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三島有紀子監督インタビュー/映画『一月の声に歓びを刻め』/ “人生で何かが起こったときにこれからどう生きていくのか”を描く

三島有紀子監督 (C)デイリー・シネマ

『しあわせのパン』(2012)、『繕い裁つ人』(2015)、『幼な子われらに生まれ』(2017)、『Red』(2020)などの作品で知られる三島有紀子監督の十作目にあたる映画『一月の声に歓びを刻め』

 

北海道・洞爺湖、東京・⼋丈島、⼤阪・堂島という三つの異なる「島」を舞台に、それぞれ心に傷を抱えた人々の物語が交錯する。

 

カルーセル麻紀哀川翔前田敦子をはじめ、片岡礼子宇野祥平、松本妃代、原田龍二坂東龍汰等、錚々たるメンバーが顔を揃えた本作は、「⼼の傷と癒し」という難しいテーマにあえて挑み、⼼の中に⽣まれる葛藤や罪の意識を静かに深く⾒つめた作品に仕上がっている。

 

映画『一月の声に歓びを刻め』は2024年2月9日(金)よりテアトル新宿、シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、アップリンク京都、イオンシネマ大日、MOVIXあまがさき他にて全国ロードショー。

 

このたび、公開を記念して三島有紀子監督にインタビューを敢行。作品が生まれた経緯や、作品に込められた思いなど、様々なお話を伺った。  

 

目次

映画を作る人になりたいと思った瞬間

(C)bouquet garni films

──本作を制作されるに至った経緯をお聞ききしてもよろしいでしょうか。

 

三島有紀子監督(以下、三島): 6歳の時に見知らぬ男から性被害を受けまして自分が汚れてしまったように感じたんですね。当時はその肉体をこの世から消滅させたいという思いになったのですが、そんな時に映画を観るようになって、映画を一本観る度、次のあの作品を観るまでは「ま、いっか」と、それでいつの間にか「映画作りたい」と思うところまで来てました。

以前、大阪に大毎地下劇場という名画座がありまして、チャップリンやD・リーン、トリュフォー等の作品がかかっていたんですが、それらの作品を観ていると、人間の生命存在の美しさというか、生きると決めて前に進む姿の美しさは何者も汚すことは出来ない、もがきながら生きている姿が美しいんだということを感じました。

友達とCMのモノマネだったり、キャンディキャンディごっこだったり、映画のシーンを再現したりして遊んでる子供時代でしたが、自分を客観的に見てましたし、世界はモノクロで、映画だけがカラーになっていて、モノクロの映画もカラーで覚えていたくらいでした。映画の世界の方が鮮明だったんですね。で、10歳の時に、東映会館で『風と共に去りぬ』がリバイバルで上映されていたんです。お話がすごく好きだったかというとそうでもないのですが、ヴィヴィアン・リーが最初、真っ白の生地にグリーンの柄が入ったドレスを着て邸宅から出て来るんです。南北戦争や結婚離婚を経験し、最後、最愛の男性であるレッド・バトラーと別れるときに、真っ黒な衣装を身に着けていて、最後、シルエットで終わる。それを観たときに、あ、人間って汚れていいんだと感じたんですね。白が黒になる、いろんな色が混ざって黒になる、それが生きていくことなんだと感じて、エンドマークが出たときに映画を作る人になりたいなと思ったんです。そこから世界はカラフルな世界となったんです。

(C)bouquet garni films

三島:大阪出身なのですが、大阪では映画を撮ることがなかなか出来ずにいました。

そんな中、2022年に短編映画『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』を撮ることになるんです。コロナ禍になって企画していた商業映画が延期になったりする中、家族ぐるみで付き合っていた近所の「インペリアル」という洋食屋さんが閉店したことを知ったのが発端です。店は手放しても、私の幼馴染の二代目店主は毎日デミグラスソースを作り続けていると知って、また、その店が取り壊されると聞いて、これは映画にしなくてはと思って撮った作品です。

そのロケハンの時に、あるカフェに入ったんです。そこが6歳の時の犯行現場の近くだということはわかっていたのですが、前に建物があったので、その店からは見えないはずでした。ところがその建物が解体されていて、窓から現場が丸見えで思わず「あっ」と声をあげてしまったんです。この作品のプロデューサーをしてくださっている山嵜晋平さんが「どうしたん?」と驚かれたので、「実は」と話し始めたのですが、現場を見ながらなのに意外と普通に話しが出来て淡々としている自分がいました。

