『ミッドサマー』(2019)『ヘレディタリー/継承』(2018)のA24が製作・配給を手掛けた衝撃のホラー映画『MEN 同じ顔の男たち』。
監督・脚本を務めたのは、映画『エクス・マキナ』(2015)、『アナイアレイション -全滅領域-』(2018)のアレックス・ガーランドだ。
夫が転落するまさにその瞬間を目にしてしまった女性が、心の傷を癒すためにイギリスの風光明媚な田舎町を訪れるところから物語は始まる。
美しいマナーハウスに落ち着いた彼女だったが、やがて不穏な出来事が彼女の周囲で起き始め、想像を絶するクライマックスへと突入していく。
ヒロイン、ハーパー役を、『ワイルド・ローズ』(2018)、『ロスト・ドーター』(2021)などのジェシー・バックリーが務めている。
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映画『MEN 同じ顔の男たち』の作品情報
2022年製作/100分/R15+/イギリス映画/原題:Men /監督・脚本:アレックス・ガーランド 撮影:ロブ・ハーディ 美術:マーク・ディグビー 衣装:リサ・ダンカン 編集:ジェイク・ロバーツ 音楽:ベン・サリスベリ、 ジェフ・バロウ 視覚効果監修:デビッド・シンプソン
出演:ジェシー・バックリー、ロリー・キニア、パーパー・エッシードゥ、ゲイル・ランキン、サラ・トゥーミィ
映画『MEN 同じ顔の男たち』あらすじ
離婚を巡り夫と口論をしていたハーパーは、夫に思いっ切り強く顔を殴られ、部屋の隅まで吹っ飛ばされてしまう。怒った彼女は彼を部屋から追い出すが、その後すぐに夫は自殺を図り、彼女は窓ガラス越しに落ちていく夫と目が合い、悲鳴を上げる。
夫は亡くなる前、自殺をほのめかし、ハーパーに一生消えない傷を背負わせてやると告げていた。その言葉通り精神に深い傷を負ったハーパーは、ロンドンを離れ郊外の伝統的なカントリー・ハウスに一週間滞在して心を癒そうと考える。
家主ジェフリーに迎えられたハーパーは、彼にいささかの不信感を覚えたものの、屋敷の高級感のある落ち着いた雰囲気と緑に輝く自然の美しさにほっと一息つく。しかし、散歩に出かけた際、朽ちかけた家の前に全裸の男がたっているのが見え、あわてて屋敷に引き返す。
翌朝、昨日見かけた全裸の男が敷地内に侵入し、気が付けば閉まっていた筈のドアがあいている。恐怖にかられたハーパーはあわてて警察に通報。幸い早急に警察が対応してくれて男は逮捕された。
気分転換に街に出かけたハーパーは教会へと向かう。礼拝堂で彼女は夫のことを想い出し思わず声をあげていた。
そんな彼女に声をかけて来たのは神父だった。気を許したハーパーは夫とのことを話し始めるが、神父は「男が女を殴ることはよくあること。あなたは彼に謝る機会を与えましたか?」と執拗に尋ね、ハーパーに責任があると言わんばかりだ。
不愉快な気分のままバーを尋ねたハーパーは、そこでジェフリーに出会う。そこに昼間世話になった警官がやって来た。男を釈放したと聞かされハーパーは耳を疑う。警官は「あいつは害がない」と繰り返すが、全裸で家に侵入した男がこうも簡単に釈放されるなんて到底理解できることではない。
何も注文せず、不機嫌そうに立ち去るハーパーを男たちは苦々しげに見送っていた。
屋敷に戻ったハーパーはロンドンにいる友人に連絡を取り、こちらに来てから起こったことを報告する。友人が自分もそちらに行くから場所を教えてほしいと言うので住所を伝えようとすると、電波の調子が悪くなりうまく伝えられない。
その時、電話がなり、出ると「居場所はわかっている。クソ女め」という男の声が聞こえた。ハーパーが窓を見やると、バーで会った警官が敷地内に立っているのが見えた。
不信に思って立ち上がった瞬間、電気が消え真っ暗になる。誰かが家に入ってこようとしている。あわててドアを閉めた瞬間、ガラスの割れる音が響きハーパーは悲鳴を上げた。
しかし、それはまだこの夜に起こる事柄の序章に過ぎなかった・・・。
映画『MEN 同じ顔の男たち』感想と評価
