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映画『有りがたうさん』(清水宏)あらすじ・感想/上原謙がバスの運転手を演じるユーモラスな作品から見えてくるもの

2022年12月31日~2023年1月6日の期間、早稲田松竹で「清水宏特集」が開催される。

清水宏監督特集 | 早稲田松竹 official web site | 高田馬場の名画座

上映される4本の作品の中から今回は『有りがたうさん』(1936)を紹介しよう。

 

川端康成の掌篇「有難う」を清水宏が大胆に脚色。「有りがたうさん」と呼ばれるバス運転手に上原謙が扮し、伊豆の山道を往復する乗合バスの乗客たちの姿をオールロケで描いた作品。

東京に身売りされようとする若い娘をはじめ、バスに乗り合う人々や、道行く様々な人々の姿を移りゆく風景の中にとらえ、人情ものの中に社会不安や当時の情勢を映しこんでいる。  

 

目次

映画『有りがたうさん』作品情報

1936年/76分/35mm/白黒/松竹大船 

監督・脚色:清水宏 原作:川端康成 撮影:青木勇 音楽:堀内敬三 録音:土橋春夫、橋本要 衣装:柴田鉄蔵

出演:上原謙、桑野通子、二葉かほる、石山隆嗣、仲英之助、築地まゆみ、河村黎吉、忍節子、堺一二、山田長正、河原侃二、久原良子、青野清、金井光義、谷鷹光、小倉繁、河井君枝、如月輝夫、利根川

映画『有りがたうさん』あらすじ・感想

©1936 松竹

(※結末に触れています。気になる方は映画をご覧になってからお読み下さい)

草木に囲まれた一本道を画面に「つ」の字におき、向こうからやってくる乗り合いバスを映す。

まず、バスの運転席あたりにカメラを置いて、前を行く人々をとらえる。彼らが脇により道を開けると、「有りがたう」と運転手が声を掛け、今度はバスの後ろ側にカメラを置いて、先ほどの人たちをもう一度映す。近づく、遠ざかる、これが何度も繰り返される。

最後は鶏の群れが現れ、そこを通り過ぎたバスは、つきあたりに川があるところを右手に曲がって進んでいく。「だから彼を有りがたうさんという」という字幕がはいる。

道を歩いている人を追い越し、それをまた振り向いて撮るというカメラの動きは、単純だが、実に瑞々しい空間を作り出し、上原の「有りがたうー」という最後語尾を伸ばす発声も良くて、冒頭ですっかり映画のリズムにのせられてしまう。(余談だが、バスという点ではクロード・シャブロルの『美しきセルジュ』の冒頭をちょっとばかり想い出した)。

 

明るい日差しの中で三人の女が話をしている。逆光気味でちょっとドキュメンタリーっぽい。若い少女が東京に身売りされるらしい。駅まで送るという母親、「かわいそうにね、かわいそうにね」と二人に羊羹をもたせる知り合いの女。その会話の間に映されるのが、横になりながら煙草を吸っている「有りがたうさん」こと上原謙のバストショット。

そこはバスの乗り合い場。向こうに大根がいっぱいぶら下がっている。時間が来て人々がバスに乗り込み、走りだす。車窓。家々の屋根、眼下に広がる海、波打ち際、後ろから乗用車が無礼にやってきて追い抜いていくが、しばらく行くと故障して道端に止まって修理している様子が見え、乗客は朗らかに笑う。

車窓の風景を観ている娘は不安そうに目をふせる。そんな少女の様子を心配そうに見守っている有りがたうさん。駅までは峠を2つ超える長い距離。

長距離バスを描いた作品は洋画では時々観られるが、日本にもこんな作品があったとは。有りがたうさんが、娘を心配するあまり振り向いて前を見ていなかったせいで、危うく転落しそうになり、急ブレーキをかけるシーンも。

走ってきて、バスの後部に飛びついてぶら下がっている子どもたちがいたり、途中でバスを止めて伝言を伝えるものがいたり、買い物を頼まれたり、大忙しの運転手はにこやかに穏やかに村の人々の頼みを聞く。バスが「U」の字に進んでいくシーンを俯瞰でとったり、トンネルに入ってまた抜けたり、ただバスが移動して行くだけなのだが、これが本当に素晴らしいのだ。  

 

バスを利用する人も、道を歩いていてバスをよける人々も、皆、様々な事情を抱えている。道路工夫として働く朝鮮人労働者の姿もあり、当時の世相が見えてくる。苦しんでいる人たちに何もしてやれない。「有りがたうさん」は、話を聞き、ささやかな願いごとにうなずき、そして微笑むだけだ。だが彼のその雰囲気が、最後はあの少女までを笑顔にする。その時間、その想いが、皆の宝になるのである。

 

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