ハリウッドの夢の裏に潜む狂気と孤独――。ビリー・ワイルダーが描く名声の光と影をレビュー。
ビリー・ワイルダー監督の映画『サンセット大通り』(1950)は、きらびやかなハリウッドの夢の裏側に潜む狂気と孤独を鋭く描いた映画史に残る名作だ。
落ちぶれた脚本家ジョー(ウィリアム・ホールデン)と、かつてサイレント映画の女王だったノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)の出会いが、やがて悲劇へと転じていく。
死者の語りによって始まる大胆な構成と、グロリア・スワンソンの鬼気迫る演技は圧巻のひとこと。無声映画全盛期の自身の最高潮の瞬間で人生が止まったままのノーマが織りなすハリウッドの光と影が圧倒的なインパクトで描かれる。
ワイルダーらしい冷笑と哀感が交錯する、ハリウッドへの痛烈なレクイエムだ。

ノーマの執事マックスをサイレント映画時代に監督としても名声を誇ったエリッヒ・フォン・シュトロハイムが演じているほか、映画監督のセシル・B・デミルが本人役で、サイレント映画スターのバスター・キートン、アンナ・Q・ニルソン、H・B・ワーナーが、ノーマ(グロリア・スワンソン)のカードゲーム仲間としてカメオ出演している。
第23回(1950)アカデミー賞では脚本賞、モノクロ美術賞、喜劇映画音楽賞を受賞。
目次
映画『サンセット大通り』あらすじ

売れない脚本家ジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)は、借金取りから逃れる途中、偶然にもハリウッドの高級住宅街・サンセット大通りにある古びた豪邸に迷い込む。
そこに暮らしていたのは、かつてサイレント映画時代に一世を風靡した女優ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)だった。
彼女は今も過去の栄光にとらわれており、自分が再びスクリーンに戻る日を夢見ていた。
ジョーは彼女が復帰するために執筆している脚本の手直しを依頼され、半ば軟禁されるように豪邸に住み込むことになる。贅沢な生活と引き換えに、彼の自由は少しずつ奪われていった。
やがてジョーは若い脚本家志望のベティ(ナンシー・オルソン)に誘われ、一緒に脚本を書き始める。目標を失くしていた彼はこの共同作業に新しい希望を見出そうとするが、ノーマはジョーが毎晩外出していることに気づき、彼をこれまで以上に拘束しようとする。
ノーマの妄執は次第に狂気へと変わり、虚構と現実の境界が崩れ、ハリウッドという夢の都の裏側で、ひとつの悲劇が静かに幕を開ける――。
映画『サンセット大通り』感想と評価(ネタバレあり)
プールに死体が浮かんでいる

