中国映画の第六世代を代表するロウ・イエ監督が、2013年に広州市で実際に起きた騒乱を発端に、時代の波に吞み込まれ翻弄される人々を描いたネオノワール・サスペンス『シャドウプレイ【完全版】』。
中国本土のみならず、香港、台湾を舞台に、ある殺人事件を追う若き刑事は不動産バブルの影に隠れた複雑な人間関係に巻き込まれていく。
人気俳優、ジン・ボーランが刑事に扮しているのをはじめ、ロウ・イエ組常連のチン・ハオや、『SHOCK WAVE ショック・ウェイブ 爆弾処理班』のソン・ジア、『ソウル・メイト 七月と安生』のマー・スーチュン、台湾映画『あの頃、君を追いかけた』のミッシェル・チェン等、豪華メンバーが顔を揃えている。
本作は中国当局の検閲により繰り返し修正を迫られた。今回(2023年)公開される【完全版】には、カットせざるを得なかった香港の人気俳優エディソン・チャンの出演シーンも含まれている。
目次
映画『シャドウプレイ【完全版】』作品情報
2018年製作/129分/中国 原題:風中有朶雨做的云 The Shadow Play
監督:ロウ・イエ 脚本:メイ・フォン、チウ・ユージェ、マー・インリー 撮影:ジェイク・ポロック 録音:フー・カン 編集:ジュー・リン 美術:ジョン・チョン 衣装:マイ・リンリン ヘアメイク:ジョー・イエン 音楽:ヨハン・ヨハンソン、ヨナス・コルストロプ
出演:ジン・ポーラン、ソン・ジア、チン・ハオ、マー・スーチュン、チャン・ソンウェン、ミシェル・チェン、エディソン・チャン
映画『シャドウプレイ【完全版】』あらすじ
2013年、広州の再開発地区で、立ち退きの賠償問題が解決していないのにも関わらず取り壊しが強行されたために、住民による暴動が勃発する。
警官が出動し、住民たちとの衝突が激しくなる中、開発責任者のタンが現場に到着した。
自分もこの地区の出身だと呼びかけ、住民たちを説得しようと試みるが暴徒に襲われそうになりあわててその場を逃れることに。
若手刑事のヤンたちはタンを安全な場所に誘導するが、タンは秘書と一緒に屋上に出ていき、秘書と離れたわずかな隙にそこから転落死する。
タンと組んで開発事業を取り行っていたのは、ジャン・ツーチョンが運営する紫金(ツージン)不動産だ。ジャンはタンから多大な恩恵を受けておりタンが死ねば不利益を被ることから警察は彼を容疑者ではないと判断する。
夫が亡くなったと報せを受け、妻のリン・ホイと娘のヌオが駆け付けた。妻は亡き夫を見た途端、泣き崩れる。
タンとジャンとリンは24年前に出会った。リンは恋多き女として知られ、当時、ジャンと付き合っていたが、ジャンが既婚者であったために別れてジャンの友人のタンと付き合い始めた。
ふたりはめでたく結婚。タンは官僚の父の恩恵を受けて役人として出世し、二人の間には娘が生まれた。
しかしやがてタンはリンに暴力を振るい始める。自分が傷つけたにも関わらずリンが精神を患っていると主張して無理やり精神科の施設に収容させてしまう。
ジャンは台湾で暮らしていた時に、台北のクラブでホステスをしていたリエン・アユンと出逢う。
2人で起業した会社が成功し、ジャンは一躍金持ちになり、紫金不動産の責任者として活躍を始めた。リエン・アユンも彼の片腕としてキャリアを築いていく。
リンが病院を退院する際は、タンだけでなく、ジャンとリエン・アユンも彼女を迎えにやって来た。
ジャンはヌオが香港に留学する際にも金銭的に援助し、彼らの友情は深まっていった。
すべてがうまく回り始めたように見えたが、ある日突然アユンが姿を消してしまう。
ヤンはタンとジャンのことを調べ上げ、ジャンがアユンの失踪とタンの殺害に絡んでいるのではないかと疑念を抱く。
タンはリンに会って話を聞き出そうとするが、リンに誘惑されてしまう。
その翌日、SNSで2人の写真が拡散され、マスコミもセックススキャンダルと2人の関係を大々的に報道。
ヤンは最初から罠にかけるつもりだったなとリンを問い詰めるが、彼女は認めようとしない。そんな折、タンの秘書から連絡が入る。
一緒に屋上に出たとき、失踪したリエン・アユンの姿を見たというのだ。
ヤンは秘書と会う約束をするが、待ち合わせ場所に着くと秘書は殺されていた。
ヤンは秘書殺しの容疑者として追われる身となってしまう。
映画『シャドウプレイ【完全版】』感想と評価
逢瀬の場所を探して人気のない河川敷に入り込んだ男女が偶然死体を見つけて走って逃げるオープニングのあと、ドローンを使った広州の街の空撮へと続く。荒れて古ぼけたビル群が見えて来たと思ったら、さらに高い高層ビルがその区域を取り囲むように立ち並んでいるのが見えてくる。
