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映画『HOW TO HAVE SEX』あらすじ・感想/ 新鋭・モリー・マニング・ウォーカー監督が若い女性が直面する性へのプレッシャーを描く

高校を卒業した3人のティーンエイジャーが夏休みを利用してギリシャ・クレタ島のリゾート地へ。

太陽が降り注ぐマリアの街を闊歩し、酒を浴びるように飲み、クラブで踊り狂う彼女たちは欲望と同意という問題に直面する。

 

映画『HOW TO HAVE SEX』の脚本・監督を務めたのは、サンダンス映画祭で審査員大賞を受賞した映画『SCRAPPER スクラッパー』(2023)などの作品で撮影監督として活躍して来たモリー・マニング・ウォーカー。本作で長編映画監督デビューを果たした。

 

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映画『説得』(2022/キャリー・クラックネル)や、ドラマ『ゲット・イーブン ~タダで済むと思った?~』(2022)などのミア・マッケンナ=ブルースが主人公タラを生き生きとかつ繊細に演じている。

 

2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ受賞作品。

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目次

映画『HOW TO HAVE SEX』作品情報

(C)BALLOONHEAVEN, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2023

2023年製作/91分/PG12/イギリス・ギリシャ合作映画/原題:How to Have Sex

監督:モリー・マニング・ウォーカー 製作:エミリー・レオ、イバナ・マッキノン、コンスタンティノス・コントブラキス 製作総指揮:ファルハナ・ブーラ、ベン・コーレン 、クリスティン・アービング、ヨルゴス・カルナバス、ナタナエル・カルミッツ、フィヌーラ・ジェイミソン、フィル・ハント。コンプトン・ロス 脚本:モリー・マニング・ウォーカー 撮影:ニコラス・カニッチオーニ :美術:ルーク・モラン=モリス 衣装:ジョージ・バクストン 編集:フィン・オーツ 音楽:ジェームズ・ジェイコブ キャスティング:イザベラ・オドフィン

出演:ミア・マッケンナ=ブルース、ララ・ピーク、サミュエル・ボトムリー、ショーン・トーマス、エンバ・ルイス、ラウラ・アンブラー

 

映画『HOW TO HAVE SEX』あらすじ

(C)BALLOONHEAVEN, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2023

タラ(ミア・マッケンナ=ブルース)とその友人スカイ(ララ・ピーク)、エム(エンヴァ・ルイス)は、休暇を過ごすためギリシャ・クレタ島のマリアに降り立った。 彼女たちはイギリス南部で暮らす16歳で、統一試験を終えたばかり。試験の結果は気になるものの、親の監視がない初めての旅に興奮を隠しきれない。

 

マリアは、彼女たちのような若い観光客でごった返していた。

 

タラたちはプールの見える部屋をとることに成功し、クラブで踊り、気持ち悪くなるまで酒を煽り、一つのベッドの上で雑魚寝して朝を迎えた。

 

二日目の朝、バルコニーに出たタラは隣の部屋のバルコニーにいたバッジャーという青年と言葉を交わした。バッジャーは友人のペイジとパディと共にイギリスの北部からやって来たという。それをきっかけにふたつのグループは、行動を共にし始める。

 

レズビアンのスカイはペイジとコンビを組むが、パディとバッジャーのふたりはどちらもタラにばかり話しかけるので、少し嫉妬したエムは、タラがヴァージンであることをほのめかし、タラを怒らせる。

 

そんなちょっとしたぎくしゃくはあっても旅への高揚感と、これから起こる出来事への期待は大きくなるばかり。

 

タラは外交的で陽気なパッジャーと一緒にいると楽しいと感じ、彼に好感を持つ。しかし、プールサイドで行われた卑猥なイベントでステージに上げられ、悦に入っている彼の姿を見てすっかり興ざめしてしまった。

 

ふらふらとひとりで歩いていたタラはパディに声をかけられる。パディはビーチに行こうとタラを誘う。

 

翌朝、ペイジとエムはタラが部屋にいないことに気が付く。隣のバッジャーたちと一緒にいるのだろうと考え一度は安心するが、バルコニーに出ている彼らと話が合わない。バッシャーが早くタラを呼べよ、話があるんだと言うに及んで、タラはどちらの部屋にも帰っていないことが判明する。

 

その頃、タラは昨晩の狂乱が過ぎ去ったゴミだらけで荒廃した通りをひとり歩いていた。昨晩の記憶をたどりながら。

 

パディとの間で起こった最悪のこと、欲望だけを満たして自分を置いてどんどん歩いて行くパディを追いかけず、一人でクラブに入り踊ったこと、クラブで親切なグループに声を掛けられ、仲間に入れてもらえたことなどを・・・。

 

映画『HOW TO HAVE SEX』感想と解説

(C)BALLOONHEAVEN, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2023

冒頭から、少女たちの抑えきれない興奮が伝わって来る。彼女たちは声を張り上げて歌い、夜の冷たい海に突入し、ちゃっかりプールが見える場所にホテルの部屋を確保する。夜は、ばっちりと化粧して、耳をつんざくようなナイトクラブの大音響に身を任せ、気持ち悪くなるほど酒を飲んで、レジャー感を満喫する。

