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【A24の知られざる映画たち】映画『ショーイング・アップ』あらすじと感想/ケリー・ライカート監督がミシェル・ウィリアムズと四度目のタッグを組んだ最新作にして最高傑作

⽶国ニューヨークを拠点としたエンターテインメント・スタジオであるA24が制作または配給した作品を集めた特集上映「A24の知られざる映画たち presented by U-NEXT」が12月22日より全国4都市5劇場にて四週間限定で開催されている。

今回は上映作品の一本である『ショーイング・アップ』を取り上げたい。

『ショーイング・アップ』は、『ミークス・カットオフ』(2010)、『ファースト・カウ』(2020)などの作品で知られるアメリカ・インディーズ映画界の至宝、ケリー・ライカート監督が、2022年に発表した作品で、主演を務めるミシェル・ウィリアムズとは4度目のタッグとなる。

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彫刻家のリジーは、間近に控えた作品展に向けて地下のアトリエで日々、作品の制作に取り組んでいる。創作に集中したいのにままならないリジーの日常が、隣人や、家族との関係を通して描かれている。

 

第75回 カンヌ国際映画祭(2022年)コンペティション部門出品作品。  

 

映画『ショーイング・アップ』作品情報

(C)2022 CRAZED GLAZE, LLC. All Rights Reserved.

2022年製作/108分/アメリカ/原題:Showing Up

監督:ケリー・ライカート 製作:ニール・コップ、ビンセント・サビーノ、アニシュ・サビアーニ 脚本:ジョン・レイモンド、ケリー・ライカート 編集:ケリー・ライカート 音楽:イーサン・ローズ 北米配給:A24

出演:ミシェル・ウィリアムズ、ホン・チャウ、メアリー・アン・ブランケット、ジョン・マガロ、アンドレ・ベンジャミン、ジェームズ・レグロス、ジャド・ハーシュ  

映画『ショーイング・アップ』あらすじ

(C)2022 CRAZED GLAZE, LLC. All Rights Reserved.

彫刻家のリジーは作品展を間近に控え、制作に精を出す毎日を送っていた。彼女は母校であるオレゴン美術工芸大学の母親のもとで事務の仕事もしているので、なかなか制作の時間が取れないのが悩みだった。リジーは一日仕事を休んで制作に集中することにした。

 

隣人のジョーは、リジーの大家で友人だ。リジーの家のお湯が出なくなったので、修理をしてほしいと何度も頼んでいるのだが、ジョーもアーティストで作品展の準備に追われているため、毎回のらりくらりと返事をかわされてしまう。

 

夜、眠っていたリジーは音で目覚め、飼い猫が家に飛び込んできた鳩を襲っているのを見つける。思わずリジーは猫を叱って鳩を外に放り出すが、翌朝ジョーが傷ついた鳩を発見して保護。彼女は丁寧に鳩の羽を紙で包んで箱に入れ一日だけ預かってくれとリジーに頼む。

 

うしろめたい思いのあるリジーは仕方なく鳩を預かるが、鳩が変な声を出し続けるので、獣医に連れて行き、150ドルも支払うはめに。鳩のせいで思うようにはかどらず、遅くに鳩を引き取りに来たジョーにあたってしまう。

 

ジーの父親は著名な陶芸家だったが、今では引退して、ほとんど創作はしていない。父の家には怪しげな2人組が入り浸っていて、リジーは父が騙されているのではないかと心配している。また、兄のショーンもアーティストなのだが、すっかり家に閉じこもってしまっており、久しぶりに訪ねてみるとテレビが映らなくなったのは隣人のせいだと言い張り様子がおかしい。

 

心配で別の日にも寄ってみると、庭に大きな穴を掘っている。リジーは母親にすぐ来てくれと連絡する。母は兄の奇行はあまりにも才能があり過ぎるせいだと言う。

 

ジーはジョーが鳩を音のひどい作業所に放置していることに腹をたて、自宅に連れて帰る。

 

作品展まであと数日、リジーは様々なことに頭を悩ませながらも、作業に精を出すが・・・。  

 

映画『ショーイング・アップ』解説と感想

(C)2022 CRAZED GLAZE, LLC. All Rights Reserved.

