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【大映4K映画祭】『しとやかな獣』あらすじ・感想/川島雄三が描く団地映画の最高峰

大映4K映画祭」が全国の映画館で順次開催されている。

その中から今回は1962年の作品『しとやかな獣』を取り上げたい。

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映画『しとやかな獣』は、『幕末太陽傳』(1957)などで知られる川島雄三監督の代表作のひとつ。

 

団地の一室を舞台に、エゴイスティックな元軍人一家と癖のある関係者たちがおりなすブラック・コメディーだ。

 

『女は二度生まれる』(1961)、『雁の寺』(1962)に続いて川島監督とタッグを組んだ若尾文子がドライな悪女に扮している。  

 

目次

映画『しとやかな獣』作品情報

1962年製作/96分/日本・大映

監督:川島雄三 原作・脚本:新藤兼人 撮影:宗川信夫 美術:柴田篤二 音楽:池野成 録音:西井憲一 照明:伊藤幸夫

出演:若尾文子伊藤雄之助山岡久乃、川畑愛光、浜田ゆう子、高松英郎小沢昭一船越英二山茶花究ミヤコ蝶々

 

映画『しとやかな獣』あらすじと感想

(※結末に触れています。ご注意ください)

(C)KADOKAWA1962

舞台は二部屋しかない公団住宅。ほぼその室内で物語が展開するので、舞台劇の映画化かと思えば、逆で、のちに舞台化されたとのこと。原作・脚本は新藤兼人

 

公団住宅のバルコニー越しに、夫婦が家具を移動させている場面から映画は始まる。来客にあわせて、部屋を綺麗にしているのかと思えば、部屋を貧相にしているらしい。

貧乏に見える服に着替え、来客を待つ夫婦。階段を上がってくる男、タオルで顔を拭いている。続いてあがってくるのは、金髪の男、そして若い女

この金髪の男はジャズシンガーのピノサクという日本人で(なんじゃそりゃ?)、演じているのは小沢昭一。バルコニーに出て歌いながら、この男、四六時中うがいをしている。最後についてくる女が若尾文子で、この場面ではほとんど背中しか見せない。

飛行機、船、電車の音などが、常に響いている。飛行機の爆音がして、父親(伊藤雄之助)が空をみあげると、行く筋もの飛行機雲ができているのが見える。

 

父は元海軍中佐だが、自分で金を稼ぐ力はゼロ。芸能プロダクションに勤めている息子(川畑愛光)は会社の金を横領しているのだが、それは両親公認であり、娘(浜田ゆう子)は作家の妾で家族はその作家から金を借りまくり贅沢な暮らしをしている。

母親を演じているのは、山岡久乃で、旧き良き時代の母親然として、ほのぼのホームドラマを気取っているようだが、父親と同じ穴のムジナである。

そもそもこの公団も、作家が娘に買ってやったものなのに、ぞろぞろ家族が入り込んで居座ったものだという。

母親は父と息子が話しているときは、ひたすらコーヒーを飲んでおり、メロンを黙々と食べている。それは全く映画に参加していないようにさえ見える。  

 

蕎麦を用意する母、靴を磨く息子、コーヒーを淹れている(サイフォン式だ!)父、入浴する娘。双眼鏡を覗く父。そこに作家の先生(山茶花究)がやってきて、息子の行動を注意していくが、娘は隠れたまま姿をみせない。先生が帰ると、途端に皆で蕎麦を食べ始める。

息子はテレビをつけ、ゴーゴーを踊る若者が映る画面にあわせて踊りだす。姉も加わって、狂ったように踊る。音楽は、テレビの音ではなく、歌舞伎調の音がけたたましく響き、夕焼けに染まる空を背景に激しく踊り狂う子供たちと、黙々と蕎麦を食べる両親が対比される。

 

ドアをノックするもの。覗き窓を開けると、にっこり微笑む若尾文子がいる。彼女はここの息子が横領していた分を身体と引き換えに貢がせており、旅館を経営する準備ができたので、もう逢うのはやめましょうと言いに来たのである。その修羅場を、母と姉が隠れて見ているのだが、その雰囲気は完全に「のぞき」である。

若尾文子が真っ白い階段を上ってくるシーン。「早く旅館を開かなくちゃ」「夢を見ないでぐっすり寝てやろう」彼女の心情が吐露されていく。この白い階段は以後も何度か登場する。

 

若尾の目のアップ。台風が来るかのような空模様に、洗濯物が揺れるバルコニー。若尾と社長と息子の三者対談でも、ゆるぎない若尾の態度。

若尾が帰ったあとの息子と社長の間に陣取って我々に背中を向けて座っている両親。社長は靴を片方履き間違え、また戻ってくる。「気付きませんですみません」なんてシャーシャー言っている母親。

そこへ作家の先生がやってきて、あわてて持て成そうとするも、ルノアールの絵を取りに来ただけだった。しかし、その絵が偽者だってことは母にはもうちゃんとお見通し。

 

被害をこうむったと芸能プロダクションが怒鳴り込んできても、作家が金のことで文句を言いにきても、のらりくらりとかわし、下手に出てるかと思えば、いきなり居直って、かと思えば慇懃無礼にすっとぼけて、言い逃れしまくる両親のずうずうしさが凄まじい。まさにペテン師一家と呼ぶのがふさわしいだろう。

父親役の伊藤雄之助は理路整然としゃべりまくり、息子やプロダクションの社長はどなりまくり、終始、誰かが喋り続けているのだが、ふっと皆が固まる瞬間があり、そこには目には見えないが、なんとも言えない重いものが漂っている。

 

そんな家庭の様子を超ローアングルに撮ったり、真上から見下ろしたりする立体的カメラワークは実に見事だが、これが正月映画だったなんて、そりゃこけるわ…

川島雄三は興行的に失敗したことに対して「興行成績は、正月一週の作品としては、最下位だったと思います。自分の仕事だからいうのじゃありませんが、これが売れると、日本映画もいいと思っていたんですが。これでは、営業的に挫折感をもたざるを得ません。私が反省する前に、日本映画界も、もう少し反省するところがあっていいのではないかと思います。」と述べている。*1

 

やめさせられた税務署の男(船越英二)が訪ねてくる。彼は家を出たあと、階下に下りず、上っていく。

彼が転落するシーンがくるのではないか、と、どきどきするが、観ている者をはぐらかすかのように、雨が振り出し、バルコニーの窓をしめて、各々が本を読んだり、洗濯物をたたんだりという何気ない日常だけを映していく。  

 

そんな中、カメラは部屋を出て、屋上でうずくまっている税理士をとらえる。雨の中、ころがった傘と鞄のショット。救急車のサイレンが聞こえ、「なにかあったんだろうか」とバルコニーに出る母親。そして、なんとも言えない表情をして振り返る。

空き地の有刺鉄線から遠くに見える公団をとらえるショットで映画は終わる。

 

高度経済成長真っ只中の日本社会の歪みを団地という新しい居住空間を通して描いた、なんとも凄まじいブラックユーモアに満ち溢れた一編だ。

 

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*1:川島雄三 乱調の美学』ワイズ出版より