中国経済の著しい発展からその一角だけがすっぽり取り残されているその衝撃的なショットにうろたえている暇もなく、バスケットコートの隅で幼い子供たちとサッカーをしていた少年が別の少年に声をかけられ、一人は右へ、一人は左へ駆けていくのが見える。
連絡を受けた少年たちがあちらからもこちらからも現れ、彼らの住居を壊そうとしている開発業者と衝突するその一連の動きはNetflix映画『アテナ』(2022)や『レ・ミゼラブル』(2019)などの怒りに満ちたフランス団地映画を彷彿させる
この一角は広州市・天河区の「都会の村」と呼ばれる場所で本作が撮影された2016年には実在していた。
2013年4月14日、再開発による立ち退きと賠償金問題に端を発し、取り壊しを強行しようとする再開発業者と住民が衝突。
その現実にあった暴動が再現される中、物語は市の開発担当の責任者であるタン(チャン・ソンウェン)の転落死を告げ、進んでいく。
ジン・ボーラン扮する若い刑事が事件の真相を追う過程で浮かび上がってくるのは死んだ男・タンとその妻リン(ソン・ジア)、二人の共通の友人ジャン(チン・ハオ)との深い繋がりだ。
彼ら3人の出逢いは天安門事件の起こった1989年に遡る。彼らが共に歩んできた24年間という時間を映画は自在に横断し、中国本土、香港、台湾を軽々と越境して見せる。
数十年もの時間と空間を語る作品にも関わらず、上映時間は129分に収められている。もちろん、中国当局から厳しい検閲を受け、削除を求められたシーンが多数あったことも影響しているのかもしれないが、ロウ・イエ監督作品に顕著な手持ちカメラを使った大体な演出と時空をシャッフルするような構成によって、人々の濃密な人生が、スリリングに猛スピードで駆け抜けていくかのように描かれていく。
それは中国の経済成長の劇的なまでのスピード感を現しているようにも見える。実際、タンやジャン、リンたちが歩んできた時代は中国の経済発展の歴史と重なるのだ。
ロウ・イエの過去の作品や、同じく中国映画の第六世代であるジャ・ジャンクーやディアオ・イーナン等の作品、またもう少し若い世代のフー・ボーやビー・ガン等の優れた作品の多くは、中国が改革開放路線へと舵を切り、経済成長を遂げ大きく変容していく中で、時代の流れから取り残されてしまった人々を描いてきた。
だが、本作では富と地位を獲得し、利権を独占する不動産バブルの渦中にいる人物に焦点をあてている。彼らは中国の富裕層を象徴する存在として登場するのだ。
彼らは拝金主義の狂乱の日々を過ごし、やがて破滅する。男は女に暴力をふるい傷つけ、かつてはあったはずの友情も、愛も失ってしまう。
さらに3人の所業は、彼ら自身だけではなく、世代を超えて影響を及ぼし負の遺産を分け与えてしまう。
中国社会がその繁栄の中で何か大切なものを失っていく様が3人の男女の関係に重ねて描かれている。
本作は中国当局から厳しい検閲があったというが、検閲との戦いがあることがわかっていて、そこから逃げる道を考えるのではなく描くべきことを真っ直ぐ貫くロウ・イエの姿勢には深い感銘を受ける。
ロウ・イエは狂おしいまでの愛と孤独を描いて来た作家だが、その観点からみると、本作における男女の愛憎劇はいささか通俗的で安易なメロドラマ然としている。
だが、劇中、ひどく印象に残る「仕草」が登場する。リンが精神科の介護施設から退院し、迎えに来たジャンのロールスロイスに乗り込む場面、後部座席にリンを真ん中にして左右にタンとジャンが座っている。
夫を憎んでいるはずのリンがどのような態度を見せるのか、固唾をのんで見守っていると、彼女は突然、二人の男の肩に腕を回すのだ。
同じように肩に腕を回す三人のショットは、もう一度、重要なシーンで繰り返される。
それは一見、互いの利益を守るためだけに行われる打算に満ちた虚偽の仕草のようにも思えるが、実際のところはどうだったのか。
かつては確かにあった3人の愛と友情はとっくに消えてしまったのだろうか、それともまだ引き続き残っていたのか。
いずれにしてもこの男性2人、女性1人の複雑で一筋縄でいかない関係は、これまで映画というものが好んで描いてきた世界である。様々な名作のワンシーンが頭を過る。
それらと同様に、本作で描かれる、世間の常識や理屈では到底測れない、3人の男女の奇妙な愛憎の仕草は、確実に観る者を魅了し、虜にしてしまう類のものだ。