ケリー・ライカート監督の新作『ショーイング・アップ』は、オレゴン州ポートランドで、作品展の準備に追われた一人の女性アーティストの忙しない日々を綴った作品だ。

 

映画の冒頭、カメラは壁に貼られた淡いタッチの絵画を順に映していくのだが、一枚、一枚じっくり時間をかけて撮っている。ちょうど、わたしたちが美術館を訪れて、絵画を鑑賞する時に要するのと同じくらいの速度といっていいだろうか。

 

それらは作品の下絵で、ミシェル・ウィリアムズ扮する彫刻家のリジーは、その淡い色合いの絵のイメージを立体の彫刻に落とし込むことに日々、尽力している。

タイトルの「ショーイング・アップ」とはまさにそうしたアーティストの到達点に向かうまでの試行錯誤、表現を極めていく様々な過程、努力の結晶を意味している。

 

ジーが制作している彫刻は、人間のちょっとした動きや佇まいを表現したもので、かなり繊細に作られているのがわかる。ちなみにここで登場する作品はポートランドで活躍している彫刻家、シンシア・ラハティのものだという。

 

彼女は8日後に、作品展を控えていて、作品を急ピッチで制作中なのだが、なかなか思うようにはかどらず、苛立ちを隠せない。忙しい時に限って飼い猫が盛んに餌をねだってくるのは猫を飼っている人には思いあたる節が多いだろう。そんな時に限って餌を切らしているのはロバート・アルトマンの『ロング・グットバイ』(1973)の冒頭を思い出させもする。

 

猫といえば、リジーが「鳩」を背負い込むことになるのもこの飼い猫のせいである。猫に襲われて怪我した鳩をリジーは「自分はサイテー」と言いながら窓から捨てるのだが、翌朝、隣人で大家のジョーが保護して、結局リジーが面倒を観ることになる。後ろめたい気持ちがあったためリジーは預かってくれという頼みを承諾するのだが、もしかしたらジョーには何もかもお見通しだったのかもしれない。ジョーを演じているのはホン・チャウで、ブレンダン・フレイザーが第95回アカデミー賞で主演男優賞を受賞した『ザ・ホエール』(2022)の看護師役も素晴らしかったが、ここでの彼女も本当に素晴らしい。

 

いつも憂鬱そうに顔をしかめているリジーと、明るく精力的なジョーというように二人のアーティストは対象的に描かれ、ライバルであるだけでなく、湯沸かしの修理を巡って全編に渡って対立していることもあり、常に火花が散っているように見える。それでも彼女たちが互いにアーティストとして認めあっている友人同士であることが、二人の優れた俳優の演技からそこはかとなく伝わってきて、作品を心地よいものにしている。

 

ジーを悩ませるのは猫と鳩だけでなく、アートの制作だけに専念できない懐事情もある。リジーがジョーを羨ましく思うのは、彼女が自身の所有する不動産の家賃で収入を得ていて芸術に専念できる境遇だからだ。リジーは週に何回かは不明だが、母の手伝いで芸術大学の事務仕事をしており、それらに取られる時間が惜しくてたまらない。

 

「鳩」に話を戻すと、預かった鳩が鳴き続けるので、心配で獣医に連れていくエピソードが綴られている。『ファースト・カウ』でジョン・マガロがひっくり返ったトカゲを助けてやったり、牛の乳を搾る際に耐えず暖かな言葉を投げかけていたように、ここでも動物への優しい思いが表現されている。

ジーはジョーに150ドルもかかったと文句を言うが、ジョーはそれは家賃から差し引くと言いながらその際にかかった「時間」に関して謝罪している。彼女たちにとって、今、最も大切なのは「時間」なのである。何かをなさんとしている人にとって時間は本当に大切で、いつも足りないものなのだ。  

 

また、リジーにとって、家族に関する心配事も芸術の作業に没頭することを邪魔する大きな要因だ。とりわけ兄に関しては母の態度は呑気過ぎるとしか思えず、彼女のイライラは募っていくばかりだ。

 

本作で描かれるアーティスト像には、ケリー・ライカート自身の経験が大いに含まれているだろうし、また、リジーが彫刻に向き合う、繊細で集中力のいる作業は、演じるミッシェル・ウィリアムズ自身の役作りそのものでもあるだろう。

 

映画は終始、生き生きとした躍動感に満ちている。序盤に、ジョーがタイヤを転がして歩道を大胆に走っていく姿をとらえた横移動と、さらにスケボー少年たちが先程のジョーとは逆方向に勢いよく進むという2つの横移動のカットが映画を活気づけている。

 

ケリー・ライカートは自身も芸術大学で教鞭を取っている経験から、芸大の様々な風景を流れるように撮り、そこで行われている営みを礼賛する。

そうした中で、家族、仕事、創作そして生命といった人生における大きな命題が浮かび上がってくる。

映画『ショーイング・アップ』はケリー・ライカートの最新作にして最高傑作といえるものだ。

(文責:西川ちょり)

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