デイリー・シネマ

映画&海外ドラマのニュースと良質なレビューをお届けします

映画『海街奇譚』あらすじ・感想/夢と現実が混濁する世界をスリラータッチで綴った中国新世代チャン・チー監督の鮮烈なデビュー作

姿を消した妻を探しに、彼女の故郷である離島の港町を訪れた男は数々の不思議な事件に遭遇する ―。

 

映画『海街奇譚』は中国の新世代監督チャン・チー長編映画デビュー作であり、卓越した映像感覚と比類なきイマジネーションが炸裂するアートサスペンスだ。

 

youtu.be

 

配役も独自の世界観を貫き、主演のチュー・ホンギャンは本業が機械技師という変わり種、その妻を演じたシューアン・リンは妻役以外にも2役を演じるなど、新鮮な魅力に満ちている。

 

本作は第41回モスクワ国際映画祭審査員特別賞(シルバー・ジョージ)と第18回イスタンブール国際インディペンデント映画祭批評家協会賞(メインコンペティション)を受賞するなど国際的に高く評価された。

 

このたび、映画『海街奇譚』の関西公開がスタート。2024年3月2日(土)よりシネ・ヌーヴォ、3月9日(土)よりシネマ神戸、3月15日(金)よりアップリンク京都にて公開される。

 

 

目次

映画『海街奇譚』作品情報

(C)Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

2019年製作/112分/中国映画/原題:海洋動物 In Search of Echo

監督:チャン・チー 脚本:チャン・チー、ウー・ビヨウ 撮影:ファン・イー アート・ディレクター:ポン・ボー 編集:シュウ・チャオ

出演:チュ・ホンギャン、シューアン・リン、ソン・ソン、ソン・ツェンリン  

 

映画『海街奇譚』あらすじ

(C)Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

とある離島にやってきた、売れない映画俳優のチュー。彼は妻の行方を捜すため、妻と出会ったこの島を訪れたのだ。

 

荒波が押し寄せる島の堤防ではカブトガニの面を装着した漁師の集団が怪しげな儀式をしていた。

 

漁師たちの守護仏であった町の仏像の頭が消えてしまい、町民たちが捜しているのだ。頭が消えたことで、海に出た者は戻ってこなくなってしまい、以来、漁師たちは漁に出ていない。

 

夕暮れ時。宿屋の女主人がチューに声をかける。部屋に落ち着いたチューは、旅の疲れを休めるように目を瞑る。女主人は身の上話を始める。かつて宿を切り盛りしていたのは双子の妹だったが、彼女は何年も前の8月5日に出て行ってしまったきり戻ってこないという。

 

島のダンスホール。妖艶なネオンが輝き、町民たちで店内は賑わっている。タバコをふかす店の女将を遠くから見つめるチュー。停電で客が帰って行き、チューは女将と二人きりになる。

女将は5年前、漁に出たきり戻ってこない夫の帰りを待ち続けていた。

 

過去の記憶。無機質な部屋に、チューと妻がいる。チューは妻の浮気を疑っている。

妻は本業の俳優業に向き合わず写真にのめり込むチューに苛立ちを隠せない。「大人になって現実を見てよ」

しかしチューは自分を裏切った妻の言うことに聞く耳を持たない。 やがて妻は別れを切り出す…。

 

夢と現、過去と現在を彷徨する迷宮に迷い込んだチューの辿り着く先はどこなのか…  

 

映画『海街奇譚』感想と解説

(C)Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

失踪した妻の行方を追って、彼女の故郷である辺境の離島を訪れた男。彼がかまえる二眼レフのカメラと同様、島自体もどこか懐かしい、レトロな雰囲気が漂っている。中国社会の繁栄からは遠く離れ、かつて賑わった時代の面影も最早ない、取り残された場所だ。

 

旅館のおかみは妹が失踪して戻らない話をし、少年は出て行った母に会いたがり、ダンスホールのオーナーは戻らない漁師の夫を待ち続けている。

島自体も漁業の守護仏の頭を失い、以来、海から誰も戻らず、新しく漁に出ることも出来なくなっている。ここでは誰もが何かを喪失している。

 

物語が進むにつれ、夢と現実は限りなく曖昧になっていき、男が売れない俳優で、「殺人鬼」を演じた作品が唯一の代表作であることからか、スリラーないしサスペンス映画の様相を呈していく。

 

現実か夢か映画か、ファンタジーとリアリズムが混濁し、カメラはしばしばガラス越しに風景を切り取って行く。太った女はクラゲが浮遊する水槽越しにカメラに収められ、少年は、水の入った瓶越しに世界を見つめる。四六時中、雨が降り、風が突然窓や扉を開け放つ。海のうなり、蒼く染まった世界。映画の原題の「海洋動物」とは、カブトガニをはじめとする海の生物を指すだけではない。島の人々自体が海に呑み込まれているかのように水に支配されていて、ここでは人間もまた「海洋動物」なのだ。

 

鯨のネオンが輝くダンスホールの魅惑的なプロダクション・デザインはもとより、テトラポットが作る風景と近代的なビルの幾何学的な模様の対比、船の中なのか、普通の家なのか判然としない丸窓の謎の存在などが、観る者の視覚を激しく刺激する。

 

その中から他者との関係のせめぎ合いや、自己の葛藤が浮かび上がって来る。新鋭チャン・チー監督が作りだす世界の全てが魅惑的だ。