映画『TALK TO MEトーク・トゥ・ミー』は超常的な儀式にのめり込んだために思いがけない恐怖の世界に引きずり込まれることとなった高校生たちの受難を、一人の孤独な少女を中心に描いた「憑依体験ホラー」だ。
監督を務めたのは、総再生数15億回以上という人気YouTubeチャンネル「RackaRacka(ラッカラッカ)」を運営するオーストラリアの双子の兄弟ダニー&マイケル・フェリッポウ。本作にて長編映画監督デビューを果たした。
A24が北米配給を手掛け、興収9100万ドルという驚異的な数字を叩き出し、A24ホラー史上最高興収を記録した注目の一作だ。
映画『TALK TO MEトーク・トゥ・ミー』作品情報
2022年製作/95分/G12/オーストラリア映画/原題:Talk to Me
監督:ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ 製作:サマンサ・ジェニングス、クリスティーナ・セイトン 製作総指揮:スティーブン・ケリハー、ソフィー・グリーン、フィル・ハント、コンプトン・ロス、ダニエル・ネグレ、ノア・デュメット、ジョン・デュメット 、ジェフ・ハリソン、アリ・ハリソン、ミランダ・オットー、デイル・ロバーツ、ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ 脚本:ダニー・フィリッポウ、ビル・ハインツマン 撮影:アーロン・マクリスキー 美術:ベサニー・ライアン 衣装:アナ・ケイヒル 編集:ジェフ・ラム 音楽:コーネル・ウィルチェック 北米配給:A24
出演:ソフィー・ワイルド、アレクサンドラ・ジェンセン、ジョー・バード、オーティス・ダンジ、ミランダ・オットー、ゾーイ・テラケス、クリス・アロシオ、マーカス・ジョンソン、アレクサンドリア・ステファンセ
映画『TALK TO MEトーク・トゥ・ミー』あらすじ
南オーストラリアの都市アデレード。
2年前に母を亡くした高校生のミアは、友人のジェイドと彼女の弟のライリーと家族同然に過ごすことで寂しさを紛らわせていた。
ある日、ジェイドと一緒に高校の同級生の集まりに出かけたミアは、自分だけが浮いているように感じる。そんな中、ジョスとヘイリーが手の模型のようなものを取り出した。彼らが言うには、その手は霊媒師の手で、防腐処理され石膏で固めてあるという。その手を握って「トーク・トゥ・ミー」と語りかけると霊が見えるのだと言う。
さらに「私の中に入って」と呼び掛けると何かが起こるとジョスたちは皆を煽る。誰も挑戦しようとしない中、ミアは元気よく手を挙げた。
椅子に体を縛り付けられた状態で件の手を握ると目の前におどろおどろしい霊が見えた。恐怖に震えながらも「中に入って」と言うと、とたんに強烈な快感がミアを襲った。90秒で辞めなくてはいけないのに、憑依されたミアが手を離さないため、ヘイリーたちは慌てて引き離すが、90秒をわずかに超えてしまう。
味をしめたミアたちは、ジェイドのボーイフレンドも誘い、ジェイドの家で再び儀式を行った。恐ろしいほどの快感に彼女たちはチャレンジを繰り返すが、それを見ていたライリーが自分もやりたいと言い出す。ジェイドはライリーはまだ子供だからやってはいけないと言い残して席をたつが、ライリーは50秒だけとミアにねだり、ミアは承諾してしまう。
ライリーもまた皆と同じように霊に憑依されるが、驚いたことに彼に取り憑いている霊はミアに語りかけ始めた。これはミアの母親の霊なのか⁉
それが悲劇の始まりだった・・・。
映画『TALK TO MEトーク・トゥ・ミー』解説と感想
ホラーにおける「手」と言えば、W・W・ジェイコブズによる古典ホラー短編小説『猿の手』を思い出す。猿の手のミイラが3つの願いごとをかなえてくれると聞き、二百ポンド欲しいと願ったことから起こるある家族の悲劇を描いた作品だ。
また、事故で利き腕を失い漫画家生命を絶たれた男の腕が蘇って動き回るというオリバー・ストーンの『キラー・ハンド』という作品もあった。
このように、「手」をモチーフにしたホラーは特別珍しいものではないのだが、『TALK TO MEトーク・トゥ・ミー』では「手」が霊界との媒体として存在している点がユニークだ。
切断された霊媒師の手首を石膏でコーティングしていると説明されるその怪しげな「手」。握って「トーク・トゥ・ミー」と呼びかけると霊が見え、「中に入ってください」というと、霊に憑依される。その際、高校生たちはまるでドラッグを味わったかのような感覚に陥り、その快楽の虜になって危険な行為を何度も繰り返すようになる。
ただし、ここには決まりがあって、90秒以内に手を離し、つけた蝋燭を消さければならない。90秒を超すと霊に取り憑かれてしまうという。
主人公のミアがこれを試みたとき、憑依された彼女が激しく暴れたために、手から引き離すのが遅れ、90秒をわずかに超えてしまった。ほんの少しオーバーしただけだから大丈夫だよね、と皆、深く考えないようにするのだが、ミアには見えないはずのものが見えたり、知らぬ間に奇怪な行為を行うなど異変が起こり始める。
これがハリウッド産のティーンを主人公にしたホラーなら、頭が空っぽの若者たちが次々と殺されて行くショッキングシーン満載の展開になっていくところだろうが、ダニーとマイケルのフェリッポウ兄弟は、ミアという少女の内面を深く掘り下げ、そこにじわじわと恐怖を重ねて行く。
2年前に母親を亡くして、父と疎遠になってしまった少女はジェイド家の皆に助けられながらも、孤独から抜け出せないでいる。この怪しげな試みに最初に手を挙げたのも、自身が歓迎されていないことを感じたからであり、溶け込みたい一心だったのだと考えられる。
ライリーに憑依した霊が母かもしれず、何かを自分に語り掛けようとしていると思い込んだミアは正しい判断力を失い、そのせいで恐ろしい悲劇を呼び起こすことになる。
ミアは自身が被害者であると共に加害者という複雑なキャラクターとして映画を背負っていく。彼女が抱える孤独や亡き母への愛、思春期の不安定さといった要素が恐怖を拡充させ人々を巻き込んでいくのである。
本作は音で過剰に恐怖を煽ったり、ショッキングなシーンを次から次へと重ねる類のホラー作品ではない。寧ろストーリーで見せる映画だ。
映画は冒頭、ティーン映画お約束の誰かの家でのパーティーシーンで始まり、弟を探す兄が弟を見つけて連れて帰ろうとする様子をワンカットで撮っているのだが、周囲が面白半分にスマホを彼らに向ける中、突然弟は兄の背中を刺し、ワンテンポ遅れて自分の顔を刺して自殺する。
まったく想像できなかった展開にあっけにとられてしまうのだが、予想不可能な展開は映画全編に言えることで、一体どのような結末にたどり着くのか、不安と緊迫感に包まれながら目が離せなくなる。
また、本作の特徴のひとつに「死にきれない」という事例がいくつも出て来ることがあげられるだろう。序盤に車に轢かれた瀕死の鹿が登場するのを皮切りに、霊に取り憑かれ自傷するティーンエイジャーと首を刺された男性はその瞬間を目撃した時は当然、死んだとばかり思っていたのだが、彼らはまだ生きているのだ。
そうした生と死を彷徨う不安定さが、本作の恐怖をさらに際立たせていると言えるだろう。
(文責:西川ちょり)