巨大なアリーナでのコンサートに娘と共にやって来た消防士のクーパーは、会場内外に武装警官が多数集まっているのを見て違和感を覚える。実はこのコンサート自体、世間を騒がせている凶悪犯を捕まえるために警察が仕掛けた罠だった!
映画『トラップ』は、M・ナイト・シャマラン監督のオリジナル脚本によるサスペンススリラーだ。

クリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』(2023)での名演が記憶に新しいジョシュ・ハートネットが主役のクーパーを演じ、ポップスターのレディ・レイヴンをシャマラン監督の娘で歌手のサレカ・シャマランが演じている。これまでも彼女はシャマラン監督作品に楽曲を提供して来たが、本作ではなんと14曲もの楽曲を書き下ろしたという。
ルカ・グァダニーノや、アビチャッポン・ウィーラセータクンの作品で知られるサヨムプー・ムックディプロームが撮影を務めた本作は35mmフィルムで撮影された。
目次
映画『トラップ』作品情報
2024年製作/105分/アメリカ映画/原題:Trap
監督・脚本:M・ナイト・シャマラン 製作;アシュウィン・ラジャン、マーク・ビエンストック、M・ナイト・シャマラン 製作総指揮:スティーブン・シュナイダー 撮影:サヨムプー・ムックディプローム 美術:デビー・デビラ 衣装:キャロライン・ダンカン 編集:ノエミ・プライスベルク 音楽:ヘルディス・ステファンスドッティル 音楽監修:スーザン・ジェイコブス キャスティング:ダグラス・エイベル
出演:ジョシュ・ハートネット、アリエル・ドノヒュー、サレカ・シャマラン、ヘイリー・ミルズ、アリソン・ピル、ジョナサン・ラングドン、キッド・カディ
映画『トラップ』あらすじ

フィラデルフィア在住の消防士クーパー・アダムスは、娘のライリーと共に、レディ・レイヴンのコンサートにやって来た。
レディ・レイヴンはティーンエイジャーの女の子たちに大人気のポップスターで、ライリーは楽屋入りする彼女を目撃出来て大興奮だ。クーパーは娘が心から喜んでいる姿を見て、自身も幸せな気分になっていた。
クーパーはライリーと会場を巡っていたが、至るところに警官の姿があるのに気付く。いくらレディ・レイヴンが人気があるからといってもここまで厳重な警備が必要なのだろうか。それによく観ると、ほとんどの警官が暴動鎮圧用の装備を身に着け完全武装しているではないか。
ライリーはコンサートグッズのTシャツを欲しがったが、Sサイズは一枚しかなかったため、クーパーは長い間並んでいると主張する別の少女に譲ってやった。販売員の男性が珍しく出来た親子だとふたりを褒め、10分後に補充しておくからまた来てくれと声をかけてくれた。
ライリーは席が良席であることにとても喜んでいた。娘を愛おしそうに見つめていたクーパーだったが、ふと後ろを振り向くと、アリーナ内にも制服警官が多数いて、何人かの人が肩を叩かれて連れていかれる姿が目に入った。
いよいよライブがスタートし、ライリーは感動で震えんばかりだ。しかしクーパーはそわそわと落ち着かない。彼はライリーを会場においてひとりトイレに向かった。彼は個室にはいると携帯を取り出した。携帯の画面には、監禁されているらしい若い男性の姿が映っていた。
クーパーは娘のところに戻ったが、今度はTシャツをもらいに行くといってまた席を離れた。先ほどの販売員の男に警官が多いのはどういうわけなのか知っているかと尋ねると男は悪名高い地元の連続殺人犯"ブッチャー“がこのコンサートに来ているらしい、このコンサート自体が殺人犯を捕まえる罠なんだよと教えてくれた。
クーパーは販売員から勝手に拝借した身分証を使い、関係者以外入れない部屋や屋上に出てみるがどこも警官だらけだ。FBIプロファイラーのジョセフィン・グラント博士が指揮を取り、警察はコンサート会場を完全に包囲していた。
アリーナに戻るとライリーがなぜそんなに頻繁に出たり入ったりするのか、パパ、おかしいよと言い出した。
クーパーはどうやればこの会場から無事出ることが出来るだろうかということで頭が一杯だった。なぜなら彼こそが、凶悪なシリアルキラー"ブッチャー“だったからだ・・・。
映画『トラップ』感想と解説

