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映画『罪人たち』あらすじと解説/黒人コミュニティの希望と受難を、ホラーと音楽の融合を通じて描くライアン・クーグラーの野心作

1932年のミシシッピ州クラークスデール。双子の兄弟スモークとスタックは、差別と抑圧に苦しめられる黒人たちが自由に楽しめる場所ジュークジョイント(黒人たちが集うナイトクラブ)をオープンさせる。大勢が詰めかけ、音楽とダンスで会場は興奮に包まれるが、そこに吸血鬼がやって来た・・・!

 

映画『罪人たち』は『ブラックパンサー』(2018)、『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)などの作品で知られるライアン・クーグラー監督の最新作だ。本作は、クーグラーにとって長編デビュー作『フルートベール駅で』(2013)以来の完全オリジナル作品で、オリジナル映画としては過去10年間で米国内最大のオープニング成績を記録する大ヒットとなった。

 

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マイケル・B・ジョーダンが双子の兄弟、イライジャ・“スモーク”・ムーアとイライアス・“スタック”・ムーアの二役を演じ分け、新人のマイルズ・ケイトンが、スモークとスタックの従妹、サミー“プリーチャーボーイ”ムーアを演じている。スタックの元恋人メアリーを『スウィート17モンスター』(2016)のヘイリー・スタインフェルド、スモークの別居中の妻で、スピリチュアルヒーラーであるアニーを、マーベルドラマ『ロキ』(2021)などのウンミ・モサク、ブルースミュージシャンのデルタ・スリムを『ザ・ファイブ・ブラッズ』(2020)のデルロイ・リンドーが演じ、『Back to Black エイミーのすべて』(2024)などのジャック・オコンネルが吸血鬼に扮している。

 

『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』(2022)でもクーグラー監督と組んだオータム・デュラルド・アーカポーが撮影を担当。IMAXフィルムカメラとウルトラ・パナビジョン70を使用して、全編65ミリフィルムで撮影されている。

 

映画『罪人たち』作品情報

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX(R) is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema(R) is a registered trademark of Dolby Laboratories

2025年製作/137分/PG12/アメリカ映画/原題:Sinners

監督・脚本:ライアン・クーグラー 製作:ジンジ・クーグラー、セブ・オハニアン、ライアン・クーグラー 製作総指揮:ルドウィグ・ゴランソン、ウィル・グリーンフィールド、レベッカ・チョー 撮影:オータム・デュラルド・アーカポー 美術:ハンナ・ビークラー 衣装:ルース・E・カーター 編集:マイケル・P・ショーバー 音楽:ルドウィグ・ゴランソン

出演:マイケル・B・ジョーダン、ヘイリー・スタインフェルド、マイルズ・ケイトン、ジャック・オコネル、ウンミ・モサク、ジェイミー・ローソン、オマー・ミラー、デルロイ・リンドー

 

映画『罪人たち』あらすじ

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX(R) is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema(R) is a registered trademark of Dolby Laboratories

1932年。イライジャ・“スモーク”・ムーアとイライアス・“スタック”・ムーア(ともにマイケル・B・ジョーダン)の双子の兄弟は、シカゴで悪名高きギャング、アル・カポネの傘下で働いた後、故郷ミシシッピ州クラークスデールへ帰って来た。

 

兄弟は、荒廃した古い工場を白人地主から購入し、そこを地元の人々が酒と音楽、そして楽しいひとときを求めて集う活気あふれるジュークジョイントにして、がっぽり儲けようと企んでいた。兄弟はアイルランド産ビール500本をギャングからトラックごと奪い森の中に隠していた。

 

彼らは今夜店をオープンさせるため、まず、従兄のギター弾きのサミー(マイルズ・ケイトン)をピックアップ。二手に分かれ、スモークは中国系の移民で食料品店を経営しているリサ(ヘレナ・フー)とボー(ヤオ・チョウ)を雇って物資を運び、長らく疎遠になっていた妻のアニー(ウンミ・モサク)を厨房の担当として呼び寄せた。

 

