マンハッタンの広告代理店の重役が、スパイに間違えられ、誘拐された上に殺人の罪を着せられ、絶体絶命のピンチに陥る。シカゴ、インディアナポリス、サウスダコタへと追跡劇が続く中、次第に事件の背景が明らかになっていく。
映画『北北西に進路を取れ』は、ラシュモア山での追跡など、映画史に残る名場面満載の、アルフレッド・ヒッチコック監督による巻き込まれ型サスペンスの傑作だ。

ケーリー・グラントの四回目のヒッチコック映画出演作品であり、最後の出演作。謎の美女イヴにエヴァ・マリー・セイント、敵対するスパイのボスにジェームズ・メイソンが扮している。
映画『北北西に進路を取れ』は、2025年7月9日(水) 、NHKBSプレミアムにて放映(午後1:00〜午後3:18)。
目次:
映画『北北西に進路を取れ』作品情報

1959年製作/137分/アメリカ映画/原題:North by Northwest
監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック 脚本:アーネスト・レーマン 撮影:ロバート・バークス 美術:ロバート・ボイル 編集:ジョージ・トマシーニ 音楽:バーナード・ハーマン タイトル・デザイン:ソール・バス
出演:ケーリー・グラント、エヴァ・マリー・セイント、ジェームズ・メイソン、ジェシー・ロイス・ランディス、レオ・G・キャロル、マーティン・ランドー、エドワード゙・ビンズ、ジョセフィン・ハッチソン、フィリップ・オバー、アダム・ウィリアムズ、ロバート・エレンシュタイン

『風の歌をキケロ』 ―マービン・ゲイのレコードの射程 ―: 『風の歌を聴け』論
映画『北北西に進路を取れ』あらすじ

広告代理店のエグゼクティブ、ロジャー・ソーンヒル(ケーリー・グラント)は、レストランで友人と会食する際、母親への連絡を思い出し立ち上がった。それが偶然、別の男の呼び出しのタイミングだったため、その別人と間違えられ、謎の男たちに誘拐されてしまう。
連れてこられたのは、郊外の立派な屋敷で、タウンゼントと名乗る男が現れ、ソーンヒルに対して「ジョージ・キャプラン」と呼びかけた。どうやらソーンヒルはキャプランというスパイと誤認されたらしい。タウンゼントの手下たちは彼に無理やり酒を飲ませ、車に乗せて交通事故を装い始末しようとする。だが、ソーンヒルはハンドルを握っていた男を車から放り出し、自分で運転を始めた。酔っぱらっているため、再三、危険な目にあうが、最終的に追ってきたパトカーとぶつかり、逮捕される。
ソーンヒルは警察でありのまま事情を話すが、誰も信じてくれない。証明するためにタウンゼントの屋敷に警察を連れて行くが、出て来たのは見も知らぬ女性で、部屋にあった酒のコレクションも本に変わっていた。
ソーンヒルは母親を連れ、キャプランが泊っているというホテルに出向くが、ホテルの関係者が誰もキャプランの顔を知らないことに気が付く。ソーンヒルを拉致した男たちが、ホテルに来ていると知り、あわてて脱出。タウンゼントが国連で演説すると言っていたのを思い出して、母と別れ、ひとりで国連へと向かった。
ところが国連のロビーで会ったタウンゼントは、見たこともない男だった。あの郊外の屋敷が彼の住居であることは間違いなかったが、長い間、留守にしているという。屋敷に居た男はタウンゼントに成り済ましていたのだ。2人が会話をしていると、突然、タウンゼントが倒れた。彼の背中には鋭いナイフが刺さっていた。驚いたソーンヒルは、ナイフを触ってしまい、気づけば、周りが、彼をおびえたように見ていた。彼は殺人容疑者となって追われる身となってしまう。
この事件を受けてアメリカ諜報機関の幹部たちが会議を開いていた。タウンゼントに成り済ました男は、ヴァンダムという敵のスパイだった。キャプランは実態のない架空の人物であり、ソーンヒルをどう扱うかが話し合われたが、彼らは、ヴァンダムのもとにスパイを潜り込ませており、それがバレるのを防ぐため、ソーンヒルに関しては何もしないという結論に達した。
国連から逃げ出したソーンヒルはシカゴ行きの「特急二十世紀」に飛び乗るが、そこも既に警官の手が回っていた。その彼を救ったのは、謎の美女イヴだった。彼女はソーンヒルがお尋ね者であることを知っていたが、二人は恋に落ちる。
シカゴに到着するとソーンヒルは赤帽に化けて、イヴと共に改札を出て警察の手をすり抜けることに成功。イヴがキャプランに連絡を入れると、インディアナ州で会おうと言っているという。住所を控えた紙を受け取り、ソーンヒルは長距離バスに飛び乗った。
しかし、降りた場所は人気のない平原で、いつまで待ってもキャプランは現れない。農薬を散布している軽飛行機が遠くに見えたが、ふと気が付くと軽飛行機は上空に来ており、低空飛行して彼を襲ってきた。あわててトウモロコシ畑に入り、身を隠すが、飛行機は農薬を投下し、飛び出したソーンヒルめがけて何度も攻撃をかけて来た。ソーンヒルが道路に走り出て通りかかったタンクローリーを止めると、そこに突っ込んできた飛行機はタンクローリーに激突して炎上してしまう。
シカゴへ戻った彼は、競売所でヴァンダムとイヴの一団と出会い、罠にかけられたことに気が付く・・・。
映画『北北西に進路を取れ』感想・評価

