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【解説】映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』あらすじとレビュー/チョン・ジョンソ主演・満月の夜に覚醒した女性が織りなすユニークなひねりが効いたファンタジー・ミステリー

映画モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』は、『ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女』(2014)で衝撃的なデビューを果たし、“次世代のタランティーノ”と注目されたアナ・リリ・アミリプール監督の長編第三作にあたる。

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12年もの間、精神病院に隔離されていた少女モナ・リザ。ある満月の夜、突然特殊能力に目覚めた彼女は施設から逃亡。たどり着いたのはネオン輝く夜のニューオーリンズだった・・・。アミリプール監督自身がオリジナル脚本も手掛けており、思いもかけない世界へと観客を導いていく。

 

イ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(2018)でデビューし、Netflixオリジナル映画『ザ・コール』(2020)、『バレリーナ』(2023)などでも活躍する韓国人俳優チョン・ジョンソがヒロイン、モナ・リザを演じ、ひょんなことからモナ・リザと知り合うシングルマザーにスター俳優ケイト・ハドソンが扮している。

第78回 ベネチア国際映画祭(2021年)コンペティション部門出品作品。

 

 

映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』作品情報

(C)Institution of Production, LLC

2022年製作/106分/アメリカ映画/原題:Mona Lisa and the Blood Moon

監督・脚本:アナ・リリ・アミリプール 製作:ジョン・レッシャー、ディラン・ウェザード、ロビー・ミレルズ、アダム・ミレルズ 製作総指揮:エリカ・オールド、マイク・アプトン、ルーク・ロジャース、 ニコラ・スミス、ジェイミー・フェアウェザー、サム・ローゼム、トーステン・シューマッハー、ラース・シルベスト 撮影:パベウ・ポゴジェルスキ 美術:ブランドン・トナー=コノリー 衣装:ナタリー・オブライエン 編集:テイラー・レビ 音楽:ダニエル・ルピ

出演:ケイト・ハドソン、チョン・ジョンソ、エド・スクレインエバン・ウィッテン、クレイグ・ロビンソン  

 

映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』あらすじ

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モナ・リザは12年もの間、精神病院に隔離されていたが、ある夜突然覚醒。気が付くと手を動かして相手を思い通りにコントロールする能力が備わっていた。

 

部屋にやってきて、乱暴に爪切りを始めた意地悪で暴力的な看護師は、モナ・リザの動きに合わせて自分の手が動くことに驚きを隠せなかった。彼女は爪切りで自分の膝を何度も突き刺し、血まみれになりながら悲鳴を上げた。

 

女に拘束衣をほどかせ鍵を奪い外に出たモナリザが空を見上げると、そこには血のように赤く滲んだ月が出ていた。

 

モナ・リザが夜道を歩いていると、三人組の男女が彼女に気が付き、ビールと靴をくれ、川沿いに進むとニューオーリンズに出ると教えてくれた。

 

ニューオーリンズに到着したモナ・リザはスーパーマーケットに入り、スナック菓子とビールを手にとって店を出ようとした。店主に呼び止められ、金を払うように言われるが、持っているわけがない。すると、彼女に興味を示して付いて来た男が自分の分と一緒に支払ってくれた。

 

男に車に乗るよう言われたモナ・リザは素直に従った。スナック菓子をほしがる彼女にキスをしてからだという男。2人がキスしていると、店の前で泥酔して吐いた女性に罰金を支払わせるため、警官がやって来た。

 

モナ・リザは男にTシャツを脱がせてそれを奪うと車を降りた。警官はモナ・リザがさっき本部から連絡が届いた脱走した少女だと気づき、あわてて彼女のあとを追った。

 

Tシャツに着替えたモナ・リザに追いついた警官は、施設に戻ろうと声をかけ、手錠を取り出した。モナ・リザは警官の目をみながらゆっくり手をあげる。警官は自分の手が少女と同じように動くことに愕然とする。

 

手錠を手放したあと、今度は拳銃を取り出し、ついには自分の膝に発砲するはめに。モナ・リザは立ち去り、警官は助けを呼んで病院に担ぎ込まれた。

 