一方、スタックは鉄道駅に出かけ、ブルースミュージシャンのデルタ・スリム(デルロイ・リンドー)に出演を依頼する。最初は断っていたスリムも、差し出されたアイルランドビールと出演料に釣られて出演を承諾。その際、スタックは、かつての恋人メアリー(ヘイリー・スタインフェルド)と、ばったり出会い、メアリーから世話になったメアリーの母親の葬式に兄弟が出席しなかったことを詰られ、冷や汗を流す。

 

その足で、スタックは、綿畑作業をしている陽気なコーンブレッド(オマール・ミラー)のところに赴き、彼を警備責任者としてスカウト。これで大まかなスタッフが全て決まった。

 

その同じ頃、ある一軒家に原住民の一団に追われた男がかくまってくれとやって来た。銃を持ってドアを開けた家主の夫婦は、彼をかくまうことにした。

 

そこに原住民が現れ、男を家に入れてはいけないと忠告するが、やがて静かに帰って行く。妻がドアをしめ、部屋を見渡すと、夫が血まみれで倒れ絶命していた。しかし夫は息を吹き返し、妻に噛みつく。やって来た男は吸血鬼だったのだ。

 

夜になり、兄弟の店はグランドオープンを果たし、続々と人が店を訪れて、店内は人で一杯になった。兄弟の夢は叶えられたようにも見えたが、問題もあった。多くの人々がこの地域でしか通用しない通貨で支払っていたのだ。そのことで兄弟は言い合いになる。

 

サミーやデルタ・スリムの演奏に人々は歓声を上げ、ジュークジョイントは興奮の坩堝となった。だが、その時、音楽に呼ばれたかのように、恐ろしい悪魔が忍び寄り、ジュークジョイントへの侵入を図っていた。

 

映画『罪人たち』感想と評価

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX(R) is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema(R) is a registered trademark of Dolby Laboratories

舞台は、1930年代のミシシッピ州。ジム・クロウ法が支配する時代、黒人たちは制度的な差別と抑圧に直面していた。映画『罪人たち』は、そんな黒人コミュニティの希望と受難を、ホラーと音楽の融合を通じて描き出す。

 

映画の前半は、双子の兄弟スモークとスタック(マイケル・B・ジョーダンが一人二役)がシカゴから戻ってきて、地元でジュークジョイントを開店し、一攫千金を狙う過程が描かれる。登場したばかりの頃は、スモークは青いキャップをかぶり、スタックは赤いつばの帽子をかぶるというふうに、観客に区別ができるように工夫されているのだが、次第に、それぞれの個性が浮き上がり、同じ姿をしつつもまったく別の人格の持ち主として見分けることが出来るようになって行く。マイケル・B・ジョーダンの驚異的な表現力の賜物だろう。

 

ギャングということで何かと評判が悪い兄弟だが、彼らにとって地元のコミュニティは愛すべき大切な存在だ。ふたりに真っ先に誘われる若い従妹サミーは、純朴なギター弾きだ。父親が牧師なので「プリーチャーボーイ」という異名を持つ。父は「悪魔と踊っていると家まで付いてくるぞ!」と息子に注意するが、彼は一日だけ自由が欲しいと悪名高き従兄にくっ付いていく。

 

兄弟は、中国系移民の夫婦が経営するマーケットで食材を購入し、仕事中の屈強な綿花畑作業員コーンブレッドをドアマンとしてスカウトする。鉄道の駅周辺で歌っているブルースミュージシャンのデルタ・スリムに出演をオファーし、そこで思いがけず、スタックの昔の恋人で、シカゴに行くときに捨て去ったメアリーと出くわし、ひと悶着起きたりもする。一方、スモークは長らく会っていなかった妻のアニーを厨房の担当として呼び寄せるが、彼らの子供が幼くして亡くなったことが語られる。夢に向かって、人々が集まり、心躍らせる様が生き生きと描かれている中、こうした哀しみ、この土地で黒人として生きることの困難や複雑な事情が自然と見えてくる。また、アニーは、アフリカを起点とした民間呪術に基づいた薬剤師でもあり、のちのち、彼女の知恵と行動が大きな意味を持つことになる。

 