2つの傑出したアクションシーン
『逃走迷路』(1942)や『間違えられた男』(1956)など、アルフレッド・ヒッチコックの作品には、無関係な一般人が理不尽にも事件に巻き込まれ逃亡しながら真相を突き止める、というサスペンス構造がしばしば使われる。
『北北西に進路を取れ』(1959)もこの系譜に連なる作品で、ケーリー・グラント扮する主人公ロジャー・ソーンヒルが人違いからスパイと誤解され、敵対するスパイ組織に命を狙われ、さらには殺人容疑者として警察からも追われる身となってしまう。
窮地に陥ったソーンヒルは、ニューヨークから、インディアナ州、さらにサウスダコタ州に飛ぶことになるのだが、その過程で展開する2つのアクションシーンは、傑作ぞろいのヒッチコック作品の中でもとりわけ傑出したものといえるだろう。
まず、トウモロコシ畑での飛行機襲撃シーンは、ヒッチコックのサスペンス手法の極致とも言える場面だ。ソーンヒルが指定された場所でバスを降り、彼が不安そうにあたりを見回すカットと、広大な畑の何気ない景色が交互に映し出される。車が通り過ぎるたびに、ソーンヒルはそれを憮然と見送り、何事もおこらない静かな時間が過ぎる。やがて一台の自動車が停まり、男が一人降りるが、彼はバスに乗るためにここにやって来たらしい。何も起きない中、ふと、男が、あの飛行機、畑じゃないところに農薬を撒いているぞと呟く。遥か遠く、水平に移動していく飛行機が見える。やがて飛行機のエンジン音が徐々に近づき、突然、低空飛行で襲いかかって来る。
ソーンヒルがバスを降りた途端、飛行機がいきなり襲ってくるのではなく、一端何も変わらないような時間と空間を与えることで、観客はソーンヒルの恐怖を共有し、次に何が起こるかという不安を覚えることになる。
ひとたび飛行機の轟音が響くと、立て続けに容赦ない攻撃が圧倒的な迫力で描かれ、広大な空間での孤立感と相まって、ソーンヒルが置かれた絶望的な状況が視覚的・聴覚的に鮮やかに強調される。
一方、映画の終盤で展開するラシュモア山でのクライマックスは、ヒッチコックの視覚的センスとテーマ的な深みが見事に融合した場面だ。アメリカの象徴であるラシュモア山の巨大な大統領の顔の彫刻を背景に、ソーンヒルとヒロインのイヴ・ケンドールが、スパイ組織の魔の手から逃走を試みる。このシーンでは、巨大な岩壁に刻まれた彫刻と、登場人物たちの身体を対比させることによって、個人が国家や権力といった巨大な存在に圧倒される状況を表現している。岩壁の前で必死に逃げ惑うソーンヒルとイヴの姿は、物理的な危険だけでなく、個人対国家、自由対圧制というテーマを内包している。
これら二つのシーンに共通するのは、ヒッチコックの、空間を巧みに利用してサスペンスを構築する手法だ。ちなみに、トウモロコシ畑のシーンは、セットでは迫力が出ないと、実際、インディアナ州でロケを行ない、一方、ラシュモア山は撮影許可が下りず、巨大なセットを組みたてて撮影したという。
そこかしこに散りばめられたユーモア
ヒッチコックのイギリス時代の作品に『三十九夜』(1935)という、ジョン・バカンの原作を映画化したスパイスリラーがある。カナダ出身の男性(ロバート・ドーナット)がロンドンのミュージックホールでショーを楽しんでいたところ、銃声が鳴り響きあわてて外に出るとひとりの女が家までついてくる。彼女は誰かに見張られている様子だ。男は一晩彼女を泊めてやるが、翌朝、彼女はスコットランドの地図を握りしめたまま背中にナイフを突きつけられて殺されていた。男は彼女が軍の重要な機密が奪われそうになっていると語っていたことを思い出し、見張っている男たちをまいて特急列車に乗ってスコットランドへ向かう。途中、新聞を見て自分が殺人犯になっていることを知る。列車には既に警察が乗り込んで彼を捜索していた。彼は見知らぬ女性と恋人同士を装い、警察を欺くが・・・。