次にモナ・リザがやって来たのはバーガーショップだった。若い女が自分の彼氏に色目を使ったと別の女に因縁をつけ、女がその挑発にのったため、二人は店の外で殴り合いのけんかを始めた。

 

因縁をつけた女が、年上の女の頭を地面に何度もぶつけていると、急に女は自分の頬を激しくたたきだした。殴られていた女は、何が起こっているのか理解できず呆然とするが、少し離れた場所で、手を動かしているモナ・リザに気が付いた。

 

2人はバーガーショップの店内にいた。女はボニー・ベルと名乗り、モナ・リザにバーガーをおごってやった。

 

ボニー・ベルはハドソン・ストリートの店でポールダンスを踊り、貰ったチップを生活費にして一人息子のチャーリーと暮らしていた。ボニーはモナ・リザを自分の家に泊めてやることにした。

 

彼女はついに人生にチャンスが訪れたと感じていた。モナ・リザを職場に連れて行き、彼女の力を使って、けちでいけすかない客から金を巻き上げ、また別の日には、ATMで金を引き出そうとしている人々から金を奪い取った。

 

人々は警察に詐欺にあったと訴えるが、カメラには自分で引き出して自分で金を渡している姿が映っているだけ。

 

1人の警官がその映像を見せろと言い出した。その警官こそ、モナ・リザのせいで足を撃つことになったハロルド巡査だった。手術を終えて松葉づえをつきながら彼は仕事に復帰していた。

 

巡査は動画にモナ・リザが映っていることを確認。一緒に映っているボニーのことを別の警官が覚えていて、巡査はバーボンストリートを回ってボニーを探すことにした。

 

モナ・リザはチャーリーと次第に心を通わせていく。彼は母親が自分を愛していないと悩んでいた。自分が生まれたからママは思うように生きられなくなったと感じていると・・・。

 

ある日、ついに巡査がボニーの店にやってくる。あわてて逃げ出したボニーとモナ・リザだったが・・・。  

 

映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』解説と感想

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本作はテレキネシスというお馴染みのテーマを扱っているため、「X-MEN」シリーズや、あるいは『クロニクル』(2012)、ノルウエーの『イノセンツ』(2021)といった、超能力を手に入れたごく普通の高校生や子どもたちの運命を描いた作品を想像する方も多いかもしれない。だが、本作は他のどの作品にも似ていないのだ。それが映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』の最大の魅力と言えるだろう。

 

冒頭、ニューオーリンズの沼地の映像に、ナット・キング・コールの名曲「モナ・リザ」のカバーバージョンが壮大に流れる。ついで、どこかの施設の一室で、拘束衣を着せられた一人の若い女性が床にうずくまっている場面に代わる。彼女はベッドの上に乗ったかと思えば、また床に降りたりと、落ち着きがない。カメラはすっとそんな彼女に近づき、かと思えばいきなり監視カメラの映像のように部屋全体を見下ろしてみせる。

その後起こる光景は、なかなか壮絶だが、施設を飛び出した彼女が空を見上げるると、煌々と赤く輝く満月が浮かんでいる。まるで血が滲んだかのようだ。

 

チョン・ジョンソは、特殊な能力を持つ危険人物でありながら、ナイーブさも宿したこのモナ・リザというキャラクターを完璧に表現している。

アナ・リリー・アミルプール監督は、イ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(2018)で中途で失踪してしまう女性ヘミを演じたチョン・ジョンソを観て、モナ・リザは彼女しかいないと確信したという。『バーニング』のヘミは家族から縁を切られた天涯孤独な女性で、ユ・アイン扮する主人公以外は誰も彼女の行方を気にする者はなかった。

モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』の劇中、ファズという人物がモナ・リザに友人がいないと知って「この広くてやばい世界に一人きり」と語りかけるシーンがある。モナ・リザはアミルプール監督が見つけ出した「ヘミ」の別の姿と言えるかもしれない。「自由」を求め、世界に対峙するアウトサイダーとしてヘミは生まれ変わったというわけだ(モナ・リザの出自はまったく語られないので、どんなふうにだって想像することが許されるのだ)。

