらく様子を見ているが、車からは誰も降りてこない。彼女は相手を確かめてみようと外へ出て行く。

 

少女が奇妙な音で方向を見失ったかのようにあたりを見回していると突然、グロテスクで異様な人物が画面に現れる。ニコラス・ケイジ扮する「ロングレッグス=あしながおじさん」の初登場シーンだが、彼の容姿は一部切れていて全貌はまだ見えない。観客が受けるショックにもかかわらず、少女は悲鳴も上げずこの人物と対峙している。衝撃と静謐さがクロスする見事な導入部だ。

 

T・レックスの「Jewel」が流れるオープニングクレジットのあと、画面はいつの間にか通常のアスペクト比に戻っており、大勢の男性FBI捜査官の中に一人混じっている女性捜査官が映し出される。

『ザ・ゲスト』(2014)、『イット・フォローズ』(2014)といった優れたジャンル映画で傑出した存在感を見せて来たマイカ・モンローがFBI捜査官リー・ハーカーを演じている。時代はクリントン政権下の1990年代。場所はオレゴン州だ。

 

オズグッド・パーキンス監督は70年代の連続殺人鬼ものと90年代のFBIスリラーの雰囲気を見事に融合させている。デヴィッド・フィンチャーの映画『ゾディアック』(2007)やドラマシリーズ『マインドハンター』(2017~)のように、じわじわと忍び寄る不安感を構築しているが、最も強くイメージさせるのはジョナサン・デミの『羊たちの沈黙』(1991)だ。また、黒沢清の『CURE』(1997)との類似性も挙げることができるだろう。しかし、当然のことながら『ロングレッグス』は、単なる模倣ではない。

 

モンローが演じるリーは、従来の女性FBI捜査官とは一線を画す存在だ。ジョディ・フォスターのクラリス・スターリングのような知的で冷静なキャラクターとは違い、彼女の表情は常に平坦で、感情の爆発はなく、他人との交流が苦手でいつもギクシャクしているように見える。だが、一方で、彼女には透視能力があり、ロングレッグスが殺人現場に残した暗号も簡単に解読することが出来る。モンローは、不安とトラウマを抱えたこの「謎の女性」を巧みに演じている。

 

一方、ニコラス・ケイジ演じるロングレッグスの外観は極めて異様だ。ニコラス・ケイジ主演と聞かされていなければ誰だか判断がつかなかっただろう。

彼は奇妙な声を発し、時に自分の望みを美しい歌声で表現するのだけれど、その可笑しみを宿らせた気持ち悪さがなんとも常識を逸している。このような強烈なキャラクターにも関わらず(強烈なキャラクターだからこそ?)、その姿はフレーミングから外れたり、一部が欠けて見えなかったり、と、観客がその姿をあえてじっくり観察できないように設計されている。それは、彼が、殺人を指導していながら、殺人現場に現れない存在であることと関係しているのだろうか。

 

俳優たちの存在感と共に、本作に独特の魅力をもたらしているものに、撮影監督アンドレス・アローチ・ティナヘロによる卓越した映像美があげられる。ティナヘロはデジタル、35mm、VHSの映像をミックスし、この作品の異様な雰囲気を決定づけている。

1970年代のシーンは35mmフィルムと4:3のアスペクト比で撮影され、90年代のシーンはAlexa Mini LFによる2.39(シネスコ)のデジタル映像で撮られている。このヴィジュアルの差異は、時代の違いを表すだけでなく、映画全体の不穏な時空の歪みを強調しているようにも感じられる。また、FBI捜査官たちが観る捜査映像はVHSカメラで撮影されている。

 

シンメトリーに構築された画面が多用されるのも本作の特徴のひとつだろう。窓やドアといった空間を利用しながら、画面中央にぼんやりした「四角」い空間が設けられる。両サイドに書棚が並ぶ部屋や、廊下ですら、光と影を用いて、中央に「四角」のビジョンを作り上げ、観る者にそれを強く意識させる。また、カメラはしばしばズームインを繰り返し、その向こうに何があるのか、例えば窓なら、向こうに見える白い建物に何かがあるのだろうか、と我々の好奇心や不安を掻き立てて来る。

 

さらに、謎が解明されていくに従い、想像だにしなかった物語が立ち上がって来る。彼女たちが背負わされた運命の過酷さは特筆に値するだろう。

正直なところ、遺体を映した現場の写真や、ひどい遺体の状況など、目を背けたくなるものも登場するが、フィンチャーの作品に比べればそれほど禍々しいものではなく、また、予想していたほどショッキングなシーンもない。だが、後からじわじわと真の恐怖が蘇って来る。物語の残酷さに改めてゾッとさせられるのだ。

 

『ロングレッグス』が描く悪の本質は、単なる殺人鬼としての恐怖ではなく、その「存在」がじわじわと現実を侵食していくことにある。悪魔の手が直接暴力を振るうのではなく、善良なものを著しく歪め、世界のルールをひっくり返してしまうことの恐ろしさ。嬉しい贈り物が呪いへと変わり、楽しいはずのバースデーパーティーが流血の惨劇を生みだす。そうした「考えてもみなかった」恐怖が現実を侵食して行く様を本作は静かに、しかし冷徹に観客に突きつけて来るのである。

 

 

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