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【解説】映画『ティル』(Till) あらすじと感想/1955年アメリカで起こった黒人少年殺人事件の実話を基に母の闘いを描く

シカゴから親戚を訪ねミシシッピ州に来ていたアフリカ系アメリカ人の14歳の少年エメット・ティルは雑貨屋の白人女店員に話かけ、口笛を吹いたというだけで連れ去られ、殺害されてしまう。

エメットの母、メイミー・ティルは、この陰惨な事件を世に知らしめるために、身の危険を顧みず、ミシシッピ州に行き、裁判で証言することを決意する。

 

映画『ティル』は、1955年8月28日にアメリカ合衆国ミシシッピ州マネーで実際に起きた「エメット・ティル殺害事件」を初めて劇映画化した作品だ。

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事件の真実を真っ向から描いたのは、ドラマ『クレメンシー』(2019/U-NEXTで配信中)で知られるシノニエ・チュクウ

 

エメットの母親、メイミー・ティルを演じたダニエル・デッドワイラーは本作の熱演を評価され、ゴッサム・インディペンデント映画賞など数々の女優賞を受賞した。

『天使にラブ・ソングを…』(1992)のウーピー・ゴールドバーグと、「007」シリーズのバーバラ・ブロッコリが製作を務めている。

 

映画『ティル』作品情報

(C)2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

2022年製作/130分/アメリカ映画/原題:Till

監督:シノニエ・チュクウ 製作:キース・ボーチャンプ、バーバラ・ブロッコリウーピー・ゴールドバーグ、トーマス・レビン、マイケル・レイリー、フレデリック・ゾロ 製作総指揮:プレストン・ホームズ。シノニエ・チュクウ 脚本:マイケル・レイリー、キース・ボーチャンプ、シノニエ・チュクウ 撮影;ボビー・ブコウスキー 美術:カート・ビーチ 衣装:マーシ・ロジャーズ 編集:ロン・パテイン 音楽:アベル・コジェニオウスキ

出演:ダニエル・デッドワイラー、ウーピー・ゴールドバーグ、ジェイリン・ホール、ショーン・パトリック・トーマス、ジョン・ダグラス・トンプソン、ヘイリー・ベネット、フランキー・フェイソン  

 

映画『ティル』あらすじ

(C)2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

1955年、イリノイ州シカゴ。夫が戦死して以来、空軍で唯⼀の⿊⼈⼥性職員として働くメイミー・ティルは、⼀⼈息⼦で14歳のエメットと共に穏やかで幸せな⽇々を送っていた。

 

エメットは、従妹と大伯父を訪ねるためにミシシッピ州に行く準備を整えていた。初めてのミシシッピ行きが楽しみでならないエメットだったが、母親のメイミーは、南部は北部とは違って黒人にとっては危険な場所だから、行動には気をつけるようにと何度も言い聞かせた。決して反抗的な態度をとったり、言い返したりしないようにと。

 

ミシシッピに着いたエメットは綿花積みの手伝いに文句を言いながらも充実した日々を過ごしていた。仕事の後、エメットは従妹たちと一緒に町の食料品店を訪れ、店番をしていた白人女性キャロリン・ブライアントを観て、女優みたいだと思わず呟く。ただ彼女としゃべりたかっただけのエメットだったが、キャロリンはひどく慌てた様子だ。

 

外にいた従妹が慌てて迎えにやって来た。キャロリンが店から出て来た時、エメットは気を引こうと口笛を吹いた。咄嗟にキャロリンは銃を取りに走り、それに気づいた従妹たちは慌ててエメットを車に乗せ、立ち去った。

 

それから3日が過ぎ、大叔父一家が寝静まっていた夜、激しくドアを叩く音が響いた。キャロリンの夫と腹違いの弟がエメットを出せと怒鳴りこんできたのだ。

 

大叔父も叔母も抵抗するが、銃を向けられるとどうしようもない。エメットは車に乗せられ連れ去られてしまう。

 

メイミーは息子が誘拐されたことを知らされ、すぐさまミシシッピに飛んでいこうとするも、婚約者ジーン・モブレーに一人では無理だと止められる。

 

遠縁のいとこで弁護士のレイフィールドムーティが話をつけてくれてNAACP(全米黒人地位向上協会)が協力を約束。ミシシッピ州の新聞社に働きかけ、事件を報道してもらい、また、ここシカゴの新聞社にも誘拐事件の記事を掲載させることに成功する。

 

こうなるとミシシッピ州警察も動かざるを得なくなり、メイミーは自宅で多くの人に励まされながら吉報を待った。しかし、届いた報せはエメットの遺体が発見されたという最悪のものだった。

 

遺体は川に捨てられていたという。ミシシッピで埋葬するという話を聞き、メイミーはそんなことはさせるものかと、遺体を返してもらうよう訴える。

 

エメットの遺体は木箱に入って列車で運ばれて来た。それを見たエイミーは箱にすがって泣き叫ぶ。

 

遺体と対面したエイミーは変わり果てたわが子の姿に愕然とする。エメットは暴行された上に頭を打ち抜かれていた。

 

メイミーは、息子に何が起こったのかを世間に知らしめるために、あえて、変わり果てたエメットの顔を見えるように棺を開いて葬儀を行った。

 

犯人が捕まり、裁判が行われることになった。ムーティーは弁護士は「遺体は別人だ」と言い張るだろうと言う。メイミーは自身が証言するために、裁判に出ることを決意。後に公民権運動の指導者となるメドガー・エヴァースが同行し、メイミーたちはミシシッピ州に向かう・・・。  

