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【考察】映画『別れる決心』感想・解説/ パク・チャヌクが描く刑事と被疑者のミステリアスな情愛

オールド・ボーイ』(2003)、『お嬢さん』(2016)などの作品で知られる韓国を代表する監督のひとりパク・チャヌク監督がパク・ヘイルタン・ウェイを主人公に迎えた待望の新作。

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岩山の頂から転落した男性の死の原因を探るエリート刑事と男性の妻で中国籍の女。女は夫を殺したのだろうか⁉ 

彼女を被疑者として監視する中、二人の距離は次第に近づいていく。

 

様々な魅惑的なタームを全編に散りばめ、刑事と被疑者という関係の男女をミステリアスに官能的に描いた映画の愉しみの極北のような作品に仕上がっている。

 

第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門・監督賞受賞作。

 

目次

 

映画『別れる決心』作品情報

(C)2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

2022年製作 /138分/韓国映画/原題:헤어질 결심(英題:Decision to Leave)

監督:パク・チャヌク 脚本・パク・チャヌク、チョン・ソギョン 撮影:キム・ジョン 美術・リュ・ソンヒ 衣装:クァク・ジョンエ 編集:キム・サンボム 音楽:チョ・ヨンウク

出演:パク・ヘイル、タン・ウェイイ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ、パク・ヨンウ、キム・シニョン  

 

映画『別れる決心』あらすじ

(C)2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

チャン・ヘジュン(パク・ヘイル)は史上最年少で警部になった仕事熱心で有能な刑事だ。

 

週末には車で釜山からイポの原子力発電所で働いている妻アン・ジョンアン(イ・ジョンヒョン)の元へ向かい、夕食の用意をする良き夫でもある。

 

ある日、岩山の頂から男性が転落死するという事件が起き、ヘジュンは部下のスワン(コ・ギョンピョ)等と共に現場に駆け付けた。

現場に残された男の所持品をチェックしたところ、男はキ・ドスという名で出入国・外国人庁の元職員だったことが判明する。

 

彼の身内として現れたのは、中国人の妻のソン・ソレ(タン・ウェイ)だった。

ソレが夫から虐待を受けていたことをつかんだヘジュンは、他殺の可能性もあると睨み、ソレの張り込みを開始する。

彼女は老人介護の仕事をしていて、評判はすこぶる良かった。そんな彼女の様子をヘジュンは車から双眼鏡で覗き監視する。

 

被害者の爪から被害者以外のDNAが採取されたという報告を受け、ヘジュンはソレに警察に出頭するよう求める。

 

素直に出頭しDNA採取に応じたソレはたどたどしいながらも韓国語で質問に答えた。夫の死に悲嘆した様子はなかったが死亡時間帯にはアリバイもあり、怪しいそぶりもなかった。

 

彼女の手の甲の傷についての説明も筋が通っていて、不自然な点はないように思えた。

 

ヘジュンは彼女のために高級寿司の出前を取り、いつもそんなご馳走に縁のないスワンはその様子を見て憤慨する。

 

ヘジュンはひとりでソレの張り込みを続け、車の中で眠ってしまう。

朝、野良猫に餌をやりに出て来たソレは、ヘジュンに気が付き、携帯で彼の写真を撮った。二人の間には不思議な親密感が生まれていた。

 

ところが、スワンが、ソレは中国で人を殺した過去があるという情報を掴む。

中国当局の記録によると母親を殺したという。

 

ヘジュンはソレに電話し説明を求めた。するとソレは「うちに来て」という。彼は猛スピードで車を走らせた。

 

ソレは病気で苦しむ母親の看病をするために看護師になったが、専門家のやり方で殺してほしいと母に頼まれ、薬を飲ませて望みを叶えたのだと説明した。

 

ソレを深く追求しないヘジュンにスワンは酒の席で絡んできた。

そんな中、ヘジュンは、酔っぱらったスワンがソレの部屋にやって来て暴れたという知らせを受ける。

 