開店準備は、半ば強引なスケジュールで行われ、いきあたりばったりの計画性のないものに見えるが、スモークとスタックの頭にはシカゴから故郷に戻る間、とっくに構想が出来上がっていたのだろう。それだけ、コミュニティの絆が厚いことを意味しているが、一方で、秘密裏に一挙に進めないと、白人たちに邪魔をされるのが目に見えているせいでもある。ライアン・クーグラーは、軽やかにエピソードを綴りつつ、その背景を見る者に想像させるヒントを巧みに散りばめている。

 

前半はこうしたエピソードがゆっくりと語られていくが、そのペースも計算づくだろう。私たちは、人間性豊かなそれぞれのキャラクターに対して、愛着や、共感を覚える時間をたっぷりと持つことが出来るのだ。

 

そしてなんといっても素晴らしいのは、ジュークジョイントの空間をカメラが大胆にパンし、サミーの演奏が呼び起こした過去と未来からのミュージシャンやダンサーが共に音楽を楽しむ様子をロングテイクで撮影したシーンだ。デルタ・ブルースからソウル、ファンク、ヒップホップへというアメリカ黒人音楽史を、大胆に鮮やかに視覚化してみせる。人々は音楽に歓喜して身も心も弾ませる。『罪人たち』という映画は、アメリカ黒人音楽の叙事詩とも呼ぶべき作品なのだ。

 

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX(R) is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema(R) is a registered trademark of Dolby Laboratories

 

しかし、まもなく映画は全く別の世界へとギアチェンジする。サミーの父が恐れた「悪魔」がやって来るのだ。

 

ジュークジョイントにやって来るのはアイルランド系の白人の吸血鬼である。アイルランドからの移民たちも激しい差別を受けたことで知られている。吸血鬼は黒人たちを仲間とみなして、(不死の身となって)自由を得ようと巧みに誘い、中に入れてくれと請う。ジャック・オコンネル扮する吸血鬼は鮮やかな歌唱を聴かせるが、スモークとスタックは歌が「白すぎる」と称して、彼を警戒する。アイルランド人吸血鬼は、黒人を差別し虐待する白人勢力の代表としてここに現れているのではない。彼らは同じ被差別者としてダンスホールにやって来るのだが、それでも彼らは白人であるために、黒人社会を見下して来た歴史がある。それゆえ、兄弟は警戒して彼らの言う「自由」を信じない。

吸血鬼は従来の吸血鬼の描写とは一線を画す独特の魅力を放っていて、奏でられるアイルランド民謡の「Rocky Road to Dublin」は、壮大なエネルギーに満ちている。クーグラーはこのように作品に独自の社会批評を込めている。

 

慣習上、許可を得なければ、中に入れない吸血鬼たちは、巧みに愛や家族、仲間という言葉で親愛を示し、なんとか中に侵入しようとする。どんな言葉にこの黒人コミュニティの面々が心動かされるのかを悪魔たちはよく知っている。結局、吸血鬼の数は増して行き、彼らはまんまと侵入に成功し、壮絶な闘いが始まる。

 

ブルースと悪魔といえば、伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンのエピソードが良く知られている。若きジョンソンが行方をくらまし、数か月後に戻ってきたら格段にギターがうまくなっていた。人々は「十字路(クロス・ロード)で悪魔と取引した」と噂しあったという。

 

サミーはそのロバート・ジョンソンと同年代と考えられる。サミーは、本作の中で、もっともピュアで真面目なキャラクターと言ってもいい。だが、映画の冒頭、「真実の音楽を奏でる才能を持って生まれた人々が悪魔を引き寄せることもある。」という引用がなされているようにサミーの演奏が悪魔を引き寄せたのだ。

 

命からがら逃げかえり、礼拝中の父の教会に飛び込んだサミーは、父親から手に持った悪魔の印を捨てるよう、何度も警告を受ける。果たして彼は大切なギターを捨てられるのか!?

 

その後に続く、展開に思わずニヤっとしてしまう。映画『罪人たち』は、人がそれぞれの内に持つ罪に対して警告しつつも、音楽への愛を描き切るのだ。

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