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映画『プレジデント』あらすじと感想/クーデター後初となるジンバブエの大統領選を野党候補者に密着して描く鮮烈なドキュメンタリー

映画『プレジデント』は2023年10月6日(金)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、アップリンク京都にて公開!

 

デンマーク出身のカミラ・ニールセンが監督を務めた映画『プレジデント』は、2017年の軍事クーデター後初となるジンバブエ共和国の大統領選の行方を、現職のムナンガグワに挑戦する野党MDC連合の党首ネルソン・チャミサの姿を通して記録したドキュメンタリー作品だ。

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ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF党)の代表で、現大統領のムナンガグワは、諸外国から厳しい視線を注がれる中、民主主義的で公平な選挙を約束すると公言するが、果たしてその言葉は守られるのか。

 

片や、野党・民主変革運動(MDC連合)の若き新党首ネルソン・チャミサは長年の圧政に疲弊し民主化を切望する国民の期待を一身に受けていた。

 

今、チャミサたちの民衆の票を守る戦いが始まる。

 

ジンバブエの未来を左右する大統領選の模様を臨場感をもって映し出した本作は、サンダンス国際映画祭2021でワールドシネマ・ドキュメンタリー審査員特別賞を受賞した。  

 

映画『プレジデント』作品情報

2021 (C) Final Cut for Real, Louverture Films & Sant & Usant

2021年製作/115分/デンマークノルウェーアメリカ・イギリス合作映画/原題:President

 

監督:カミラ・ニールセン 製作:シーネ・ビュレ・ソーレンセン ジョスリン・バーンズ 製作総指揮:スーザン・ロックフェラー、ダニー・グローヴァー、トーネ・グロットヨルド=グレンネ、マンディ・チャン、マーティン・ピーパー 撮影:ヘンリク・ボーン・イプセン 編集:イェッペ・ボッドスコフ

 

出演:ネルソン・チャミサ、エマソン・ダンブゾ・ムナンガグワ、ロバート・ガブリエル・ムガベジャスティス・プリシラ・チグンバ、モーガン・ツァンギライ

 

映画『プレジデント』あらすじ

2021 (C) Final Cut for Real, Louverture Films & Sant & Usant

2017年、1980年の独立以来37年間にわたりジンバブエ共和国の政権を支配していたムガベ大統領がクーデターにより失脚。

 

後継者として同国第3代大統領に就任した与党、ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF党)の代表ムナンガグワは、翌2018年に行われる大統領選において「平和で信用できる公正な選挙を行う」と公言。

対する野党、民主変革運動(MDC連合)はモーガン・ツァンギライ党首のもと選挙に備えるが、大統領選の4ヶ月前にツァンギライ党首が癌で死去、MDC連合の新党首として若きカリスマと呼ばれる40歳の弁護士、ネルソン・チャミサが任命される。

 

口では民主主義の実現を公約しながら変わらぬ支配を目論む与党と、長年の腐敗に疲弊し、国内政治体制の変革を求める民衆に後押しされる野党。

 

国内外の多くのマスコミや国民が注目するなか、国の未来を決める投票が始まるが……。  

 

映画『プレジデント』解説と感想

2021 (C) Final Cut for Real, Louverture Films & Sant & Usant

映画『Democrats』(2014)で、ジンバブエ共和国の2013年憲法制定までの紆余曲折を描いたデンマーク出身のカミラ・ニールセンが、再びジンバブエを舞台に撮影に挑んだ映画『プレジデント』。

 

ジンバブエ共和国の2018年の大統領選の模様に密着した本作は前作でも問われた民主主義国家実現へのいばらの道を描いている。

 

2017年、ジンバブエ共和国の政権を長らく支配して来たムガベ大統領がクーデターにより失脚。その後継者として同国第3代大統領に就任したのは与党、ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF党)の代表ムナンガグワだ。

 

カミラ・ニールセンは、ムナンガグワの対抗馬として大統領選に立候補した民主変革運動(MDC連合)の新党首ネルソン・チャミサの陣営に密着。

大学時代から権力と闘って来た若きカリスマと彼を支える人々の姿を生き生きと捉えている。

 

ネルソン・チャミサは過去に暴漢に襲わたことがあり、また、この選挙期間中にも殺害予告を受けている。民主主義を実現し、国民の生活を豊かなものに改善したいと願う彼の闘いはまさに命がけだ。

 

ネルソン・チャミサが精力的に回る集会は毎回大勢の人々が集まり熱気に溢れているが、一方のムナンガグワは遠方から人をかき集めてもチャミサが集める人数にははるかに及ばない。国民は皆、長らく続いた圧政に疲れ切っていて、一部の特権階級だけに富が集まる暮らしに不満を抱いている。失業率は高く、飢餓の心配もある。人々はチャミサに希望を見出していた。

 

 

カメラは時にその存在を忘れてしまうほど、現場に溶け込み、チャミサたちの高揚に包まれた瞬間や、逆に失意とショックに言葉を失う瞬間など人間味豊かな姿を映し出している。

 

一方で、「民主主義をお約束します」とうわべだけの見せかけの言葉をためらいなく口にするムナンガクワは終始薄笑いを浮かべ、また、ジンバブエ選挙委員会の会長に選ばれたジャスティス・プリシラ・チグンバは終始、能面のように無表情だ。

勿論、カメラを彼らに密着させれば、選挙情勢が不利と知り慌てふためく姿や、抗議活動をする国民に銃を向けるよう指示する鬼のような顔、不正投票を命じる狡猾な顔というものも当然見られただろうが、彼らは決してそのような姿を撮らせないし、発表することもない。彼らは終始、みせかけの表情を張り付けているだけだ。

 

ありとあらゆる汚い手を使ってチャミサの勝利を妨害し、自陣営の勝利をでっちあげようとする現政権に対して、とことん正しい手続きで闘い抜こうとする野党側の信念に基づいた真摯な姿にはやはり心をうたれてしまう。

 

 

一方で権力を盾にした巧妙なインチキを前にして正しさだけでそれを突き破ることは出来るのだろうかという疑念が浮かんでしまうのだが、それは軍事政権と戦う野党政治家とその参謀を描いた韓国映画キングメーカー 大統領を作った男』(2022)の主題でもあったことを思い出す。

 

133分の上映時間中には何の罪もない民衆が軍に撃たれて亡くなる過酷な現場も捉えられており絶えず緊張感に溢れているが、ネルソン・チャミサがラストに見せる笑顔が救いだろう。そこには真の強さが表われている。