眠ってしまっているスワンを帰宅させると、ヘジュンは彼女を自宅に招き、自分が唯一作れる中華料理だと言って炒飯をこしらえた。張り込み中、ソレがろくなものを口にしていないことが気になっていたのだ。

 

ヘジュンの部屋の壁に殺人の現場写真が多数貼られているのを見てソレは驚きの声を上げる。

 

それはヘジュンを悩ませている未解決事件の被害者の写真で、ヘジュンが不眠に悩まされている原因となっているものだった。その中にはキ・ドスの遺体の写真、張り込み中に撮ったソレの写真もあった。

 

やがてキ・ドスは不法移民からワイロを貰っていたことで脅迫を受け、それに抗議するために自殺したことが発覚。それを裏付ける遺書も出て来た。

 

事件は自殺として解決し、ソレは晴れて容疑者ではなくなった。

 

夜も更けたころ、突然ソレがヘジュンの部屋にやって来た。驚くヘジュンに寝かせつけに来たと彼女は言い、壁に貼られた写真をはがし始めた。

 

これが不眠の原因です。解決したのだからはがしましょうと言って、彼女はつい最近、加害者が自殺して終了した事件の写真をはがし始めた。

 

ソレはさらに自分の夫や自分の写真も解決済みだとはがしていく。ヘジュンはその手を抑え、「きれいです。シルエットが」と言い、その写真は処分しないことで互いに同意した。

 

週末、妻のところに来ていたヘジュンは夜、眠れず、まだ暗いうちに起き出して洗車を始めた。

 

ソレに「寝ていますか」とメールを送ると、火曜日担当のおばあさんが危篤で今病院にいるとの返事があった。

 

今日は月曜日。月曜日担当のおばあさんのところにはヘジュンが代わりに様子を見に行くことになった。

 

ところがそこでヘジュンはあることに気が付く。夫が亡くなった時間、ソレはこのおばあさんの介護をしていたという確かなアリバイがあったが、そのトリックにヘジュンは気が付いてしまったのだ。

 

彼はもう一度、あの山へと向かい、自分の直感が正しかったことを知る。

 

ヘジュンはソレを訪ね、自分が真相にたどり着いたこと、女に惚れて捜査をおざなりにした。そのことによって自分は崩壊してしまったと告げる。

 

13ヶ月が過ぎた。ヘジュンは妻のいるイポに転勤していたが、すっかりやつれて生気を失っていた。

ある日、ヘジュンは偶然ソレと再会する。彼女もイポに引っ越してきたという。彼女の隣には新しい夫が寄り添っていた…。  

 

映画『別れる決心』感想と考察

(C)2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

パク・ヘイル扮する刑事チャン・ヘジュンは、「悲しみが波のように押し寄せて来る人もいれば、インクが水に落ちるように徐々に広がっていく人もいる」という言葉を劇中、2度口にしている。

被疑者であるソン・ソレを部下のスワンと張り込みしている際、スワンがソレのことを「怖い女だ。もう指輪をはずしている」と言った時が一度目。

二度目はイポで部下のヨンス(キム・シニョン)が(二度目の)夫が死んでもソレは悲しんでいないと指摘した時だ。この時彼は反射的にその言葉を口にするが途中でやめてしまう。

 

ヘジュンは、妻から「あなたには殺人と暴力が必要」と言われるように、「殺人事件」の解決を天職としているような男だ。

映画の冒頭では、最近殺人事件が少ないことを嘆いているかのような台詞まで吐いているし、誰でも疑うのが仕事だから俺たち(警察)は嫌われるといった発言もしている。

そんな彼がソレに対しては疑うよりもまず理解(やさしさ)を示しているのだ。

ヘジュンは取り調べの際にも暴力を許さないスマートなエリート刑事だが、やはりこれは例外的なケースであるに違いない。

 

彼の後輩刑事スワン(コ・ギョンピョ)はヘジュンを慕って釜山まで追いかけて来たような人物なのだが、彼はヘジュンとは対照的に初めからソレのことを疑っている。

いつもと違う様子のヘジュンにスワンはたびたび苛立ちを見せているし、警告もしている。が、ヘジュンは聞く耳を持たずどんどんソレにのめりこんでいく。 

 