「何十年も経ってやっとこういう状況になれた、これは今、大阪・堂島で撮れっていうことなのかもしれない」という話を二人でしながら、じゃぁ、このテーマでやるのなら商業映画で企画を通すというよりも自主映画として自分たちの伝えたいことを素直に伝えようと、自分たちでお金を集め始めて制作したのがこの作品です。

 

──今、何十年も経ってようやくとおっしゃっていましたが、本作のどの章も、時間の重みが感じられる作品になっています。

 

三島: 「その時」を描くというのが一番ドラマチックであるとは思うのですが、興味があるのは、その後なんですよね。事象そのものよりもその後にまるごと抱えて生きている時間。何かが起こったあとにも、人生は続くんです。そして、これからどう生きていくのかということが一番大事だと思ったので、時間が経った中で、かつて起こった事象をどうとらえていくのかを描けたらと考えました。だから、今を生きている人間が、過去の出来事をどう語るのかが大事かなと思い、それぞれが語る手法にしました。  

 

作品を作っていく中で「水」に対する捉え方が変化していった

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──洞爺湖八丈島、堂島と三つの「島」を舞台にしていて、どれも全て「水」で繋がっている印象を持ちました。三島監督にとって「水」はどう意味を持っているのでしょうか。

 

三島:結構、これまで水を撮って来ました。水自体が黄泉の国、死の世界の入り口でそこから死が始まるというイメージを持っていて、人間の生きていく中にはごく当たり前の存在として死があるんじゃないかなあと思っています。ネガティブな意味ではなく、「生」を強調するためのものといいますか・・・。今回、それが「死」というイメージから変化したというのが自分でもちょっと驚きだったんです。離島と離島をつないでくれる水の存在は、船というものが進むことによって、誰かにつながる入り口であるというふうに、自分の中で水の捉え方が変わったんですね。それを強調してくださったのが、カルーセル麻紀さんなんです。洞爺湖のほとりで水に手をつけてくださったその動きというか、お芝居をしてくださったときに、よりそれが感じられて、この手の先は誰かにつながっていて、それはお芝居としては亡くなったれいこなわけですが、大阪のれいこかもしれないし、また別の国の誰かかもしれない。この手をつけた冷たい水の先に誰かがいるんだなというふうに改めてあのお芝居を観て感じることが出来て、私の中で大きな変化となりました。

 

──三つの「島」の人々は、それぞれ、娘、妻(母)、かつての恋人という、大切な方を亡くしています。皆、大きな喪失感を抱く一方、罪悪感も感じています。特に前田敦子さんは、「自分がどうして罪悪感を抱かなくてはならないの」という言葉を口にしています。

 

三島洞爺湖を舞台にした第一章でカルーセル麻紀さんは自分の娘が性被害を受けた際に抱きしめてやらなかったせいで娘に死を選ばせてしまったことを非常に後悔して罪の意識を持っている人で、直接的に自分に何かがあったわけではない片岡礼子さんが演じてくださった美砂子も小さな澱の積み重ねの中で大きく喪失していて、父親、もっと言えば家族の形態というものを失ってしまっています。第二章は延命治療を断るということもそうですし、かつて罪を犯した人の子供を宿すということで感じる戸惑いや罪を犯す側の罪の意識、第三章は被害を受けた側の人が罪の意識を感じています。罪の意識っていったいなんなのだろうというのを違う角度から見つめて行ったら朧げながら何か見えてくるものがあるのではないかということで三つの角度から描いてみたら、むしろ「性」と「生」が見えてきました。

もともと自分自身が、ドキュメンタリーを撮っている時から、人間って突然、何かを喪失していくのだなと感じていて、それに直面した時、それでも人生は続いて生きて行かなくてはならなくて。そんな時にどのように魂が救済されていくのかを見つめたいという想いがあります。今回の作品もそういうシチュエーションの中で生きていくことそのものをみつめる作劇になっています。 

 

役者の身体の中から出て来る力強い声

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──先ほどカルーセル麻紀さんのお話がでましたが、キャストの皆さんと今回お仕事をされていかがでしたか。

 

