デイリー・シネマ

映画&海外ドラマのニュースと良質なレビューをお届けします

映画『FEAST 狂宴』あらすじ・感想/ 一つの交通事故を背景に罪と赦しに迫るフィリピンの巨匠ブリランテ・メンドーサ監督の意欲作

『ローサは密告された』(2016)、『キナタイ マニラ・アンダーグラウンド』(2009)など、フィリピン社会の暗部をえぐり、たくましく生きる庶民の姿をリアルに描いて来たブリランテ・メンドーサ監督。

"ビッグ3"と呼ばれるカンヌ、ベルリン、ベネチアの国際映画祭の主要3部門すべてにノミネートされたフィリピンを代表する監督のひとりだ。

 

映画『FEAST 狂宴』では、交通事故を起こした息子の代わりに罪を背負う家族と、全てを失った貧しき被害者遺族の関係を描き、人はどう罪と向き合い、どう赦し、そして生き直せるのかを問うて新しい境地を開いた。

 

youtu.be

 

フィリピンの国民的人気ドラマ『プロビンシャノ』で主演を務め、国民的人気スターとなったココ・マーティンをはじめ、東南アジアで初の主演女優賞を獲得したジャクリン・ホセなど、フィリピンを代表する俳優陣が共演。また、東南アジアの色鮮やかな野菜や肉・魚を使ったフィリピンの郷土料理が沢山登場するのも見どころのひとつだ。

 

映画『FEAST 狂宴』は、2024年3月1日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿、シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、シネ・リーブル神戸、アップリンク京都他にて公開される。

 

 

目次

映画『FEAST 狂宴』作品情報

(C)CORYRIGHT 2022. ALL RIGHTS RESERVED.

2022年製作/104分/香港映画/タガログ語、パンパンガ語/シネスコ/原題:Apag(英題:FEAST)

監督・製作総指揮:ブリランテ・メンドーサ 製作:クリスマ・マクラン・ファジャード 脚本:アリアナ・マルティネス 撮影:ラップ・ラミレス 美術:ダンテ・メンドーサ 編集:イサベル・デノガ 音楽:ジェイク・アベラ

出演:ココ・マルティ、ジャクリン・ホセ、グラディス・レイエス、リト・ラピッド

2022年釜山国際映画祭アイコン部門、2022年ワルシャワ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門出品作品  

映画『FEAST 狂宴』あらすじ

(C)CORYRIGHT 2022. ALL RIGHTS RESERVED.

町の市場を経営し、家では多くの使用人を雇う裕福なトゥワソン一家。

父アルフレッドと母トゥワソンは、富をおもてなしに使い、特に家族のお祝い事には盛大な手料理でゲストをもてなしていた。息子ラファエルは、妻と一人息子と別居中で実家の家業を手伝っている。一方、道路や水道などインフラが整っていないエリアで暮らす貧しいマティアスの家族。しかし、マティアスの明るさで家族は笑顔が絶えない生活を送っていた。

 

ある日、市場からの帰り道、ラファエルが運転する車と、娘をサイドカーに乗せたマティアスのバイクが衝突事故を起こしてしまう。大破したバイクの脇で泣き叫ぶ娘と、血を流して動かないマティアス。アルフレッドは動転するラファエルを助手席に移動させ、とっさに運転席に座りその場から逃げる様に帰宅する。

 

やがてマティアスは家族が見守る中、搬入先の病院で死亡し、ラファエルの家には目撃者の証言から警察が来ることに。アルフレッドは将来ある息子の身代わりとなることを選び、収監されることになる。

 

自らが死亡事故を起こしたにも関わらず、真実を隠し続けるという罪の意識に苛まれるラファエル。一家を支えてきたトゥワソンは、貧しかった被害者家族の生活を支えるため、未亡人にさせてしまった相手の妻ニタを使用人として招くことにするが・・・。    

映画『FEAST 狂宴』感想と解説

(C)CORYRIGHT 2022. ALL RIGHTS RESERVED.

映画が始まって早々、私たちが目撃するのは、市場経営者の裕福な親子が交通事故を起こして、貧しい庶民である父娘が路上に放り出される場面だ。

 

父親のアルフレッドは、運転していた息子、ラファエルに変わってハンドルを握り、被害者の親子を置き去りにしてそのまま車を走らせる。「運転していたのはお前でなく俺だからな」と放心状態の息子に言い聞かせ、途中で洗車し、車を修理に出す。タクシーで家に戻り、妻と相談した彼は弁護士に会い、そこで初めて自分たちの罪が逃れられないほど大きなものであることに気づくことになる。

 

被害者の父娘のうち、女の子は無事だったが、父親は亡くなってしまう。アルフレッドは、息子の身代わりになって、裁判を受け、服役する決心をする。

 

映画は被害者側にも目を配りつつも、ほぼラファエルの家族を中心に展開する。ラファエルの母親が被害者の妻に示談を持ち掛け、「(夫は)悪い人じゃないのよ」と言うシーンがあるが、実際、彼らは悪人ではない。事業に成功しているが、金を積んで罪から逃れようとするような姑息な人物ではない。ひき逃げをしてしまったのも、息子が罪を問われることに動転して起こしたことで、決して根っからの悪人ではないのだ。しかし、どんなにいい人と評判であろうともふとした瞬間に意図せず罪を犯してしまう可能性があるのが人間であり、いつどこでつまずき、人生が変わってしまうのかは誰にもわからないのだ。

 

ブリランテ・メンドーサ監督は、彼らを通して、家族、人間の罪と正義、贖罪、犠牲の精神、罪悪感、赦しという複雑な命題に挑戦している。

 

ラファエルは事故を起こして相手を死に至らしめたことだけでなく、父親に罪をかぶってもらったという二つの事柄で悩むことになる。その上、被害者の遺族に本当のことを言えない罪悪感も抱えている。彼には愛らしい娘がいるが、妻とは離婚しているようで、複雑な関係が見え隠れする。

 

加害者家族は被害者遺族に自分たちのところで働かないかと誘い、遺族はそれを受け入れる。遺族の感情はほとんど描かれない。実際、どんなことを考えて、加害者家族と共に仕事をしているのか想像するしかない。

 

だが、不思議とその点に関して不満がわかないのは、カメラワークのなせる業だろう。手持ちカメラが、登場人物を撮る時、批評的な視線を対象に向けるのではなく、あたかもその人、その人の感情を知っていてそれを伝えるかのように捉えていく。友人の金婚式の祝いの宴でみせる主要人物三者の感情を長回しで捉えたシーンは特に素晴らしい。

 

人間が生きていく中で経験する複雑な問題をただ提示するだけでなく、一歩進んで解決の道を探る本作は、キリスト教信仰とメンドーサ監督自身のルーツであるフィリピン・パンパンガ州の伝統料理、カパンパンガン料理に赦しの祈りを込めている。