ヘジュンとソレ。二人は刑事と被疑者として出会う。まずヘジュンは死んだ男が残したスマートフォンの待ち受け画像でソレを知る。

スワンは彼女を男の娘だと思ったのだが、実際は妻だった。この時、現れた女性の顔にカメラは向けられない。

やってきた女性ソレの顔をアップでとらえ、ヘジュンの視点となって彼女の動きを追うというカメラワークでもおかしくない場面なのだけれど、パク・チャヌク監督は逆に女性の顔に目をやるヘジュンの方にカメラを固定している。

一心にソレの顔を見ているヘジュン。彼はこの時、彼女の顔を独占しているといえる。

 

ヘジュンの近くに来てソレが座るシーンは少し引きの画面で捉えられている。依然として彼女の顔ははっきりと見えず、まるでそれほど重要人物ではないかの如くだ。ヘジュンが彼女を見つめ続け、独占しているということがここでは重要なのだろう。

 

取調室で2人が向かい合う際に、小津映画のごとき切り返しでふたりの顔が映し出される。ここでようやくタン・ウェイ扮するソレの顔がはっきりと提示されるのだ。

 

取調室に設置されたモニターに映るソレと実際のヘジュンが向き合うショット、ふたりの姿が、部屋のミラーに映り、人間が四人いるような錯覚を起こさせるショットなど、取調室でのシーンは凝りに凝った撮り方をしている。

 

その中で、ソレの複雑で、悲劇的な境遇が見えてくるのだが、この時、ヘジュンは高級寿司の出前をとり、ふたり向かい合って食べ始める。

その姿をミラー越しに別の刑事が見つめているにもかかわらず、ふたりは気にするそぶりもなく黙々と食べ、妙に息の合った調子で手早く効率良く片付けを済ませている。

それはなんとも妙な光景で、不思議な可笑しみが漂っているが、スワンが被疑者への差し入れが自分は食べさせてもらえない高級寿司だと知り怒り出すことで、そのシーンを覆う奇妙な空気がすっとずらされる様も巧みである。  

 

ヘジュンは訪問介護の仕事をしているソレの姿を双眼鏡で覗き監視する。

ヒッチコック映画なら、カメラが窓ガラスに近づいて、するりと中に入っていくところだけれど、ここではヘジュン自身がソレの直ぐ側に移動(ワープ)するのだ。

勿論、意識下でのことで本当にワープしたわけではない。けれど、ソレのすぐ側にいる彼の息遣いが妙に生々しく感じられる。

 

そんなふうに見られる側であったソレがヘジュンを一方的に観るシーンもある。

容疑者を追跡するヘジュン。容疑者はどんどん高台へと逃げ、最後は容疑者もヘジュンも疲労が足にきてヨタヨタしている。その後、ヘジュンは凶器を持つ相手を手袋一つでねじ伏せる。彼のあとを追跡してきたソレはその様子をどこか楽し気な表情で車の中から見つめるのである。

 

見る、見られるという「恋」の基本のような時期を経て、彼らは、被疑者と警官の関係でありながら、互いの家を行き来するようになる。プラトニックな関係とはいえ、彼らは抜き差しならない仲になっていると言っていい。

 

しかしやがてヘジュンは真実に突き当たり、刑事としての誇りを失った自分は「崩壊」してしまったと告げてソレの元から立ち去る。

 

そして一年余りが過ぎ、二人は霧の町で再び、刑事と被疑者として向かいあうことになる。  

 

ファム・ファタールと呼ばれる女性にのめりこみ、人生を狂わされていく男の話はフィルム・ノワールと称される一連の作品をはじめ枚挙に暇がない。

本作のソレも、エリート刑事を狂わせるファム・ファタールなのだろうか。

一人の刑事のもとに夫殺しの容疑者として二度も現れる女。しかも夫の死を悲しんでいる気配はない。過去には病気の母を安楽死させたともいう。

欲しいのはあの男の心臓だと語る女。青にも緑にも見えるワンピースは女の正体の不確かさを暗示するものだろうか。

 