三島カルーセル麻紀さんは、深作さんの「道頓堀川」など観ていましたし、いつかご一緒したいと思っていました。洞爺湖の撮影現場はマイナス20度くらいで最高気温がマイナス6度。その中で80歳のカルーセル麻紀さんがあそこまで頑張ってくださっていることでスタッフもより結束できたんだと思うんです。本当に死ぬ気で生きている方だと思いますし、監督の頭の中を覗きたいと、求めていることに応えたいとずっと言ってくれていました。今までとは違う役を演じていただくことで、彼女自身の人生も色濃く映し出されていたことが印象的です。孤高で気高く美しい人です。

哀川翔さんは、もともと身体能力がとても高い方で、演じる役の背景や感情を動きに変換してくださる俳優さんです。黒沢清さんの「勝手にしやがれ」シリーズ、「復讐三部作」や三池崇史さんの『DEAD OR ALIVE 犯罪者』などで観て来た方なのでいつかこの方を撮ってみたいと思っていて、それはカルーセル麻紀さんも前田敦子さんもそうなんですが。実際撮ってみると、哀川さんは煙草を十年ぶりに吸うという場面で煙草を出したときに、一回鼻の近くで滑らせてじっくりと匂ってから口にくわえるんです。煙草を十年ぶりに吸うということはどういうことなのかを全部行動に変換してくださって、本当に映画的な方でした。

前田敦子さんは、台本を渡してから一か月くらい悩まれて、最終的にはやりますと言って下さったんですが、何度も脚本を読んでいろいろと考えてくださったのはわかっていたので脚本(ホン)読みはしていますが、特別クランクイン前にれいこはこういう人間でと言うような話はしていません。最初に撮ったのが淀川大橋を歩いて来る場面で、その時に立っている姿がすでにれいことして生きてくれていると感じました。お葬式に行った帰りで鞄を持っているのですが、「その鞄の中に何が入っているんですか」と聞かれたので見ていただいたんです。お葬式でもらった元恋人の人生が書かれた写真入りのメモリアルブックが入っているのを見て、じゃぁ、お芝居をしてみましょうとなった時に、抱きしめるように抱えられたんですね。それを観たときにあぁもう大丈夫だな、ありがとうございますという気持ちになって、何も言わずに本番を回しました。

実際の犯行現場で吐露するシーンは、いままでにない演出になりました。そこだけはプロセスの中でここで何があったかということをひとつひとつ感じていただかなければいけないなと思ったので、堂島の街を一緒に歩きながら、一時間くらいかけて細かく説明していったんですが、さすがに私も、自分の中に湧き出るものがあったんでしょうね、淡々としゃべっていたんですけど、いつの間にか前田さんが私と手をつないでくださっていて、共演の坂東龍汰君とスタッフが後ろからぞろぞろとついてきてくれて、私たちを見ていたという時間がありました。大事な時間だったなと思います。長回しで撮っていたのですが、前田さんがその場所で本当に感じたことを肉体と声で出してくれました。

前田さんという人は、つねに満たされない「渇望」みたいなものが強い人で、そこが一番の魅力だと思いますね。それについてある方と話したことがあるのですが、AKB48でトップに立って東京ドームを満杯にしてもそれは一人で達成したものではないという、満足していない、という経験からではないか、と話されていました。もっともっと、という欲望。渇望している人が私、好きなんです。それは、表現者として強みだし、そこにも引き寄せられたのだと思います。

 

──最後に『一月の声に歓びを刻め』というタイトルに込められたものについてお聞かせいただけますか。

 

三島: 完成時のタイトルは「パーツ· オブ· シップ」でした。船の部品って一つ一つは重くてその物自体は沈んでしまうのですが、組み立てると船となって浮かんで進んで行く。人間にも当てはまる点があるのではないかとそのタイトルにしていたのですが、撮り始めると、役者さんの肉体から漏れ出て来る声というものの力強さをすごく感じました。とりわけ前田敦子さんの歌を聞いたときに、あの力強い歌が非常に歓びを感じさせてくれるものだったんですね。

声っていうと「もの申す」とか「意見を言う」とか「糾弾する」とか「主張」という意味に取られがちですが、そうじゃなくてもっと肉体から自然にこぼれて来る言葉、痛みや何気ない歌とか吐息というものも含めて歓びを感じていただけるものになればいいなと『一月の声に歓びを刻め』というタイトルをつけました。

 

(インタビュー・撮影/西川ちょり)  

 

