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映画『ザ・ヒューマンズ』あらすじ・感想/ 劇作家のスティーブン・カラムが自身の戯曲を映画化。A24が製作の重要作

ペンシルバニアに住むエリック・ブレイクは妻と母と共にニューヨーク、マンハッタンの娘のアパートを訪れ、感謝祭を祝っていた。古びたマンションのあちこちから不気味な物音が響く中、一家の会話も不穏さを増していく…。

 

劇作家のティーブン・カラムトニー賞を受賞した自身のブロードウェイ戯曲を映画化し映画監督デビューを果たした。家族間にある緊張が、ホラー映画の手法を用いて巧みに描かれている。

 

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製作はA24。日本では全国4都市5劇場にて2023年末~2024年初頭にかけて四週間限定で開催された「A24の知られざる映画たち presented by U-NEXT」の特集上映の一本として公開され、現在U-NEXTで配信中。  

 

目次

映画『ザ・ヒューマンズ』作品情報

(C)2021 THE HUMANS RIGHTS LLC. All Rights Reserved.

2021年製作/108分/アメリカ映画/原題:The Humans

監督・脚本:スティーブン・カラム プロデユーサー:ルィーズ・ラブグローブ、ステファン・カラム 撮影:ロル・クローリー

出演:リチャード・ジェンキンズ、ジェイン・ハウディシェル、エイミー・シューマー、スティーブン・ユアン、ビーニー・フェルドスタイン、ジューン・スキッブ

 

映画『ザ・ヒューマンズ』あらすじ

(C)2021 THE HUMANS RIGHTS LLC. All Rights Reserved.

感謝祭の日に、ペンシルバニアに住むエリック・ブレイクは妻と母と共に、次女・ブリジッドとパートナーのリッチが住むNYマンハッタンの新居を訪れる。

 

新居といっても老朽化したアパートで、エリックにはどこか薄気味悪く感じられた。彼が不安になるのは、このアパートがグランド・ゼロからそれほど離れていない場所にあるからだ。当時の記憶が過り、まさか娘がマンハッタンに住むことになろうとはとエリックは一人心の中でため息をついていた。

 

長女エイミーも加わり、一家は和やかに会話を始めたが、時折、上階からはげしい物音が響き、その度一家は飛び上がる。ブリジッド曰く、上の階には中国人女性が住んでいるらしく、言葉が通じないという。ブリジッドは音のことをそれほど気にしていないようだった。

 

エリックの母は敬虔なカトリック信者だったが、今は認知症を患っていて、車椅子生活を送っている。長女のエイミーはレズビアンで、最近、恋人と別れたばかりだ。しかも体調を崩して、仕事をクビになってしまったという。

 

ブリジッドは音楽的才能があり、作曲家になりたいという夢を持っているが、今はアルバイトをして生活している。

 

どこか薄気味悪い部屋で、彼らは他愛もない会話を繰り広げるが、ブリジットと両親の間には何かぴりぴりした雰囲気が漂っていた。

 

夜が更けるにつれて不穏な空気が漂い始め、古い建物は妙な音を響かせ、次々に明かりが消えていく。  

 

映画『ザ・ヒューマンズ』感想と解説

(C)2021 THE HUMANS RIGHTS LLC. All Rights Reserved.

高くそびえるビル群を見上げてカメラが撮っているのは、わずかな隙間から見える青空である。やがてカメラがゆっくり回り始め、「空」の部分は不思議な幾何学模様のように見えてくる。中には十字架のような形に模られた「青空」も見える。やがてカメラはゆっくり下降し、あるアパートの窓に人影が見える光景を映し出す。古びた部屋の中に画面が切り替わって、初老の男性が窓辺にいる。彼はちょっとした音に驚いたように何度か振り返っている。

 

次いで、カメラは壁を這うようにして捉え、膨らみ部分を舐めるように撮っている。膨らみは修繕で何度も塗りなおされたものなのだろうが、なんだか、この中に死体でも埋められているのではないかと思わせるようなねっとりしたカメラワークだ。

 

部屋にはほとんど光が入らず、とりわけ家具もない二階部分は寒々とした印象を受ける。終始、何かきしむような音が聞こえ、何度かドン!という激しい音が唐突に響く。上階に住む人物が何か物を落とした音らしいのだが、実に心臓に悪い。

家というものはそもそも微妙な音を立てるものだが、ここではまるでアパート自体が人格を持っていて自己主張をしているかのようだ。登場人物が外を見れば、そこを歩いている人物が気になり始めるし、何か突拍子もないことが起こるのではないか、得体の知れないものがいつか登場するのではないかと言う不安に駆られてしまう。

もう来るかも、今度こそ何かが起こるかもといったホラー映画を観ている時の怖さが終始つきまとっているのだ。

 

こうした中、描かれるのは「感謝祭」を祝うために集まったある家族の物語である。久しぶりに会ったことを喜び合っている仲睦まじそうに見える家族が、実は、やっかいな出来事を幾重も負っていて次第に家族の綻びが見え始める、といった映画はこれまでも何度も作られて来たが、本作もそれらの系譜を引いた作品といえるだろう。

 

長女エイミー(エイミー・シューマー)が直面している現状は悲惨極まりなく、また、次女のブリジット(ビーニー・フェルドスタイン)と両親の間にはどこかぴりぴりっとした緊張感が漂っており、父親(リチャード・ジェンキンス)は娘たちに告白しなければいけない何らかの事情があるらしい。

 

時間が経つにつれ、それぞれの個性や、彼らが歩み、選択してきたものが露になって行く。この手の映画によくあるように秘密は規則正しく漏れていき、登場人物たちそれぞれにダメージを与えるが、それらがとりわけ特殊な秘密というわけではない。

 

映画『ヒューマンズ』は、こうした描写を通して、家族というものの実態を丸裸にし、互いにエゴを押し付け合うことで家族が如何に窮屈で苦しい存在になっているかを描いている。と、同時に、それでも互いを思いやる感情が残っている家族というものの関係について、思慮深い考察がなされている。その点ではまさに王道の「家族映画」であり、「感謝祭映画」である。  

 

しかし、練りに練られたプロダクション・デザインやサウンド・デザイン、役者たちによる細やかな演技、配管が漏れているといった細やかなディテールの積み重ね、いわくありげなカメラワークといったものが作り上げた「ホラー映画」としての映画の骨格が、事実以上に、観る者の心を揺さぶって来るのだ。彼らの重々しい感情と不安が、そのまま乗り移って来たかのような気分になってしまうのである。

 

彼らの長い一日が終わるのを彼らとおなじような鬱々とした気持ちで迎えることになるのだが、映画的興奮に包まれているがゆえに、後味は決して悪くない。

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