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【解説】映画『Pearlパール』あらすじ・レビュー/『X エックス』のシリアルキラー誕生を描く前日譚に三部作最終作『MaXXXine』への期待が高まる

映画『Pearlパール』は、A24製作、タイ・ウェスト監督、ミア・ゴス主演のホラー「X エックス」シリーズ3部作の第2作で、『X エックス』(2022)の60年前を描く前日譚だ。

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人里離れた農場で、厳格で独裁的な母と体が不自由な父と暮らすパールは、スクリーンの中で踊るスターの華やかな世界に憧れ、自身も映画スターになりたいという夢を抱いていた。しかし、日々の生活は抑圧に満ち、パールは次第に狂気を募らせていく。

 

監督・脚本は『X エックス』に続いてタイ・ウェストが担当。主演のミア・ゴスが共同脚本・製作総指揮も務めており、2人は脚本を二週間で書き上げたという。

 

夢見る少女はいかにして無慈悲かつ凶暴なシリアルキラーへと変貌していったのか――!? 今、その全貌が明かされる!  

 

映画『Pearlパール』作品情報

(C)2022 ORIGIN PICTURE SHOW LLC. All Rights Reserved

2022年製作/102分/R15+/アメリカ映画/原題:Pearl

監督:タイ・ウェスト  製作:ジェイコブ・ジャフク、タイ・ウェスト、 ケビン・チューレン、 ハリソン・クライス   製作総指揮:ミア・ゴス、ピーター・ポーク、サム・レビンソン、アシュリー・レビンソン、スコット・メスカディ、デニス・カミングス、カリーナ・マナシル キャラクター創造:タイ・ウェスト 脚本:タイ・ウェスト、ミア・ゴス 撮影:エリオット・ロケット 美術:トム・ハモック 衣装:マウゴシャ・トゥルジャンスカ 編集:タイ・ウェスト 音楽:タイラー・ベイツ、ティム・ウィリアムズ、

出演:ミア・ゴス、デビッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロ

映画『Pearlパール』あらすじ

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1918年、テキサス。

敬虔で厳しい母親と病気の父親と共に人里離れた農場で暮らすパールは、スクリーンの中で踊る華やかなスターに憧れ、自身もスターになることを夢見ていた。

 

若くして結婚した夫は戦争へ出征中。体を動かせず、声も出せない父親の身の回りの世話と家畜たちの餌やりや乳しぼりという単調な繰り返しの毎日に鬱屈としながらも、農場の家畜たちを相手にミュージカルショーの真似事を行うのが、唯一の幸せな時間だった。  

 

ある日、父親の薬を買いに町へ出かけ、母に内緒で映画を見たパールは、そこで映写技師に声をかけられる。彼はパールが今観たばかりのミュージカルのフィルムの一部をはさみで切って手渡してくれた。いつでも訪ねて来ていいという彼の言葉に従って再び映画館にやって来たパール。

 

映写技師は彼女にいかがわしいヨーロッパ産のブルーフィルムを見せ、君もスターになれるとささやく。そしていつかヨーロッパに一緒に行こうと彼女をベッドに誘う。

 

そんな中、パールの家に夫の母親と義理の妹が訪ねて来た。彼らは子豚の肉を差し入れてくれたのだが、母は施しはいらないと頑なな態度を取る。

 

義理の妹のミッツィーから、町で、地方を巡回するショーのオーディションがあることを聞かされたパールは、オーディションへの参加を強く望むが、母親に「お前は一生農場から出られない」といさめられる。

 

パールは、荷物をトランクに詰め、母親にみつからないように家を飛び出し、オーディション会場へと急いだ。彼女はステージで懸命にダンスを披露するのだが・・・。  

映画『Pearlパール』感想・評価

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『X エックス』は、1970年代を舞台に、ポルノ映画を撮って家庭用に販売し一儲けしようと企む撮影隊が、訪れた古びた農家に暮らす老夫婦に次々と惨殺されていくという、70年代スラッシャー映画にオマージュをささげた作品だった。

 

映画『Pearlパール』はその60年前を描く前日譚で、老女パールの若かりし頃をミア・ゴスが演じている。『X エックス』でミア・ゴスは、新進ポルノ女優マキシムを演じていたのだが、エンドクレジットを観て彼女がパールも演じていたことを知って驚いた方は多いだろう。

 

第一次世界大戦が起き、若くして結婚した夫は従軍して不在。父親は流行のスペイン風邪にやられて言葉も出せず体も動かない。ひとり、生活を支えるために懸命に働く母は疲れ切っており、ふわふわして落ち着かないように見えるパールに厳しくあたり、自由を認めない。

 

抑圧された生活の中で、時折、狂気をみせる瞬間があるとはいえ、パールは素直に家業を手伝い、母には反発を見せても父には愛情を見せている。病にかかって身体が不自由になる前は優しい父だったことが想像できる。

 

