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映画『メドゥーサ デラックス』あらすじと感想/ワンカット撮影で綴る挑戦的で独創的なイギリス人監督の長編映画デビュー作

一年に一度のヘアコンテストで優勝候補と目されていたスター美容師が頭皮を切り取られた姿で死んでいるのが発見された。一体彼に何が起こったのか!?

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映画『メドゥーサ デラックス』は、魅力的な導入部から全編ワンショット撮影で綴る、イギリスの新鋭、トーマス・ハーディマン監督によるオリジナリティ溢れる作品だ。

 

レディ・ガガのヘアメイクをはじめ、シャネル、ルイ・ヴィトンエルメスなどとコラボレーションを務めたトップ・ヘアスタイリストのユージン・スレイマンが本作のユニークで多様なヘアスタイルを担当。

 

2022年ファンタスティック・フェスト最優秀監督ネクスト・ウェーブ受賞を始め、世界の映画祭で高い評価を受け、A24が北米配給権を獲得したことでも話題の一作だ。  

 

映画『メドゥーサ デラックス』作品情報

(C)UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021

2022年製作/101分/イギリス映画/原題:Medusa Deluxe

監督・脚本:トーマス・ハーディマン 撮影:ロビー・ライアン 美術:ゲイリー・ウィリアムソン 衣装:シンシア・ローレンス=ジョン ヘアスタイリスト&ウィッグ・アーティスト:ユージン・スレイマン 音楽:コアレス

出演:アニタ=ジョイ・ウワジェ、クレア・パーキンス、ダレル・ドゥシルバ、デブリス・スティーブンソンハリエット・ウェッブ、ハイダー・アリ、カエ・アレキサンダー、カイラ・メイクル、リリト・レス、ルーク・パスクァリーノ、ニコラス・カリミ  

 

映画『メドゥーサ デラックス』あらすじ

(C)UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021

年に一度開催されているヘアコンテストの開催直前、優勝候補と目されていたスター美容師モスカが頭皮を切り取られて死亡しているのがみつかった。

コンテストは中断され、関係者は全員、警察の事情徴収を受けるために建物から出ないように言い渡された。

 

会場に集まっていたのは、今年こそ優勝すると誓って準備を進めていたライバル美容師3人と、4人のモデルたちだ。

 

モスカの死体を発見したのは彼のヘアモデルを務めていたディンバだった。ヘアメイク中、一旦席を外した彼女がまた部屋に戻ってくるまでのわずかな隙にモスカは殺されたらしい。

 

美容師のクレイグは、過去にモスカともめたことがあり暴力沙汰を起こしていた。去年の優勝者で今年もコンテストに参加している美容師ケンドラがコンテストの主催者であるレネに賄賂を渡していたらしいという噂を聞き、クレイグは激しく憤る。彼女は怒りだすとなかなか自分の気持ちを鎮めることができずにいた。

 

もうひとりの美容師ディヴァインは、最近、納棺師の手伝いのアルバイトをしていると語る。彼女は信仰深いことで知られていた。

 

主催者であるレネは、落ち着かない様子で歩き回っていた。警備員と挨拶を交わしたあと、かかってきた電話の相手アンヘルと会話しながらあわててエレベーターに乗り込んだ。実はレネはかつてモスカとつきあっていたことがあった。そして、モスカの今の恋人がアンヘルなのだ。

 

彼は外に出てアンヘルを迎えに行き、彼にモスカの死を伝えた。恋人が殺されたことを知りアンヘルは泣き崩れる。

美容師たちからいつまで待たなくてはいけないのかと連絡を受けたレネはアンヘルと、彼とモスカの幼い養子パブロを連れてコンテスト会場へと戻った。

 

クレイグは待たされている間、モデルのアンジーと共に18世紀のフォンタージュを完成させることにした。出来上がるとアンジーは休憩したいと部屋を出た。入り組んだ迷路を通り、外の空気の吸えるところで煙草をふかしていたところ、煙草を髪に近づけ過ぎたため、髪に火がついてしまう。

 