冒頭カメラが映し出すのは、歩道の石面だ。カメラが動いて歩道の側面に「SUNSET BOULEVARD」と記された文字をとらえると、今度は車道へ出てゆっくりと移動しながら、タイトルロールが終わるまでずっと「サンセット大通り」の石面だけを映し続ける。ビリー・ワイルダー監督は、カーク・ダグラスを主演に迎えた1951年の作品『地獄の英雄』でもタイトルロールの映像に車道の石面を長々と使っていたが、こちらは静止画だった(そして場所はアルバカーキー)。
ようやくカメラが切り替わると、白バイ二台を先頭に何台ものパトカーがやって来て通過していく。殺人の報せを受けた警官がある豪邸の階段を次々とのぼっては室内に入って行く一方、一部は左手に移動し、左手奥のプールに男が浮かんで死んでいるのが引きの構図で見える。これだけでも見事な導入部なのに、さらにそのあと、カメラが水中にはいって、下から見上げ、目をあけた水死体とその先に重なるようにして見下ろしている警官たちを捉えた驚異的なショットが登場するのだ。
バズ・ラーマン監督の2013年の作品『華麗なるギャッツビー』ではレトナルド・ディカプリオ扮するギャッツビーが殺されて、プールに浮いているのをカメラが水中に潜って下から撮り、ディカプリオの体の向こうに捜査員が居るというまったく同じ構図を用いていた。これは、明らかにビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』のオマージュだろう。
「サンセット大通り」とはどういう通り?
「サンセット大通り」という通りに関しは村上春樹が詳しく書いている文章がある。
ビリー・ワイルダーの映画のタイトルでその名をよく知られるようになったサンセット大通り(ブウルヴァード)はおそろしく距離の長い通りである。それはダウンタウン・ロスアンジェルスに端を発し、くねくねと曲がりながら北西の方向にむかい、やがて突然向きを変え、定規で引いたような直線道路となってまっすぐ西へとのびる。このあたりがいわゆるハリウッド地区(ディストリクト)である。ただ単に「ブウルヴァード」と呼ばれるハリウッド・ブウルヴァードとサンタモニカ・ブウルヴァードにはさまれて約八キロ、サンセット・ブウルヴァードは直進し、そして今度は突然南西に向きを変え、またもとのようにくねくねと曲がりながらビヴァリイ・ヒルズ地区を横切り、最後はサンタモニカの海岸にでて、あたかもモルダウ河のごとく太平洋にそそぎこむ。なにしろ長い道路である。(『ザ・スコット・フイッツジェラルド・ブック』第一部2「アラーの街」の/村上春樹/TBSブリタニカより)
本作における「サンセット大通り」はハリウッドの象徴の意味を持っている。出て来る人物は警察など一部を除けばほとんどが映画関係者だ。
ハリウッド的人物と普通の人々
ウィリアム・ホールデン扮するジョー・ギリスが住んでいるのはアイヴァ通りにある華やかさとはかけ離れたアパートだ。
彼は売れない脚本家で、借金のかたに車をとられそうになっている。この男は脚本家として売れようという気概があまり感じられず、寧ろ、ただ車を手放したくないだけのように見える。彼がたまたま通りかかった屋敷に車を隠そうとして近づくことになったかつての大女優ノーマンとの関係も、リチャード・ブルックスの『渇いた太陽』(1962)の主人公がかつての名女優に自身の役者としての成功を約束させようとするような野心的なものではない(残念ながら往年の名スターであったノーマンにはその大女優のような力はもうない)。
では彼が物質的な欲望に囚われ女優の家に入りびたりになるのかといえばそれも違う。この若い脚本家は、成功への野心も、物質的な欲望も人並みの、ごく平凡な人間なのだ。彼はグロリア・スワンソン扮するかつての大女優ノーマ・デズモンドに取り込まれるようにして屋敷で暮らさざるを得なくなり、彼女に同情して身動きが取れなくなってしまうのだ。
この映画の面白いところは、死んだ張本人が、自分がプールに浮かんでいる映像を観ながらナレーションをしていることだ。つまり、彼は映画関係者の一人ではあるのだが、ハリウッドスターや、映画産業の光と影を第三者的な視点で見つめる「観察者」としての役目を担わされているというわけだ。
彼のシナリオをもとに二人で完成させましょうと近づいてくる若い女ベティ・シェイファー(ナンシー・オルソン)はウィリアム・ホールデンよりもずっと野心的に見えるが、彼女もまた、女優になるために大金をかけて鼻の整形をしたものの結局女優にはなれず、だが、整形したことで、郵便係から脚本の校閲担当になれたと語るなど、ハリウッドで働けることに満足しているごく普通の常識人として描かれている。
そうした平凡な人たちの対局として描かれるのが、無声映画時代に華々しい活躍をしたかつての大女優、ノーマ・デズモンドである。
ハリウッドの光と影を象徴する女優の運命
劇中のノーマ・デズモンドとそれを演じるグロリア・スワンソンは現実と役柄の境遇が見事に重なっている。16歳から映画に出演し、セシル・B・デミル監督に見いだされ、恋多き女優だった点まで同じである。本作に登場する「デミル監督」は、セシル・B・デミル本人が演じている。
劇中、半ば幽閉されて不満そうなウィリアム・ホールデンの気を惹くため、彼女は彼の前で二つのパフォーマンスをしてみせる。ひとつがマック・セネット時代の海水着美人で、もう一つはチャップリンの物真似だ。彼女の時間は、無声映画全盛期の自身の最高潮の瞬間で止まったままで、いつか当時と同じスターとして撮影所から声がかかると信じ続けているのだ。
しかし、ハリウッドはかつての彼女の活躍自体には敬意を払うものの、既に終わった人としか扱わない。彼女よりも彼女のヴィンテージの自家用車の方に注目が集まるのは、何とも皮肉で残酷な光景といわざるをえない。
映画の終盤、ついに出て行くことを決意したウイリアム・ホールデンを追いかけて飛び出したグロリア・スワンソンは拳銃を振りかざし、彼を撃つ。女が玄関先で男を撃つといえば、ウイリアム・ワイラーの『月光の女』(1940)のベティ・デイヴィスを思い浮かべてしまうが、大女優と銃という組み合わせはなんと映画的快楽に満ちていることか。
事件のあと、警察や新聞記者に取り囲まれたグロリア・スワンソンが、「(報道の)カメラが来ました」という言葉を聞きつけてからの行動が凄まじい。
彼女の執事であるマックスは、事件を知って取材にやってきたテレビ局のカメラを映画の撮影のようにして、彼女に向けさせる。ここで彼が彼女のデビュー作を撮った監督で彼女の最初の結婚相手であったことを観客は思い出すことになる。「アクション!」という掛け声の迫力は真似事ではないのだ。おまけにこのマックスを演じているのが、エリッヒ・フォン・シュトロハイムなのだ! D・W・グリフィス、セシル・B・デミルとともに「サイレント映画の三大巨匠」と呼ばれた彼もまた、トーキー時代には監督としては不遇で、俳優に転身したという経歴の持ち主だ。
グロリア・スワンソンは自身が脚本を書いた「サロメ」を演じ、狂気のごとく、階段を降りてカメラににじり寄ってくる。「まがい物の街、私達とカメラ、暗闇の銀幕をみつめる観客」、彼女の言葉はまさに映画=ハリウッドそのものを表している。
映画『サンセット大通り』作品情報
1950年製作/110分/アメリカ映画/原題:Sunset Boulevard
監督:ビリー・ワイルダー 製作:チャールズ・ブラケット 脚本:チャールズ・ブラケット、ビリー・ワイルダー、D・M・マーシュマン・Jr 撮影:ジョン・F・サイツ 音楽:フランツ・ワックスマン 美術:ジョン・ミーハン、ハンス・ドライアー 編集:アーサー・P・シュミット
出演:ウィリアム・ホールデン、グロリア・スワンソン。エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ナンシー・オルソン、ジャック・ウェッブ、フレッド・クラーク
(カメオ出演)セシル・B・デミル、バスター・キートン、H・B・ワーナー、アンナ・Q・ニルソン、ヘッダ・ホッパー、ジェイ・リビングストン、レイ・エバンズ
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