 

映画『ティル』感想と解説

(C)2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

(ラストに触れています。ご注意ください)

 

この作品を語るに際し、まずアメリカ南部で制定された「ジム・クロウ法」について記しておこう。

南北戦争奴隷制存続に反対する北軍が勝利したため、奴隷制は1865年、正式に廃止されることになるのだが、1890年、ルイジアナ州は黒人と白人で鉄道車両を分離する人種差別法案を可決。反人種差別団体が激しく抗議し、「プレッシー対ファーガソン裁判」と呼ばれる裁判が行われるが、連邦政府は「分離すれど平等」の主義のもとこの法案を認めてしまう。

このためミシシッピ州などの南部では「ジム・クロウ法」という人種分離法が公に堂々と進められていくことになる。差別がまかり通る中、白人の黒人への憎悪犯罪が多発。本作は1958年にミシシッピ州で起こった実際の事件を描いた作品だが、こうした事情が何十年も続いていたのである。

 

勿論、北部でも差別はあり、映画の序盤、エメットの母のメイミーが不愉快な思いをするシーンが描かれている。また、エメットの母親が空軍で唯⼀の⿊⼈⼥性職員なのは彼女が相当に優秀な人物であるという証なのだが、黒人の職業差別も多分にあったと言わざるを得ない。だが、南部とはかなり事情が違う。シカゴ生まれの14歳のエメットにはその違いを十分に理解することはできなかっただろう。

 

勿論、母は、心配し、何度も何度も彼に忠告している。南部は黒人にとって厳しい土地だから決して反抗しないように、言い返さなさいように、従順であれと。だが、エメットは思春期まっさかりの少年で、反抗期でもあり、母の心配性的な干渉は多少煩わしく、そして大人ぶりたい年頃でもあった。北部ではどうってことない仕草と行為が、自らの命を奪うことになろうとは、到底予期できぬことであっただろう。

 

シノニエ・チュクウ監督は事件に合うまでの少年の姿をとらえ、彼の人となりを提示する。不自由のない生活でのびのびと育ち、音楽が好きでよく歌い、周りを楽しませることができる陽気な彼の姿を観ていると、このあとの展開を知っているだけにいたたまれなくなる。

 

メイミーの心配ぶりは、周りには過剰に見えたかもしれないが、予感とはいわないまでも何かが彼女をそうさせたのだろう。しかし、楽しみにしている旅行を中断させる機会はなかった。

息子を見送りに来た母が列車に向かって立っている際、カメラが彼女に向かっていきなり近づいていく驚くべきシーンがある。途端、メイミーの目は見開かれる。それは彼女の言葉には言い表せないほどの心配と不安の完全な視覚化だ。

 

映画は、エメットが、大叔父の家から連れ去られるシーンを生々しく描きながらも直接的な暴力シーンは避け、エメットの変わり果てた姿と対面することになったメイミーのその後の行動に焦点をあて、進んでいく。メイミーはNAACP(全米黒人地位向上協会)の助けを借りて、息子に何が起こったのかを世間にありのままに知らせ、息子のために犯人たちと戦うことを決意する。

 

メイミーを演じるダニエル・デッドワイラーがとにかく素晴らしい。戦う決意を固めた彼女は終始、冷静であるように務めているのだが、手や声の震え、表情が、張り詰めたぎりぎりの感情を表している。とりわけ裁判で遺体が息子に間違いないと証言する場面では「母」としてのあらゆる感情が込められていて圧巻だ。

 

当初、NACCPで自身の細かい経歴やプライベートを尋ねられたり、エメットの死をより大きな社会運動に結びつけたいと告げられた際、彼女は激怒している。息子のために立ち上がった彼女にとって、それはまるで息子の死を利用しようとするものに聞こえただろう。  

 

しかし、NACCPが彼女のミシシッピー行きを危険から守り、完全にサポートし、また、同伴した公民権運動の指導者となるメドガー・エヴァースとその家族の人となりに接し、そして何よりも、陪審員12名が全て白人という茶番にも似た裁判を経験することで、彼女の思いは次第に変化していく。

 

映画は後に公民権運動家となったメイミー・ティルがハーレムの集会で語っているシーンで終わる。いわば、本作は彼女が個人の問題が政治の問題と切り離せないことを悟ることを描いた作品なのである。

 

彼女が、「自分の息子が誘拐されるのを観ていただけだった」と大叔父を攻める際、彼は、犯人二名の後ろには無数の白人の姿があり、我々家族の後ろには同じように無数の黒人の姿があったのだと語るのだが、まさに、そうした構造をメイミーは理解していくことになるのだ。

 

メイミーが泣き寝入りせず闘ったことが、多くの黒人たちの意識を変え、その後の公民権運動の発展に多大な影響を与えたことは歴史上、よく知られている。

しかし、映画のエンディングで示されるように、彼女たちが臨んだ憎悪犯罪をリンチ罪で起訴する法案が、"エメット・ティル反リンチ法“として成立したのは2022年3月29日のことである。メイミーたちの努力が実を結ぶまでに、67年もの歳月を要したことになる。

 

また、昨今、アメリカ南部の一部地域で、この事件を子供に教えないという法案を作ろうとする動きがあると聞く。そうした意味でも今、この映画が作られ、公開されることには大きな意義があるのである。

(文責:西川ちょり)

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