死者の眼球が見る光景、波のようにも山のようにも見えるソレの部屋の壁紙、スマートフォンの翻訳アプリや電子時計などのデジタル端末でのコミュニケーション、16個のポケット、原子力発電所のある霧の町、警察所の非常ベル・・・。

 

そんな魅惑的なモチーフで溢れた本作は、限りなくクライム・ミステリーの雰囲気を漂わせているし、ソレはまさに典型的なファム・ファタールの魅力を放っているように見える。

 

しかし、「あの人の心臓を持って来て」と言う言葉は、翻訳機が中国語から韓国語に訳したもので、実際は「あの人の心が欲しい」であったように、多くの先入観(まず誰もがヒッチコックの『めまい』のキム・ノヴァクを念頭に置いてしまうだろう)や、パク・チャヌクによる演出のトリックにまんまとはまり、彼女を「悪女」だと思い込んでいたのではないか。

 

というのも映画を繰り返し観れば観るほど、彼女の姿や言動に触れれば触れるほど、純愛とも呼べるくらいのヘジュンへの真っ直ぐな思いが伝わってくるからだ。

 

彼女は捨てるように言われたスマートフォンを肌身離さず持っていて、それをヘジュンに差し出し、「再調査してください。崩壊前に戻ってください」と伝えている。

2度目の夫が血の海となったプールで死んでいるのを見て、プールの水を抜き、掃除して死体だけを残したのはヘジュンが血の匂いが嫌いだと言っていたのを思い出したからだ。

そもそもこの2度目の事件が起きた背景にはなんとしてもヘジュンを護らなくてはいけないというソレの思いがあった。

 

中国から不法入国し、優しくしてくれた男と結婚するも夫は所有欲の強いDV男で、被害を訴えれば中国に送還され逮捕されてしまうため、我慢するしかない。

社会の底辺の人間として逃げ場のない生活をしてきた彼女にとってヘジュンは自分を人間扱いしてくれた韓国に来て初めての男だったのかもしれない。

 

「あなたが私に“愛している”と言った声」と彼女は言う。ヘジュンは自分が「愛している」と言った覚えなどなく、その言葉に狼狽する。

 

ヘジュンは釜山で未解決事件の容疑者を追う際、ソレの「(容疑者は)その女(ひと)のことが死ぬほど好きなのね」という言葉に意表をつかれた様子だった。

ソレの助言のおかげで捜査は急展開を見せたわけだが、どうやらヘジュンは色恋にいささか鈍感らしいということがこのエピソードでそれとなく表されている。

 

「愛している」と受け止められて当然のことを告げていたことにヘジュンがようやく気づいた時はすでに遅く、「別れる決心」をしたソレはもう声の届かないところに行ってしまっているのだ。

 

本作は何にも増して愛の映画といえるだろう。パク・ヘイルとタン・ウェイはこれ以上ないほどのはまり役で、ふたりの典雅で官能的な(しかし彼らは一度キスをするだけだ)情愛が悲痛さを伴って胸に染みこんでくる。

 

劇中、何度も流れるチョン・フニの「霧(アンゲ)」という曲は1967年の韓国の大ヒット曲だ。パク・チャヌク監督はこの歌の歌詞から物語の着想を得たという。

この作品、ラテン音楽の要素が少し含まれているのではないだろうか。

音楽には詳しくないので直感的なものだが、ナット・キング・コールの「キサス キサス キサス」や「Aquellos ojos verdes」のメロディーの一部を思い出させる。

「キサス キサス キサス」といえばウォン・カーウァイの『花様年華』である。そう、本作『別れる決心』を何か他の作品と並べて考える必要があるとするなら、それはヒッチコックの『めまい』でもなければ、増村保造の『妻は告白する』でもなく、『花様年華』なのではないだろうか。

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