無実の黒人が白人警官に殺害されるまでを実際の事件とほぼ同じ時間のリアルタイム進行で描いた映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』(2019)。
制作総指揮を務めたモーガン・フリーマンは、本作について「この映画は、法執行官がいかに間違ったアプローチをしているかを真にドラマチックに描いたものです」と述べている。
『ハンニバル』(2001)や、『トーマス・クラウン・アフェアー』(1999)などの作品で知られるフランキー・フェイソンが主人公ケネス・チェンバレンを熱演し、2021年・第31回ゴッサム・インディペンデント映画賞にて主演俳優賞を受賞した。
- 映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』作品情報
- 映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』あらすじ
- 映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』感想と解説
- 関連作品紹介:映画『フルートベール駅で』(2013)
映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』作品情報
2019年製作/83分/アメリカ映画/原題:The Killing of Kenneth Chamberlain
監督・脚本:デビッド・ミデル 製作:エンリコ・ナターレ、デビッド・ミデル、製作総指揮:モリー・マクレアリー、モーガン・フリーマン、シャラド・チブ、クリス・パラディーノ、ゲイリー・ルチェッシ、ミラン・チャクラボルティ 撮影:カムリン・ペトラマーレ 美術:ジャクリーン・スタンフォード 衣装:アマンダ・バンダー・ビル 編集:エンリコ・ナターレ音楽:スティーブン・“キング・ラック”・ウィリアムズ 、ギャレット・ビーロウ
出演:フランキー・フェイソン、スティーブ・オコネル、エンリコ・ナターレ、ベン・マーテン、ラロイス・ホーキンズ、アニカ・ノニ・ローズ(声の出演)
映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』あらすじ
11月の早朝、ニューヨーク州ホワイトプレーンズに住む年配の黒人男性のケネス・チェンバレンは小さなアパートの寝室で独り眠っていた。
彼は眠っている最中、誤って医療用アラートを作動させてしまう。医療コールセンターからすぐに連絡が入るが、チェンバレンは気が付かず眠り続けていた。
連絡が取れないということでセンターから要請を受けた3人の警察官が彼の様子を見にやってくる。
警官たちは、最初は静かにドアをノックしていたが、一向に返事がないので、ドアを強くたたき始めた。ようやく目覚めたチェンバレンは、現状を把握したあと、緊急事態ではなく、間違いであることをドア越しに伝えた。
警官たちはドアを開けて顔を見せてくれと言い続け、ドアを開けたくないチェンバレンはそれを拒んだ。
警官たちは目で事態を確認することを上から命じられていて、あくまでもドアを開けるよう主張。チェンバレンは緊急事態ではないので帰ってくれと伝えた。
押し問答が続く中、警官たちは身元を照会することにし、チェンバレンに身分証明書をドアの下からでいいから見せるように求めた。
照会の結果、チェンバレンは元海兵隊員で、双極性障害(躁うつ病)を患っていることが判明する。心臓も悪いらしい。
犯罪歴はないようだったが、警官たちは大麻か何かを隠しているのではないか、彼以外に誰か部屋の中にいるのではないかと疑い始める。
警官はドアをたたき続け、たまりかねたチェンバレンはコールセンターに連絡し、健康に異常はないので、警官を帰してほしいと頼んだ。
しかし、コールセンターが警察にそのことを伝えても、実際に確認する必要があるの一点張り。パークス巡査部長も上司に電話を入れるが同じことを言い渡される。
冷静に事態を見つめていた新米のロッジ巡査は犯罪性はないのでこのまま帰ってもいいのではないかと意見するが、パークス巡査部長とジャクソン巡査は、彼を元教師の新入りとバカにしていて、相手にしない。
コールセンターの女性がチェンバレンの姉に連絡を入れてくれたので、姉からすぐに連絡が来た。自分の娘を見に行かせると言う。