 

イギリス人のタラとその親友のスカイとエムは皆、16歳。3人は将来を決める重要な試験を終え、クレタ島のマリアにやって来たばかりだ。試験の結果は気になるが、今は初めて親の監視のない環境で友人たちと過ごす解放感とこれから作る思い出への期待で一杯だ。

 

モリー・マニング・ウォーカー監督は、何気ないプールサイドの光景を時にスローモーションでとらえ、夢の一シーンのように描いたり、俯瞰でプール全体をとらえ、まるで原色に彩られたおもちゃ箱のような景色に変えたりしながら、彼女たちが発する若い欲望のアドレナリンを生き生きと表現している。

 

タラは3人の中でも一番背が低く、他の2人よりも子供っぽく見える。陽気で明るくて騒がしく、誰かが酒の飲みすぎで辛くなると躊躇なくその子に寄り添う優しさがある。エムから度々言及されるように、彼女は3人の中でただ一人性体験がなく、この旅行で密かに体験できたらと願っている。

 

そんな通過儀礼を描いた青春映画はこれまでも数多く作られて来たが、本作は、欲望と同意を巡る問題に静かに真剣に焦点を当てている。

 

彼女たち3人は隣の部屋のやはりイギリスからやって来た男性2人、女性1人のグループと仲良くなり、行動を共にするようになる。

 

その中で、タラは、外見は遊び人風だが心根の優しいバッジャーに魅かれていく。しかしちょっとしたことで彼に幻滅し、その心の隙間を見透かされたかのようにパッジャーのグループのひとり、パディに声を掛けられる。

その後の彼との体験は、タラが頭の中で描いていたものとはまったく異なるもので、その後は、体験したものへの強烈な違和感や痛ましい喪失感が彼女をとらえるすべてのショットに映し出されることになる。

 

狂乱の夜を終え、どの店も閉店し閑散とした街の一角は、ゴミだらけで荒れ果てた空間に成り下がっている。劇中、無人のこの空間をとらえたショットが一度登場するが、それからしばらくして、それと同じ空間をタラが遠くから歩いてくるロングショットが現れる。レジャー感も幸福感も失われた空間が彼女の幻滅と荒涼とした心情を映し出しているのは明らかだ。

 

それでも、みんなのヴァカンスを台無しにしないようにという配慮か、彼女はパディと寝たということだけを仲間に告げる。友人たちはやったじゃんと彼女の冒険を称えるが、タラはまだ混乱の中にいる。愉しいバラ色の夏になるはずだったのに、世界は突然ダークな色合いに変わってしまった。

 

性体験がなかったり、少なかったりすれば、こんな時、どうすればいいかなんてわかるわけがない。誰もそんなことを教えてくれなかった。拒否したいのに、勇気がなくて同意してしまったり、この場に及んで拒否したらバカにされるのではと悩んだり。モリー・マニング・ウォーカー監督は、こうした若い女性たち(まだ幼いと言ってもいいくらいの)が直面する性へのプレッシャーを浮き彫りにし、観る者に問いかけるのだ。

 

終盤、タラが「あの人おかしいよ」とパディのことをスカイに告げることができたのは救いである。こうした場合、明らかに相手が卑劣で思いやりにかけているにも関わらず得てして自分を責めてしまいがちだからだ。

 

その上、旅の途中だというのに、試験の結果がそれぞれの母親たちから送られてきて、たちまち今後の人生に思いを巡らす羽目になる。

 

イギリスでは16歳時の試験の結果で、シックス・フォームと呼ばれる二年生の大学進学の学習過程に進むか、パートタイムの教育または職業訓練校に進むかが決まる。

 

成績優秀なスカイはシックス・フォームに進めるらしい。でも、タラには再チャレンジしようと励ます母のメールが届いている。それは思いやりのある優しい文面だが、友人と同じ学校に通えないかもしれない、自分の人生はどうなるのかという新たな不安が彼女の心に影を落とす。

 

青春映画は、しばしば日常の仲間との戯れから次第にはみ出て孤立していく若者たちの姿を描いて来たが、あれほどはしゃいで元気だったタラも、次第に静かに無口になって行く。

とりわけ、パディとバッシャーのグループと別れる際は背中を向けて振り向きもしない。カメラは無言で遠ざかる彼女の背中や空港行きの車中で微動だにしない彼女を長回しで捉え続ける。タラを演じたマッケナ=ブルースの繊細な演技が深く胸を打つ。

 

だが、モリー・マニング・ウォーカー監督は彼女を決して突き放さない。パディとの出来事のあと、クラブで彷徨っていた彼女に声を掛けて仲間に入れてくれた親切なグループの存在は、この世界にはいい人間の方が多いのだよと彼女に告げているかのようだ。また、タラのことを気にしてくれて、自分がいるからと言ってくれるスカイという友人がちゃんといることを彼女に気付かせてもくれる。

 

彼女のこの夏の体験がどのように彼女の人生に影響を与えて行くのかはわからないが、希望を持たせるラストが暖かく心に染みて来る。

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