『北北西に進路を取れ』ととても良く似たストーリーだ。『北北西に進路を取れ』は、『三十九夜』のセルフリメイクといってもいいかもしれない。
殺人の疑いをかけられた男が、特急に飛び乗り、遠い場所へ出かけて行くという展開が似ているだけでなく、見知らぬ女性が、彼を警察から救うと言う点も同じだ。だが、『三十九夜』の女性(デリン・キャロル)が、男が犯人だと思い込み、警察に知らせようとするのに対して、『北北西に進路を取れ』の女、イヴ・ケンドール(エヴァ・マリー・セイント)は、すぐに彼をかばって警察を遠ざけ、食堂車でも颯爽と彼の味方をする。あとになって、女の素性が明かされるのだが、とにかく、この時の悠々としたエヴァ・マリー・セイントの魅力は別格だ。
『三十九夜』と『北北西に進路を取れ』を比べてみると、『北北西に進路を取れ』がユーモアに溢れた作品であることがよくわかる。『三十九夜』も、最初はいがみあっていた男女が、次第に惹かれ合っていくロマンチック・コメディー的な流れもあるのだが、『北北西に進路を取れ』のユーモラスなシーンやコメディー的な要素は、その比ではない。これは主演がケーリー・グラントであることが大いに関係しているだろう。
何しろ、彼は映画が始まって早々、秘書との打ち合わせをしながら、マディソン街を歩いているのだが、急にタクシーを拾うことにして、既に他の人が乗り込もうとしているところを押しのけて颯爽と割り込み乗車するのだ。秘書がたしなめても悪びれる様子もない。これが、別の俳優なら、観客は反感を抱くかもしれないが、ケーリー・グラントなら、逆になぜか好感さえ持てるのだから不思議だ。
また、スパイと間違えられた彼は、酒を大量に飲まされ、車に乗せられるのだが、ハンドルを握っている敵スパイを突き落とし、酔っぱらいながら、危機一髪のハンドルさばきを見せて行く。様々な車とすれ違ったり、崖から落ちそうになったり非常にスリリングなシーンが続くが、まったく悲壮感はなく、また、警察や法廷で、自身が経験した話を誰も信用していないのに大真面目に訴える姿にはからっとした可笑しみさえ漂っている。
オークションの場面で、敵に囲まれたと悟ったグラントが、めちゃくちゃな金額を次々と提示し会場を混乱に陥れ、ボディガードたちにわざと捕まってスパイたちを欺く場面もすこぶる面白い。
ケーリー・グラントのこうしたソフィスティケイティッドされた変人ぶりは、ハワード・ホークスのスクリューボールコメディ作品などでも観られるものだが、ヒッチコックは、洒落たセンスで、グラントの持つ気品のあるユーモアをそこかしこに散りばめている。
終盤、敵の家に忍び込んだグラントが、窓から外に出て、隣の家の窓に侵入し、寝室を通って、脱出する場面では、ベッドで寝ていた女性が、最初、驚いて「STOP!」と叫ぶも、グラントの顔を見て「STOP!(行かないで!)」と叫ぶ。ここも実に可笑しい。
前述したような傑出したアクションシーンが証明するように『北北西に進路を取れ』はスリルに満ちた堂々たるアクションスリラーなのだが、このように笑いのセンスも突出している。ラシュモア山での危機一髪からのラストシーンへのつなぎも実に洒落ている。ヒッチコックのキャリアの一つの到達点とも言えるだろう。
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