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韓国映画『PHANTOM/ユリョンと呼ばれたスパイ』あらすじ・感想/日本統治下の京城を舞台に抗日スパイ“ユリョン(幽霊)”を巡る諜報合戦を前半と後半、まったく違ったタッチで描く

1933年、日本統治下の京城を舞台に、朝鮮総督府に潜む抗日スパイ“ユリョン”を巡る息を呑む諜報合戦を描いた映画『PHANTOM/ユリョンと呼ばれたスパイ』

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『毒戦 BELIEVER』などの作品で知られるイ・ヘヨン監督の最新作である本作は、『ペパーミント・キャンディー』(1999)、『キングメーカー 大統領を作った男』(2021)など数々の話題作、名作で知られる韓国映画界を代表する俳優ソル・ギョング、『エクストリーム・ジョブ』で華麗なアクションを披露したイ・ハニ、『パラサイト 半地下の家族』で一躍世界的名声を博し、『パーフェクト・ドライバー 成功確率100%の女』(2022)では凄腕の運び屋を演じたパク・ソダム、大ヒットドラマ『イカゲーム』のパク・ヘスら、豪華俳優が結集。

 

"ユリョン“は一体誰なのかを巡る密室の心理劇はやがて大きな変容をみせ、息もつかぬ展開へと突き進んでいく!

映画『PHANTOM/ユリョンと呼ばれたスパイ』作品情報

(C)2023 CJ ENM Co., Ltd., THE LAMP.ltd ALL RIGHTS RESERVED

2023年製作/133分/韓国映画/原題:유령(英題:Phantom)

監督・脚本:イ・ヘヨン 撮影;チュ・ソンリム 編集:ヤン・ジンモ 音楽:タル・バラン 武術指導:ホ・ミョンヘン、ユ・ミジン 美術:キム・ボムク 音響:キム・チャンソプ 

出演:ソル・ギョング、イ・ハニ、パク・ソダム、パク・ヘス、ソ・ヒョヌ、キム・ドンヒ、キム・ジュンヒ、コ・インボム、イ・ソム、イ・ジュヨン、キム・ジョンス  

 

映画『PHANTOM/ユリョンと呼ばれたスパイ』あらすじ

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1933年、日本統治下の京城

上海に続き、京城でも総督府の高官を狙った抗日組織「黒色団」によるテロが発生。新たに赴任した警護隊長の高原海人は朝鮮総督府内に潜む“ユリョン(幽霊)”を捕まえようと罠を仕掛け、ある人里離れた崖の上のホテルに容疑者たちを集める。

 

疑いをかけられたのは総督府通信課監督官の村山淳次、暗号記録担当次官のパク・チャギョン、政務総監秘書の佑璃子(ゆりこ)、暗号解読係長チョン・ウンホ、通信課職員ペク・ホの5人。彼らに与えられた時間はたった1日。“ユリョン”自身が他の者を巻き添えにしないために名乗り出るか、誰が“ユリョン”か知っている者は告発せよと高原は命じ、もし何も起こらなかったら順番に拷問すると告げる。

 

暗殺作戦を必ず成功させなければならない“ユリョン”と、疑いを晴らして生き残らなくてはならない者たちの緊張感あふれる駆け引きが始まるが・・・。  

 

映画『PHANTOM/ユリョンと呼ばれたスパイ』解説と感想

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原作は中国のミステリ小説ということもあって、前半はクローズドサークルでの“犯人捜し”が展開する。あらかじめ、観客には“ユリョン”の正体を一部明かしているのだが、スパイ容疑をかけられた人々は、誰も信頼できない中で、牽制し、対立し合い、スリリングな心理戦を繰り広げる。

全員が一癖も二癖もある個性的なキャラクターで寸分たりとも目が離せない。とりわけソル・ギョング扮する村山は血縁に対するコンプレックスに囚われた複雑な人物で、パク・ヘス扮する高原とは因縁の関係にある。

セリフの半分以上が日本語で交わされるが、ソル・ギョングは2005年の作品『力道山』で力道山役を演じており、流ちょうな違和感ない日本語を披露している。警護隊長の高原の台詞は100%が日本語だ。もともとこの役は日本人俳優が演じることが決まっていたのだが、コロナ禍で出演が難しくなり、パク・ヘスが日本語を猛特訓して演じている。迫力ある台詞のひとつひとつから作り手の本気度がびしびしと伝わって来る。

 

ところがある瞬間を境に、激しい銃撃戦が始まり、怒涛のバイオレンスアクション物に映画はガラっと方向転換するのだ。ここからの展開には思わず眼がしらが熱くなり、胸躍らされる。

 

彼らが集められたのは豪壮な造りのホテルのような建物で、こうしたセットやプロダクションデザインの鮮やかさは、イ・ヘヨン監督作品ならではだが、全てがシンメトリーに設計されており、流ちょうなカメラワークがそれらを際立たせている。

そんな中で紅いテーブルを囲み容疑者と高原が対面するシーンは幾分違和感がある。なぜなら招かれた客たちは5人であり、その5人が画面中央に位置するテーブルの右手と左手に別れて座るので、シンメトリーが若干崩れているのだ。

さらに晩餐シーンで、そのうちの一人が撃ち殺され、もともと崩れていたシンメトリーが大きく崩壊する。それを起点に映画は変調し、ジョン・ウージョニー・トーばりの銃撃戦が巻き起こるのだ。

映画のそうした構造を確認させるかのように、本作は終盤もう一度、クローズト・サークル→シンメトリー崩壊→それを起点とした激しい銃撃戦と同じパターンを繰り返してみせる。そこから緑と赤の鮮やかなビロードの幕を背景にした死力を尽くした壮絶な対決へとなだれ込んでいくのである。

 

こうした近代史ものは得てして時代考証の点で批判を受けがちだが、本作は抗日運動を史実に忠実に描きリアルに再現するというよりは日本統治下の祖国への強い意志、目的を遂行するための犠牲的精神、同士たちの共助と友情、揺るぎない信頼といった人としての感情を蘇らせることに焦点をあてている。素性を知られてはならない運命にある“ユリョン”が「名前」を明かす際の人間の存在の尊さを実感させる場面がとりわけ素晴らしい。

ホテルの地下に設けられたおぞましい「拷問部屋」の存在や、「国を売る人は負傷したりしません。守ろうとするものが負傷するのです」というある民間人の女性の言葉などは、韓国映画でもしばしば描かれる軍事政権時代の抵抗史に繋がるものを感じさせ、また今、世界で起こっている深刻な現状を想起しないわけにはいかないだろう。  

 

また、本作は映画史、ならびにフィルム・ノワール史にも目配せを忘れない。チャン・イーモウによる1930年代の満州を舞台にした中国映画『崖上のスパイ』(2021)も映画館が諜報戦の舞台となっていたが、本作も映画館が重要な役割を果たしている。

 

映画の序盤、喫茶店で煙草を吸うイ・ハニを窓ガラス越しに捉えたショットには、正面の映画館に掲げられた『上海特急』の看板のマレーネ・ディートリッヒの肖像が反射して被さって来る。ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督が製作した1932年の作品だ。

 

さらに、ラストシーンは誰もがジェームズ・キャグニーエドワード・G・ロビンソン等のギャング映画を思わずにはいられないだろう。ここでは、激しい銃撃戦が鮮やかなシンメトリーの画を取り戻して描かれている。

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