チェンバレンは来なくていいと伝えるが、しばらくして姪が様子を見に、恐る恐る階段を上がって来た。叔父に話をさせてくださいと警官に頼むが、彼らは聞く耳を持たず、彼女をぞんざいに扱い、帰してしまう。
ここに到着してから既に40分ほどになっていた。短気なジャクソン巡査はイライラを隠せない。
激しくドアをたたき続け、喧嘩腰になった警官たちはドアを破壊してでも開けるという結論に達し、緊急対応班の応援を要請する。
パークスは斧を調達し、テーザー銃も用意するよう命じる。ロッジ巡査部長は、チェンバレンは心臓が悪いのでテーザー銃を使うのはよくないのではと述べるが、この意見もまたほとんど考慮されることなく却下されてしまう。
叔母から連絡を受けたチェンバレンの娘が電話してきた。チェンバレンは娘を心配させまいと大丈夫だと応える。
しかしその時彼がチラっと窓の外を見ると、何台ものパトカーが停まっているのが見えた。
「やつらは令状もなく、合法的な理由もなく室内に侵入しようとしている。これは違法行為だ!」とチェンバレンは叫ぶ。
到着した緊急対応班は斧を使って、ドアをこじ開け始めた・・・。
映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』感想と解説
本作は、2011年11月19日早朝、ニューヨーク州ホワイトプレーンズでケネス・チェンバレンSr.という名の64歳の黒人男性が警察官に射殺された実際の事件が基になっている。
午前5時22分ごろに就寝中のチェンバレンが誤って医療アラートを作動させたため、警察がアパートに到着。映画はチェンバレン宅のドアの内と外を舞台に、実際に起こったほぼ同じ時間をリアルタイムで再現している。
チェンバレンがドアを開けないのは、警察を信用していないからだ。アメリカの黒人は奴隷制度が廃止されたあとも長い間人種差別を受け続けて来た歴史がある。その中で警察の権限は膨らみ続け、黒人が不当に迫害を受けたり、命を落とす事件が頻繁に起こっている。
例えば、2012年にフロリダ州で道路を歩いていた黒人少年が白人警察に射殺された事件や、2014年にはミズーリー州で丸腰の18歳の黒人少年が白人警察に射殺された事件など枚挙に暇がない。
2020年夏、ミネソタ州で黒人男性のジョージ・フロイドが白人警官に殺害された事件がきっかけでBLM(ブラック・ライヴズ・マター)と呼ばれる人種差別抗議運動が全米に広がったのは記憶に新しい。
警官による殺人のうち、黒人が被害者になった比率は白人の2.5倍と言われている。
また、アメリカにおける黒人の検挙率は白人の5~6倍と言われ、Netflixのドキュメンタリー作品『13th 憲法修正第13条』(2016)では、黒人の囚人を労働力として搾取している社会の実態が描かれていた。
駆けつけた警官たちが、チェンバレンが扉を開けることを拒み続けることの理由がわからないのは、こうした背景を理解しておらず、自身が信用されていなくて、関わりたくないと思われていることに無自覚だからだ。彼らは自分たちの要請を拒み続けるチェンバレンに腹を立て、侮辱されたと感じ、冷静さを失っていく。
一方、チェンバレンの立場に立ってみると、扉を開けないことで自身を守ろうとしていること(どうやら過去にも何かが起こったことが度々匂わされている)、また室内で彼がどれほどの恐怖を味わい、孤独に闘ったのかが見えてくるだろう。
ディビッド・ミデル監督は、チェンバレンの孤独と恐怖を音や照明などを駆使して鮮烈に描写してみせる。室内の薄暗い照明は不安を誘い、チェンバレンが補聴器をつけていることからドアの音が実際以上に衝撃的に響く様を観客にも味合わせる。
一方で、部屋は狭いながらも、きちんと整理されていて、人間らしい営みが見え隠れしている。心配して電話してくる姉や自身の娘、息子には彼女たちが巻き込まれないように目いっぱい配慮して「大丈夫」を繰り返す。愛情に満ちた人であることが伝わってくる。また、元海兵隊員であることにプライドを持ち、扉を壊して侵入してこようとする警官たちが、法を犯していることを指摘する姿は聡明で、冷静な判断力のある人物であることが伺える。どうして彼が殺されなければならなかったのか。映画、芝居、ドラマで活躍している名優フランキー・フェイソンが見事としかいえない熱演を見せていて目が離せない。
