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三島有紀子監督インタビュー/映画『東京組曲2020』/ 20名の俳優たちと共に作ったコロナ禍の「感情の記録」

未曾有の新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われた2022年・春。4月7日には緊急事態宣言が発出され、暮らしが一変する中、不要不急と言われたエンタメ界に身を置く20人の俳優たちは、何を考え、何をしていたのか!?

 

『東京組曲2020』は、俳優たちが各自撮影した映像を、『繕い裁つ人』(2015)、『幼な子われらに生まれ』(2017)、『Red』(2020)などの作品で知られる三島有紀子監督が組み上げて共に作ったドキュメンタリー映画だ。


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NHK在籍当時はドキュメンタリー番組を手掛けていた三島監督だが、NHK退社後は本作が初のドキュメンタリー作品となる。

 

『東京組曲2020』は、2023年5月13日より東京・シアター・イメージフォーラム、6月10日より大阪・シアターセブン、神戸・元町映画館(一週間限定上映)他にて全国順次公開!(※全ての劇場にて英語字幕付き上映。6月10日、11日はシアターセブン、元町映画館両館で三島監督、出演者による舞台挨拶が予定されている。詳しくは各劇場HPをご覧ください) 

また、短編映画『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』(2022/15分)が同時上映される。

  

三島有紀子監督

このたび、公開を記念して三島有紀子監督にインタビューを敢行。作品が生まれた経緯や、作品に込められた思いなど、様々なお話を伺った。

 

目次

夜更けに聞こえてきた女性の泣き声

(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ

──改めて本作を制作するに至った経緯を教えていただけますか。

 

三島有紀子監督(以下、三島): 2020年の3月31日に、5月にクランクイン予定だった作品の撮影中止が決定してしまい、4月7日には緊急事態宣言が発出され、これからどうなっていくのだろう、暗闇に放り込まれたような気持ちになっていました。4月22日に誕生日を迎え、いろんな方がくださったメールを読んでいるうちにだんだん眠れなくなってしまってベランダに出てぼーっとしていたら、ちょうど明け方の4時頃に、どこからか女性の泣き声が聞こえてきたんです。つらいよね、世界中がみんな泣きたい気分だよね、と耳を傾けていたら、泣き声はとても長く続いて、怒りだったり、寂しさだったり、肉親の方が亡くなられたのかもしれないと想像するような悲しみだったり、様々な感情が伝わってきました。泣き声はやがて慟哭のようになっていって、これはもしかしたら世界中の泣き声が聞こえているのではないかと思えてきて、その感情にずっと寄り添っていたくなりました。

これまでNHK時代に制作したドキュメンタリーにしても劇映画にしても、自分がやってきたことって感情に寄り添うという点が共通していたのではないかと思えて来て、この人が泣き止むまで本当に側にいるわけではないですけれど寄り添っていたいと思っていたら、次第に背中をさすられているような泣き声に変わって行き、やがて泣き止んだんです。体感として10分くらいだったでしょうか。その時、ちょうど空が白んできて、誰かが洗濯物を干したり、遠くで電車が走る音が聞こえてきました。それまで自分は部屋の中にたったひとりだと思いこんでいたんですけど、いろんな人が生きているんだと感じられ、みんな何を考えてそれぞれ生きているのだろうといろいろ聞いてみたくなりました。

また、その頃、ジャ・ジャンクー監督が新型コロナウイルスをテーマにした短編映画「来訪」をいち早くWeb公開していて、それにも影響を受け、記録しないと無かったことになってしまうと感じコロナ禍という初めての体験の中で「感情の記録」のようなものができたらいいのではないかと考え、役者の皆さんに声をかけたのが発端です。

 

「半ドキュメンタリー」がもたらすリアル

(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ

──具体的にどのように制作を進めていかれたのでしょうか。

 