たまたま通りかかった男性が悲鳴を聞いて現場に駆けつけた。男は消化器で火を消すと、彼女を抱えて階段を降り、建物の前に止まっていた救急車に運び込んだ。

 

その様子をちょうど外に出ていたアンヘルが見ていた。彼はその男を知っているようだった。

 

コンテスト開催者と参加者、被害者の恋人、知人の男性、警備員等たちが顔を合わせ、 ことの顛末が明らかになっていく・・・。  

 

映画『メドゥーサ デラックス』感想

(C)UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021

イギリスのある地方都市で毎年行われているヘアコンテストでショッキングな殺人事件が起きる。コンテスト関係者は皆、警察に質問を受けるため、現場を離れないように命じられ、楽屋で待機している。居合わせた人々は皆、容疑者というわけだ。

オーソドックスなフーダニットミステリの雰囲気漂うオープニングだが、物語は一筋縄ではいかない。

犯人がこの中にいるかもしれないのに、皆が顔なじみということもあって、緊張感はほぼゼロ。おまけに彼らを尋問する警官や探偵役の人間もいつまでたっても現れない。彼らはずっと放っておかれているのである。そのこともあって普通に外に出ている人物もいるし、建物内なら結構自由にうろうろできる。ミステリとしては実にゆるゆるな状況と言えるだろう。血だってほんの少ししか画面に現れない。

 

代わりに展開するのが、「うわさ話」や他愛ないおしゃべりだ。そう、美容院に髪を切りに行くと美容師さんたちと自ずととりとめもない話をすることが多くなるものだが、まさにあの感じである。そんな中から田舎のヘアカット業界の人間関係の妙やそれぞれの人間性が、身近な存在として浮かび上がって来る。

本作はコンテストに賭けるそれぞれの思いや、自身の芸術性に対する自信や誇り、ライバルへの嫉妬や疑心暗鬼といった個々の様々な感情を描いた群像劇なのだ。

 

こうした主題を、手持ちカメラの全編ワンショットで撮っているのが、この作品のユニークでエキサイティングなところだ。

同じイギリス映画で全編ワンショットといえば、名門レストランの一夜の喧騒を描いた『ボイリング・ポイント/沸騰』(2021)が思い出される。こちらは完全ワンショットのトリックなしという驚異的な作品だったが、『メドゥーサ デラックス』は若干、編集の部分もあるようだ。演者にカメラがぴたりと引っ付いて移動していく様を撮るシーンが多いことからもむしろ、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)にイメージとしては近いかもしれない。『バードマン』では、マイケル・キートンが楽屋裏から外に出て行く場面等、見事というしかないカメラワークが見られたが、『メデゥーサ・デラックス』もまた、登場人物たちが狭い廊下を通り抜け、各部屋のドアを開け閉めしていったり、薄暗い地下室や旧式のエレベーターに乗ったりするのをカメラは時に人物の背中にぴたりと付き、またときに正面にまわって捉えて見せる。それによってコンテスト会場になるはずだったこの古いビルの内部がまるで無限の広がりがあるかのような錯覚を観る者に起こさせるのである。  

 

カメラは次々と違う人物の後を追い、それぞれのドラマを見せていく。あまり馴染みのない俳優たちばかりだが、登場人物たちのバラエティに富んだ個性が明快に頭に入って来る。全編ワンショットというのは群像劇には実にフィットした方法であることがわかる。モデルの一人が後ろを振り向くと、皆が犯人ではないかと噂している人物が後をずっとついてくるというスリリングな場面もある。

この名人芸的な撮影はケン・ローチヨルゴス・ランティモスの作品で知られるロビー・ライアンによるもの。終盤には予想も出来なかった大胆な展開が待っていて、全編ワンショットの技法を取ったもう一つの意味が分かって来る。

 

脚本家兼監督のトーマス・ハーディマンはいくつかの短編作品が高い評価を受け、BBC FilmsとBFI(英国映画協会)による支援のもと本作を完成させた。純粋なミステリ作品を期待すると肩透かしをくうかもしれないが、新鋭ならではの挑戦的で独創的な長編デビュー作に仕上がっている。

(文責:西川ちょり)