抑圧の中でパールが絶えてこられたのは、いつかこの農場を出て行き、映画スターになりたいという夢があったからだ。彼女を救っていたのは映画だったのだ。父の薬を買いに行き、そのお釣りでこっそり映画を観て大事そうにパンフレットを抱えているパールの姿は愛らしくさえあり感動的だ。

 

『Pearlパール』は、タイラー・ベイツとティム・ウィリアムズのロマンチックなオーケストラ・スコアで幕を開け、光沢のあるテクニカラーを使用することで、『オズの魔法使い』や50年代のダグラス・サークなどの世界を彷彿させる。実際、『Pearlパール』にはかかしと踊るシーンも登場する。  

 

オズの魔法使い』のドロシーのようにここではないどこかへ飛ばされて冒険がしてみたいという願いは、時代を超えて誰もが持つ思いでもあるし、スペイン風が流行り、家族にうつすことのないよう行動が制限されるという描写などはコロナの時代の現代と重なる部分があり、パールという主人公は、現代の私たちにも共感を持って迎えられるキャラクターとして描かれているといえるだろう。

 

彼女が人生をかけて臨んだオーディションでは、これまでにない理不尽さを体験することになる。相手はブロンドのこれぞアメリカの女の子といった人物だけを探していて、ドイツ系のパールがいくらダンスを鮮やかにこなそうとも、はなから勝ち目などなかったのだ。

 

こうした理不尽さは現代のハリウッド映画においても大きな問題になっている事柄だし、映画界以外の世界でも渦巻いているものだが、オーディションに全てを賭けていたパールにとってこの出来事は、これまで悪と善の二項対立の中で、もうすでに悪へとかなりの角度傾きながらもなんとか踏みとどまらせていたものが完全に崩壊してしまったことを意味する。

 

爽やかな青年と結婚した際は、本性を隠していたとパール自身が独白しているように、また、映画の冒頭、牛舎に入って来たあひるを躊躇なくワニの餌にしてしまうように彼女はもともと狂気の部分を持っていて、本人もそれを自覚していた。もしかして母親はそのことをわかっていて、彼女をこの農場に幽閉しなくてはと思っていたのかもしれない。

だが、映画『Pearlパール』はあくまでもこの若い女性を、生まれつきのシリアルキラーではなく、夢破れたひとりの魂のある人間として描いており、ミア・ゴスはこの複雑で屈折した女性を鮮やかに演じてみせている。  

 

『Pearlパール』もまた、『Xエックス』同様、セックスと暴力と鮮血に満ちている。『Xエックス』では俯瞰で撮るシーンがたびたび見られたが、本作ではカメラはパールに寄り添い、多くをワンテイクで撮っている。とりわけパールの家から出てきた人物がパールが斧を持って追いかけて来るのを見て泣き叫びながら逃げるシーンの長回しは屈指のシーンとなっており、ホラー映画好きにも満足いくものに仕上がっているだろう。

 

それでももっともこの映画で印象的なのは、最後のパール(ミア・ゴス)が笑顔を向けている長い長いクローズアップだろう。泣き笑いのような、カオ芸のような、妙な可笑しさとおぞましさと悲しみが同時に迫って来る狂おしいまでのそのショットは、ある種トラウマのようなインパクトを観る者につきつけてくる。

 

さて、こうして『Pearlパール』を見たあと、もう一度『Xエックス』を見てみよう。

 

『Xエックス』は『悪魔のいけにえ』にインスパイアされたレトロショッカーとして、高い評価を受ける一方、年老いていることをおぞましいもののように描くエイジズムの側面を指摘され批判の対象にもなった。

 

しかし、『Pearlパール』を見たあとは、彼女がなぜ、若いマキシムにあれほど魅せられたのか、彼女はなぜいつまでもセックスの快楽を求め続けたのかが理解できるのではないか。

それは不本意なまま、失われてしまった「若さ」に対する悔恨と憧憬の現れではないのか。

『Pearlパール』で描かれた早すぎる結婚、早すぎる妊娠(精神的に苦しんだあと流産したことが語られる)、家庭における犠牲的役割や、社会的疎外を強いられる中で大切で一度限りしかない貴重な「若い時代」が不本意にも失われていくという現実は往々にして世の女性を直撃してきた問題でもある。  

 

そのような背景を知って『Xエックス』を見ればまた違った風景が見えて来るのではないだろうか。

 

勿論、『Pearlパール』は『Xエックス』を見ていなくても、作品単体で十分楽しめるし、同じく『Xエックス』が一本の映画として完結した魅力的な作品であることに間違いはない。だが、新しい作品が生まれることで、作品の世界観が広がっていくのを見るのは、シリーズならではの醍醐味といえるのではないか。

 

そういう意味でも三部作の最終話で、1980年代のロサンゼルスを舞台に、ポルノ映画「農家の娘」の撮影隊で唯一生き残ったマキシムを主人公にした『MaXXXine』の公開が今から楽しみでならない。

『MaXXXine』特報

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