 

こうしてモナ・リザの冒険が始まるわけだが、“野に放たれたモンスター”である彼女に意外や人々は優しい。

メタルを大音量でかけた飲んだくれの男女三人組は、通りかかった得体のしれない彼女に靴とビールを与えて、ニューオーリンズの行き方を教えてくれるし、マーケットで出会ったどう見ても麻薬の売人の自称DJのファズは、金のない彼女のかわりにスナック菓子を買ってやる。もっとも彼は彼女をものにしようという下心がなかったとは言えず、近くに警官が現れモナ・リザが立ち去ったため、結果として「ただのいい人」になるのだが。

さらにバーガーショップモナ・リザと出会うポールダンサーであるボニーは行くあてのない彼女を家に泊めてやる。とはいえ、彼女はモナ・リザの能力を使って一儲けしてやろうという魂胆まる出しで、報われない人生についにチャンスが訪れたとうきうきである。

社会から少しばかりドロップアウトした小悪党を魅力的に描いている点は、『タンジェリン』(2015)や『レッド・ロケット』(2021)などのショーン・ベイカー監督作品と共通する点があるだろう。  

 

ボニーを演じているのは、一連のラブコメ作品で定評のあるスター俳優ケイト・ハドソンだ。うらぶれた子持ちのポールダンサーというまったくの新境地に挑んでいていい味を出している。また、ファズに扮するエド・スクラインも出番は少ないながらも存在感抜群だ。彼はモナ・リザにTシャツを奪われてしまうのだが、再会する際も上半身裸のままで、何日もその恰好でいたかのように見えるのがなんだか可笑しい。

いずれにしても、モナ・リザが誰かと出会うエピードは必ずジャンクフードが絡んでいるのが興味深い。ジャンク・フードはモナ・リザが長い間禁じられていたものの象徴であり、つまりこのジャンクフードだらけの世界から如何に隔離されていたかを表している。と、共にジャンクフードが世界の入り口になるのである。

 

陽気で猥雑で「常に何かが起こっている」ハイパーネオンな街、ニューオーリンズは、こんな人々が闊歩する物語の恰好の舞台だ。脱走して来たモナ・リザを花火が盛大に迎えたように、夜になると人々が集まって来るハドソン・ストリートはまるで永遠に祝祭が続いているかのようだ。そんな中、一見まっとうに見える人間が、他者を見下し、暴力を振るうという醜い一面も描かれている。観客の脳裏には「因果応報」と言う言葉が繰り返し思い出されることになる。

 

冒頭からユニークな映像を見せてくれるのはアリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承』(2018)、『ミッドサマー』(2019)の撮影監督であるパヴェウ・ポゴジェルスキだ。カメラワークを駆使し、様々な色彩を鮮やかに切り取ってみせる。ブラックライトで照らされたアパートの一室が蛍光色で浮かび上がるシーンはとりわけ魅惑的だ。

そんな映像に、グランジ・ロックを始めとして、ファズおすすめのダブステップや、エレクトロ、ニューオーリンズ・ジャズなど多様な音楽が鳴り響き、本作の独特のスタイルを作り上げている。

 

後半はモナ・リザとボニーの幼い息子チャーリーとの友情に焦点があてられている。疎外された2人のコンビがとても愛しく感じられ、ふたりが徐々に信頼関係を築いていく様に心揺さぶられる。モナ・リザの他者に対する評価が「好き」と「嫌い」だけという単純さがまたいいのだ。

 

モナ・リザに操られ、足を負傷しながら執拗に彼女を追うハロルド巡査(クレイグ・ロビンソン)の執念が実るのか!? 終盤のクライマックスの展開を予想できた人がいるなら教えてほしい。ジャンル映画の欠片をかき集めながら、まったく違う所に着地した本作を大いに評価したい。

(文責:西川ちょり)

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