娘ライリーが良い成績をとったご褒美に、父、クーパーは娘が大好きなポップスター、レディ・レイヴンのアリーナライブのチケットをとってやり、親子仲良く出かけて行った。
だが、親子がめいっぱい楽しむはずだった場所は徐々に不吉な空間へと変容して行く。
武装した警官たちが大勢会場を取り囲んでいるのだが、ライブに訪れた人々は有名スターを厳重に警備しているのだろうとそれほど気にもしていないようだ。しかし、クーパーだけは気が気でない。なぜなら彼こそ、現在、世間を騒がせている残虐なシリアルキラー”ブッチャー“だからだ。
このことは比較的早い段階で明かされるので、決してネタバレではない。彼は気さくなコンサートグッズ販売員からこのコンサート自体が”ブッチャー“を逮捕するための罠だということを聞き出す。ぐるりと警官に囲まれた空間からどう脱出すべきか、彼は懸命に知恵を働かせることになる。
一人で行動するなら、この抜け目のない男はなんらかの上手い策を思いついたかもしれない。だが、クーパーは、娘に自分が殺人犯だということを絶対に知られたくない。愛する娘の成長をいつまでも見守っていたいし、これからも娘にとって良きパパでありたいからだ。
なんとかここから脱出しなければいけない、娘にとってこの日の思い出が最高の状態のままで・・・。
映画は、このようにアイデンティティーが2つに引き裂かれた複雑な男の心理スリラーとして展開する。私たちはこのアンチ・ヒーローに嫌悪感を抱きながらも、一方で彼が逃げ果せることを願ってしまう。丁度、ヒッチコックの『サイコ』(1960)でノーマン・ベイツが、殺した女性の形跡を消すために車ごと湖に沈めようとした際、途中で沈まなくなり、その一瞬、観客が思わず心配し、すぐに沈みだしてほっとするように。
彼が“閉じ込められている”場所がライブ進行中のコンサート会場であることも、サスペンスを高めるのに効果的だ。会場全体がティーンたちの興奮の坩堝と化し、そこに武装した警官が大量にいることも相まって一種異様な空間が立ち上がっているからだ。
M・ナイト・シャマラン監督の実の娘サレカ・シャマランが、ポップスターを演じ、見事な歌唱とダンスを披露しており、また、サヨムプー・ムックディプロームによる臨場感溢れるカメラワークによって、まるで私達もコンサート会場にいるような感覚に陥ってしまう。
一方で、本作はクローズアップが多用されている。とりわけクーパーはまるでカメラ自体がその心理を覗きたがっているかのように接近して何度もアップで映し出される。
クーパーを演じているジョシュ・ハートネットは、『オッペンハイマー』(2023)での名演も記憶に新しいが、本作でも娘を愛する父親、平気で嘘をつく知能犯、残虐非道なシリアルキラーと、さまざまな顔を次々に見せてくれる熱演ぶりだ。また、ジョナサン・ラングドン扮するグッズ販売員との会話ではまるで小津安二郎の作品のごとき切り返しが使われているのが面白い。
クーパーは頭をフルに回転させ、脱出の道を探っていくのだが、それが結果として娘に最高の思い出を作らせようとする父親の奮闘劇にも見えるようになっていて、シナリオの巧みさにすっかり感心してしまう。
密室劇で終始するのかと思っていたら、終盤、物語は突然変調し、さらなる緊張感に溢れた展開になっていく。ここからはサレカ・シャマランや、クーパーの妻・レイチェル役のアリソン・ピル等の勇敢な姿が印象的だ。
また、シリアルキラーの話ながら、ひとつも残虐なシーンがないのも新鮮であり、血生臭く、むごたらしい演出をしなくても、十分恐怖を描けることを証明している。
究極的には「家族」の物語とも言え、クーパーとライリーの関係が、M・ナイト・シャマランとサレカ・シャマランとの関係と重なって見えるような気がするのも、シャマラン監督の狙いの一つだろう。
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