円山雅也の小説『遭難・ある夫婦の場合』(文芸春秋、昭和36年7月号掲載)を井手雅人が脚色。
北穂高の岩壁での登山事故をきっかけに展開する裁判劇を通じて、被告である女性の愛、罪、モラルの複雑さなどが緻密に描き出される。
若尾文子と増村保造監督は20作以上でタッグを組み、『青空娘』(1957年)、『赤い天使』(1966年)、『刺青』(1966年)、『卍』(1964年)など多くの名作を生み出した。『妻は告白する』は、若尾の演技力が開花した作品として知られている。
全国順次開催中の「若尾文子映画祭Side.A & Side.B」では4Kデジタル修復版が上映。
目次
映画『妻は告白する』作品情報

1961年製作/91分/日本映画(大映)
監督:増村保造 脚色:井手雅人 原作:円山雅也 企画:土井逸雄 撮影:小林節雄 美術:渡辺竹三郎 音楽:北村和夫 録音:長谷川光雄 照明:渡辺長治 スチル:藤森良民
出演:若尾文子、川口浩、小沢栄太郎、馬渕晴子、根上淳、高松英郎、大山健二、小山内淳、村田扶実子、此木透、夏木章、酒井三郎、新宮信子、仲村隆、武江義雄、佐藤八郎、大川修、飛田喜佐夫、森矢雄二、中田勉、谷謙一、山中和子、杉森麒、原田弦、網中一郎
映画『妻は告白する』あらすじ
大学助教授の滝川亮吉(小沢栄太郎)、その妻・彩子(若尾文子)、若い男・幸田修(川口浩)の3人は北穂高で登山中、遭難してしまう。
岸壁で亮吉が足を滑らせ転落。ザイルで繋がれた彩子も宙吊りになり、最後尾の幸田が2人を支えていたが、それも限界に来ていた。彼の手のひらから血が流れ、彼は何度も悲鳴をあげた。彩子はナイフを取り出し、自分と夫を繋ぐザイルを切断。亮吉は転落死し、彩子と幸田だけが助かった。
この事故は法廷に持ち込まれ、彩子の行為が「殺人」か「自己防衛のための緊急避難」かが争点となる。裁判を通じて、彩子の不幸な生い立ちや、屈辱的な結婚生活、幸田と情が通じていたこと、夫にかけられた500万円の保険金などが明らかになる。
彩子の行動は愛する幸田を救うためだったのか、夫に対して明らかな殺意があったのか。ついに判決が言い渡されるが、事態は意外な方向へと向かう・・・。
映画『妻は告白する』感想と評価

(ネタバレしています。ご注意ください)
画面左半分に男の顔のアップ、男の顔の横には「東京地検」の表札が見えるが、「検」の部分は切れている。男、カメラを持ち出し、対象に向かって、90度ぐるりと廻る。周りには似たような連中が集まり、車から降りて来たひとりの和服姿の女を取り囲む。彼らはセンセーショナルな事件の取材に来たジャーナリストたちだ。
女は若尾文子で、鞄で顔を隠して急ぎ足で裁判所の廊下を移動していく。夫婦ともう一人の3人のパーティーで登山中に遭難し、夫のザイルを切って転落死させたことで彼女は殺人罪に問われているのだ。法廷の光景に、タイトルが出て、席につく裁判官、続いて被告席と傍聴席(川口浩の姿が見える)を映し出し、テンポよく裁判シーンへと雪崩れ込んでいく。
検事に高松英郎、弁護士に根上淳。法廷ものとしてみれば、こんな質問や追及を弁護士が止めないわけがないだとか、いろんな点で突っ込みどころ満載なのだが、ここでは、法廷劇の形をとりながら、一人の女の不幸な人生と、出てくる人物たちの因果関係を巧みに説明しているのである。折々にはさまれる、遭難で3人がザイルで宙吊りになる光景など、いったいどうやって撮ったのだろう。
この作品の見所は寧ろ法廷以外での若尾文子ということになるだろう。夫のもとに出入りしていた製薬会社勤務の若い男、川口浩のもとにやってきては、彼の手を握り締め、彼への想いを口にする。人々の好奇の目にさらされ、顔を隠しながらも、そうせずにはいられない。悲劇のヒロインのように見えて、妙に落ち着いたようにも見え、なんだか得体の知れぬ怖さを感じさせる。
それが頂点に達するのは、雨でずぶぬれになって半分鞄で顔を隠すようにしながら、川口の会社に黒い和服姿で現れたときである。これまで薄々感づいてはいたが、やはりそうだったのね、といいたくなるようなホラーな存在として、我々を震え上がらせるのだ(子どものときに観ていたらきっとトラウマに)。それは妖艶だとか、情念というような言葉ではとても形容できないものだ。会社の他の社員たちも明らかにそんな眼で彼女を見ている。
失意の中、階段をよろめいて降りていく若尾の姿なぞ、黒沢清作品に出てくる人間と非なる者=幽霊を彷彿させる。正直、こっちのほうが幽霊よりよっぽど怖い。
さらに驚くべきなのは、川口から連絡を受けて会社にやって来た元婚約者の馬渕晴子が、川口に向かって「貴方は誰も愛さなかった。奥さんも私も。本当に人を愛したのは奥さんだけよ」と責め立てるシーンだ。川口は、若尾が本当は殺意を持って夫を殺したという告白を受け、その事実を許せず、正義を通しているわけなのだが、ここで彼が責められることで、その善悪の価値基準が完全に逆転してしまうのだ。いわば、殺人という罪への倫理観などは姿を消してしまい、誠実で正義感の強い好青年としての川口の存在が、誠実さだけをよりどころにしたちっぽけなつまらないものに成り下がってしまうのだ。
ラストは服毒死した若尾文子の横たわった姿がシルエットになって、背後のカーテンの白さとあいまって、まるで影絵のように見えるのだが、夫の小沢栄太郎がバーで同僚と話す際に顔に照らされるライトや、若尾が、家の廊下で川口に電話する際の、廊下の暗さと太陽のあたる白いカーテンの対比などモノクロの映像の陰影の妙が同時に思い出される。まさに光と影の饗宴に感嘆する91分でもある。
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