警官たちは最初からこの地域に住むものの多くは犯罪人と思い込んでいる。実際、環境はあまりよくなく犯罪も多いのだろう。だが、もし、チェンバレンが白人だったら、彼が退役軍人とわかった段階で彼らは現場を立ち去ったのではないか。黒人であること、双極性障害(躁うつ病)を患っていることで、彼らの中に偏見が生まれたことは確かだろう。
その中で唯一、理性的に人道的な考えができる警官がいるのだが、元教師、新米ということで他のふたりは彼を軽く扱い、彼の意見をことごとく無視する。
正しい判断ができ、勇気を出して伝えたとしても簡単に潰されてしまう事例がここでは鮮明に描かれている。さらに警官の中に明らかな差別主義者が混じっていたことが事態の悪化に拍車をかけることになる。
全編、手持ちカメラが駆使され、圧倒的な緊迫感が生み出されている。室内に警官が突入してからの畳み掛けるような展開は、演出、カット割、編集などすべてが圧巻のひとことだ。
上映時間83分。目撃したものに対する気持ちの整理がまだつかないうちに、この事件で裁かれた人、責任を取った人は誰もいないということが字幕で告げられ、暗澹たる気持ちになる。
製作総指揮を務めたモーガン・フリーマンは「この事実を広げることが私たちに出来る最善の方法だと思っています」と語っている。
第93回アカデミー賞で2部門の受賞を果たしたにも関わらず配信スルーされた『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』(2021)をはじめ、日本では黒人を主役にした映画が劇場公開されず配信スルーされるケースが多い。私たちにできることは、まず、本作のような作品を観るために劇場に足を運び、そのニーズを知らしめることだろう。
関連作品紹介:映画『フルートベール駅で』(2013)
『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』と同様、丸腰の黒人青年が警察に銃殺された実際の事件を題材にした作品に「フルートベール駅で」(2013)がある。
『ブラック・パンサー』(2018)『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)などの作品で知られるライアン・クーグラー監督の初長編監督作品で、主演の青年をマイケル・B・ジョーダンが演じている。
2009年、カリフォルニア州オークランドのフルートベール駅でオスカー・グラントという22歳のアフリカ系アメリカ人の青年が、丸腰にもかかわらず不当な扱いを受けた挙げ句、警官に銃で撃たれて死亡するという事件が起こった。列車に乗っていた多くの人々の目の前で起こった事件で、動画を撮っていた人も少なくなかった。動画が公開されると各地で抗議デモが起こり、一部は暴徒化したらしい。
映画は、その実際の映像を冒頭に置いて始まる。そしてすぐに事件のあった大晦日の朝、目を覚ましたオスカー・グラント(マイケル・B・ジョーダン)が映し出される。恋人との間に子供がいるにもかかわらず浮気していたのがバレて恋人(メロニー・ディアス)と口論しているところだ。だがすぐに仲直りして、それぞれの職場に向かう。とはいえ、オスカーは2週間前にスーパーマーケットの仕事を解雇されていて、その日は店長にもう一度雇ってもらえるよう交渉しに出かけたのだ。解雇されたことは恋人にはまだ言えないでいた。
彼は以前麻薬の売人をしていて逮捕歴もある。職を失って再び、麻薬の売人になることを選択しなければならない羽目に陥るが、彼はハッパをごみ箱に捨て去り、真っ当に生きようと決心する。
決して品行方正とは言えないが、人当たりはよく子煩悩で親切な男だ。とりわけ、新年を迎えたばかりの夜の街で、トイレに行きたがっている女性たちのために店の男に口ぎきする場面が印象的だ。皆が微笑み合い、感謝を口にしているほのぼのとした一時。その後すぐに彼が警官に撃ち殺されることになろうとは誰が想像しただろうか。ライアン・クーグラー監督はオスカー・グラントが大晦日を過ごす様子をまっすぐに淡々と見つめることで、現実に起こった出来事への怒りと深い悲しみを表明している。
「BLACK LIVES MATTER」という言葉が生まれたのは2013年だが、こうした黒人に対する理不尽な事件がその土台となっているのだ。その後も警官による黒人殺害事件はあとを絶たず、現在の「BLACK LIVES MATTER」運動へと繋がっている。
(2013年製作/85分/アメリカ映画/原題:Fruitvale Station/監督:ライアン・クーグラー)
(文責:西川ちょり)