三島有紀子監督プロフィール

大阪市出身。18 歳からインディーズ映画を撮り始め、神戸女学院大学卒業後NHK に入局し「NHK スペシャル」、「ETV 特集」、「トップランナー」など市井の人々を追う人間ドキュメンタリーを数多く企画・監督。2003 年に劇映画を撮るために独立し、東映京都撮影所などでフリーの助監督として活動。ニューヨークでHB スタジオ講師陣のサマーワークショップを受ける。

監督作『幼な子われらに生まれ』(17)で第41回モントリオール世界映画祭 最高賞に次ぐ審査員特別大賞、第41回山路ふみ子賞作品賞、第42回報知映画賞の監督賞を受賞。

他の代表作に、『しあわせのパン』(12)、『繕い裁つ人』(15)、『少女』(16)『Red』(20 年)、短編『よろこびのうた Ode to Joy』(21 『DIVOC-12』)、『 IMPERIAL 大阪堂島出入橋』(22 『MIRRORLIAR FILMS Season2』)、コロナ禍での緊急事態宣言下の感情を記録したセミドキュメンタリー映画『東京組曲2020』(23)など。https://www.yukikomishima.com

力強く美しい映像の力を信じ、永続的な日常の中の人間にある軋みを描きつつも、現代の問題を浮かび上がらせ、最後には小さな“ 魂の救済”を描くことを信条としている。  

 

映画『一月の声に歓びを刻め』作品情報

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2024年製作/118分/日本映画

監督・脚本;三島有紀子 プロデューサー:山嵜晋平、三島有紀子 音楽:田中拓人 編集:加藤ひとみ 撮影:山村 卓也(洞爺湖、大阪)、米倉伸(八丈島)  照明:津覇 実人(洞爺湖)、後閑健太(八丈島)、菰田 大輔(大阪) 録音:小黒 健太郎洞爺湖、大阪)、大竹修二(八丈島) 美術:三藤 秀仁(洞爺湖、大阪) 装飾:徳田あゆみ(八丈島) スタイリスト:齋藤ますみ ヘアメイク:河本花葉 フードスタイリスト:石森いづみ、篠原成徳、廣瀬里穂 助監督:山城研二(大阪、洞爺湖)、大城義弘(八丈島) 制作担当:越智喜明(洞爺湖)、佐野優(大阪) 音響効果:勝亦さくら サウンドアドバイザー:浦田和治  俳句:佐藤香津樹

協力:石森いづみ、石森均、洞爺湖町、( 一社) 洞爺湖温泉観光協会洞爺湖プロジェクト、萬世閣、ワイズエンターテインメントファクトリー、野田幸之助 配給:東京テアトル 製作:ブーケガルニフィルム

出演:カルーセル麻紀哀川翔前田敦子片岡礼子宇野祥平、松本妃代、原田龍二坂東龍汰、長田詩音、とよた真帆  

 

映画『一月の声に歓びを刻め』あらすじ

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北海道・洞爺湖。お正月を迎え、一人暮らしのマキの家に家族が集まった。マキが丁寧に作った御節料理を囲んだ一家団欒のひとときに、そこはかとなく喪失の気が漂う。マキはかつて次女のれいこを亡くしていたのだった。それ以降女性として生きてきた“父”のマキを、長女の美砂子は完全には受け入れていない。家族が帰り静まり返ると、マキの忘れ難い過去の記憶が蘇りはじめる……。

東京・⼋丈島。⼤昔に罪⼈が流されたという島に暮らす⽜飼いの誠。妊娠した娘の海が、5年ぶりに帰省した。誠はかつて交通事故で妻を亡くしていた。海の結婚さえ知らずにいた誠は、何も話そうとしない海に⼼中穏やかでない。海のいない部屋に⼊った誠は、そこで⼿紙に同封された離婚届を発⾒してしまう。

⼤阪・堂島。れいこはほんの数⽇前まで電話で話していた元恋⼈の葬儀に駆け付けるため、故郷を訪れた。茫然⾃失のまま歩いていると、橋から⾶び降り⾃殺しようとする⼥性と出くわす。そのとき、「トト・モレッティ」というレンタル彼⽒をしている男がれいこに声をかけた。過去のトラウマから誰にも触れることができなかったれいこは、そんな⾃分を変えるため、その男と⼀晩過ごすことを決意する。やがてそれぞれの声なき声が呼応し交錯していく。

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