デイリー・シネマ

映画&海外ドラマのニュースと良質なレビューをお届けします

【大映4K映画祭】映画『近松物語』あらすじ・感想/溝口健二による道ならぬ恋の美学

大映4K映画祭」が全国の映画館で順次開催される。

youtu.be

その中から今回は溝口健二の1954年の作品近松物語』を取り上げたい。

原作は近松門左衛門の“姦通もの”の人形浄瑠璃「大経師昔暦」。川口松太郎が劇化したものを、依田義賢が脚本に仕上げた。

スターらしい男性スターを起用するのを避けていたとされる溝口が長谷川一夫を起用したのは、大映社長の永田雅一の強い要請によるものだという。長谷川は厳しい演出に応える名演を見せた。

ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を獲得した溝口の1954年の作品『山椒魚』に出演した香川京子が京都の大店を営む大経師の若妻を演じ、腕利きの経師職人との道ならぬ恋が描かれる。  

 

目次

映画『近松物語』作品情報

1954年/日本映画(大映京都)/102分/モノクロ

監督:溝口健二 脚本:依田義賢 撮影:宮川一夫 美術:水谷浩 音楽:早坂文雄 編集:菅沼完二

出演:長谷川一夫香川京子進藤英太郎、小沢栄、南田洋子田中春男浪花千栄子、菅井一郎、石黒達也、水野浩、十朱久雄、葛木香一。荒木忍

映画『近松物語』あらすじ

京の烏丸四条にある大経師内匠は宮中の経巻表装を扱かっており、町人の身分を超えた権力を持っていた。

 

当代の以春は若い後妻のおさんがありながら、女中のお玉にもちょっかいを出す不遜な男であった。

 

職人たちがあくせく仕事をしている中、手代の茂兵衛は風邪をひき臥せっていた。

しかし腕のいい彼を指名する客が多く、ゆっくり休んでいる暇もない。

 

そんな中、おさんのもとに兄の道喜がやってくる。兄は借金をこしらえていて、以春に金を貸してくれるよう、おさんから頼んでもらえないかと言う。

 

金に細かい以春が承知するわけもなく、困り果てたおさんは、茂兵衛に相談する。

 

おかみさんの役にたちたいと茂兵衛は金を工面しようとするが、それが主人にばれ、お玉がかばったことが逆効果になり、以春は茂兵衛を屋根裏に閉じ込めてしまう。

 

一方、お玉に理由を話しに行ったおさんは、お玉と夫の関係を知ってしまう。

 

茂兵衛はすきを見て屋根裏から逃げ出し、店を出ていこうとするが、おさんと二人でいるところを目撃され、不義の疑いをかけられる。  

 

出ていくしかなくなった二人は湖で死のうとするが、茂兵衛の「これまでお慕いしておりました」という言葉におさんは生きる糧をみつける。

 

誤解から生じた駆け落ちは、本当の愛する男女の駆け落ちに代わり、道ならぬ恋の顛末が語られていく。

映画『近松物語』感想と評価

(C)KADOKAWA 1954

(結末に触れています。ご注意ください)

茂兵衛(長谷川一夫)、おさん (香川京子)の二人が堕ちていく様のあれよあれよな展開に愕然とせずにはおれない。

 

数日前には病気で寝込んでいた優秀な職人である茂兵衛が、あるいは、不義密通で囚われた男女に対して「あのような醜態を晒すなら死んだ方がまし」と思っていたおさんがこのような運命をたどることになろうとは。

 

西鶴一代女』とも通じる坂を転がるような転落ぶりは、不器用な人物ならではの要領の悪さが原因の一つでもあり、そんなところでのんびりしゃべっていたら誤解されてしまうじゃないか、と観ていてはらはらさせられたりもするのだが、転落を運命づけられた二人にはやることなすことがその道へ通じるだけなのである。

強引なまでの負のエネルギー、あるいは転落への重力が画面を覆っているのだ。

 

二人の逃避行の始まりである夜のシーンの美しさ。暗がりの中、背後の民家の窓一つだけに灯りが灯っている。水辺でおさんをかついでいる茂兵衛の姿。川の水面をカメラが映して進んでいく。

ひなびた宿に泊まるも、抜けだして川に舟を出す。引きの画面から一転、舟の後方からゆっくり進んで行く様を撮る。死を覚悟した二人(特に香川は初めから死を覚悟して飛び出してきている)。

長谷川は香川の足をしばって、今だから言うが、ずっとお慕いしておりましたとその足にすがる。すると、香川は今の言葉を聞いて死ねなくなった、と言い、二人は抱き合う。

その時の舟は船先が画面の左上にきており、船尾は右下。その角度といい、微妙にねじれたような形として画面に刻まれている。死への直下を寸前で止めたいびつな形として。

 

ここからは二人の愛の逃避行となる。

足をくじいた香川を老婆にあずけて姿を消そうとした長谷川。「お連れさんは?」と老婆に聞かれて坂を転がるように降り「茂兵衛!」と叫び続ける香川の姿。

長谷川の父親にかくまわれて安心しきって眠っている姿(父親は長谷川のことをよく理解しており、多くを聞かない。今できることだけをやる彼のシンプルさに嘆息する)、香川の実家にやってきた長谷川が、家の角についっとはいっていく行為などなど全てに固唾を飲みながらも魅せられてしまう。

 

結局二人は捕えられ、物語前半に出てきた不義密通の男女と同じ扱いを受けるのだが、かつての奉公人が「奥様のあのような幸せなお顔は観たことがない」と呟くのである。

 

こうして感想を述べていると、どうしても後半の二人の逃避行のみに触れがちだが、ほぼ前半を閉める大経師邸宅の圧倒的存在も忘れるわけにはいかない。

暖簾をくぐり入ってきた客を追うように、店先の繁盛ぶりを移動撮影によってとらえている。女たちが画面手前で食事の支度をしている際に、後ろには忙しそうにばたばたと掃除している女たちの姿が見え、そこから、お玉役の南田洋子が二階に上がっていく。高さと奥域が一つの画面で同時に現わされる見事さ!  

 

また、茂兵衛が囚われている部屋の空間も忘れがたい。縦に長く、上部に藁がひかれたような敷居がもうけてある。見張りの子どもたちが居眠りしたすきに彼はそこを抜け出すのである。

歌舞伎の下座音楽の楽器を使った早坂文雄の音楽の使い方も見事としか言いようがない。

www.chorioka.com

www.chorioka.com

 

www.chorioka.com