オレンジに染まった部屋の中にたたずむ女性。彼女の顔には血がこびりついている。彼女が窓をみやると窓の向こうに落下していく夫の姿が見え、ふたりの視線が一瞬合わさる。なんともショッキングなオープニングだ。
大きな心の傷を負った女性は、気分転換にイギリスの田舎へと車で向かう。この女性、ハーパーに扮しているのが、ジェシー・バックリーだ。この光景は彼女が出演したチャーリー・カウフマンのNetflix映画『もう終わりにしよう。』(2020)を思い出させる。
『もう終わりにしよう。』は、恋人の両親に会うために恋人と共に車で目的地に向かっていたジェシー・バックリー扮する女性が車中から見た風景に妙な違和感を持ったことを皮切りに、不穏で奇怪な迷宮へと突入していく。
『MEN 同じ顔の男たち』もまた、ヒロインが望んだ穏やかなカントリーライフは、思いもよらない不快で陰惨なものへと変容していく。
彼女の休暇を台無しにするのが、町の男たちだ。家主ジェフリーをはじめ、男たちは彼女がまずひとりでこの町にやって来たことが気に入らない。夫という同伴者なしに町の生活を満喫するとは何事かと言わんばかりだ。
肩書に安心させてセクハラ行為をする神父、全裸で屋敷の周囲をうろつく男、その男を自己基準で勝手に解放してしまう警官、攻撃的な仮面の少年・・・。
特に神父が彼女に取る態度は、被害者である女性に「あなたにも非があった」と告げる二次加害であり、彼はまた、男性から女性への暴力はしばしばあるものだと平然と述べ、ハーパーの心を凍りつかせる。
この男たちを、ロリー・キニアが1人で演じているのが本作の最大のポイントだろう。「男が皆、同じ顔をしている」ということが、心の奥底に女性への差別意識という悪意を持つ男性のステレオタイプを表しているのは明白だ。
ただ、実際のところ、ぱっと見ただけでは男たちは同じ顔に見えないし、ハーパーもそのことに気がついていないようにも見える。だが、男性キャラクターの姿は、ハーパーの目を通して見えたものであり、不信と恐怖のもと、彼女にとって彼らがひどく似通っている、区別のつかない存在であることは確かだ。
日本語タイトルに「同じ顔の男たち」と記されているようにこの言葉があまりにも先行しすぎた嫌いがある。エンドクレジットを観て初めてあの男たちをひとりの俳優が演じ分けていたことを知って驚き、道理で皆、似ていたはずだと感じる方が、本作の深層に迫ることができたのではないだろうか。
ともあれ、こうした出来事が、圧倒的な映像美の中に描かれていくのが本作の最大の特徴だ。ロブ・ハーディのカメラによる美しく輝く緑の光景の数々、林檎の実が一斉に落ちるシーンのおとぎ話のような色彩の鮮やかさ、壮大な宇宙を感じさせる恐怖の中の静寂な一瞬、さらに、問題のクライマックスの異常な光景も含め、本作自体がまるでアート作品のようだ。
勿論、ホラーとしても極めて恐ろしい。美しい森のトンネルの向こうにふいに現れた男の影が急にこちらに向かって走ってくるシーンなど直に恐怖が伝わってくる。田舎の偏屈な人間と閉ざされた空間で起こるフォークロア・ホラーでもある本作は、クライマックスでは未だかつて観たことのない得体の知れないボディー・ホラーとなり、観る者を震撼させ惑わせる。
前半はじわじわとハーパーが追い詰められていき彼女が悲鳴を上げるシーンが目立つが、面白いのは、次第に悲鳴が減っていき、諦めの境地なのか、呆れ返ってしまったのか、彼女が無気力にも見える観察者になっていくことだ。
自殺した夫からかけられた“呪い”が、眼の前で加熱していく展開とは裏腹に、効力を失っていったのかもしれない。
ハーパーが敷地内の木からリンゴを摘み取り食べる行為は、明らかにエデンの園での「禁断の果実」を示唆している。
また、女性の外陰部を表した裸体の彫刻シーラ・ナ・ギグや、中世ヨーロッパの美術に現れる葉で覆われた人頭像グリーンマンなどが何度も画面に登場し、歴史と宗教の観点から男性と女性というふたつの性を浮き彫りにする。
しかし、もはやこの作品の男女間には大きな、絶望的な断絶がある。
死んだ夫の口から思いがけず飛び出す「愛」という言葉は、女性にとって到底認められない嘲笑に値するもので、最早、彼女が握り続けていた斧がようやく出番となることを意味するだけなのだ。