三島:まず、今、どんなことを考えているか、自分を撮るとしたらどういうことを撮りたいかということを皆さんに自由にメールで送ってもらいました。その中でより聞いてみたいなという方をおこがましくも選ばせていただいてやり取りをしていったのですが、例えば、加茂美穂子さんは、「夫が鬱ぽいんですけど、コロナ禍でみんなが休んでいるのでペースが同じじゃないですか、そうするとちょっと良くなってきたんです」とお話されていて、コロナってマイナス面ばかり目立ちますが、人間の心地いいペースを見つめるきっかけでもあるんだなということに気付かされました。それで加茂さんに「加茂さんが撮る夫日記」を注文して、「一日の最後に加茂さんご自身が振り返ってもらえますか」とお願いしました。

大高洋子さんの場合は、私が話をお聞きした時は、主演作品である映画『ミセス・ノイズィ』の公開延期がもう決まっていたんですね。だからあの場面はいわゆる再現ドラマなのですが、自分が経験したことだから同じ感情が生まれてくるわけです。最初は自由に撮ってもらって、固定されたiPhoneで大高さんご夫妻の生活の様子が映されていたのですが、役者さんだからどうしても自分がどう見えるのかという意識が強まってしまうと感じたので、ご夫婦の関係から観た洋子さんが観たくて、夫の方に手持ちで撮って欲しいと頼みました。尚且つ、感情が生まれたあとにどんな行動をとるのかやってみてとお願いしたら、洋子さんはいなくなってしまい、実際にあちこち探してやっと夫が妻をみつけるんです。あの場面では、夫婦の間でしか見せない顔というのを大高さんが見せてくれているんですね。

(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ

実家に帰られた佐々木史帆さんの場合は、ほとんど再現なんですけど、最初は自分が隔離されていた生活だけが撮られていました。「お母さんと話したりしないの?」と聞いたら「ドア越しに喋ります」と言うから、「それを撮ってきて」とお願いして、あの場面では本当に佐々木さんのお母さんが喋っておられます。あの頃は特に地方に帰省すること自体大変だったので、佐々木さん自身も気にされていたのですが、お母さんが「世界中のお母さん」のような言葉を語ってくださっていて私自身、とても深く心に響きました。これらのパートは役者ではない家族が絡むことによって化学反応が生まれて、リアルなドキュメンタリーになっている。一方、どちらも役者である池田良さん、田川恵美子さんご夫妻の場合は、池田さんが出ていくことによって田川さんの本当の姿が現れてくる(笑)。池田良さんが子どもさんを公園に連れて行くというところまでは段取りなんですよ。そのあとどうするのかというのはおまかせだったんですけど予想もできない光景が映っていました(笑)。

 

クレジットに入れた「私は今度いつカメラの前に立てるんだろう」というのは取材させてもらった時に田川さんが語っていた言葉なんです。彼女の本当の気持ちというのは、育児と家事に追われてしんどいということよりもむしろ自分は役者をやりたいのにその機会が失われているということだと感じたのでこの言葉をクレジットにいれました。他の方々の場合も、みなさんが実際に語られた言葉を引用していることが多いです。

 

泣き声からどのような反応が生まれるか

(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ

──そうしたクレジットを入れることも編集の一貫かと思いますが、集まってきた動画を編集していくのはかなり大変な作業だったのではないでしょうか

 

三島:ドキュメンタリーというのは基本、構成が大事だと感じていて、編集が一番大変でした。なんでもない日常を撮っているので、どの素材も非常に時間が長くて、また、みなさんが納得行くまで撮り直すことが出来てそれも全部送られてくるので量も膨大でした。役者がOKと思うカットと本当にリアルが映っているカットというのはまた違うので、全部に目を通して、皆さんにOKを伝えました。

その後、編集部としてお二方に協力していただきました。まず木谷瑞さんに客観的に素材を全部観てもらい、例えば、家族が医療従事者の長田真英さんの場合だと、お父さんに留守電を入れるというのが一番需要なキーだと感じたので留守番電話の声をベースにして日常生活を見せていくというふうに、個々のパートの編集をしていただきました。その後、加藤ひとみさんと一緒に全体の構成を考えていきました。 

 

──それぞれのパートのあとに泣き声を聞く皆さんのカットが続きます。

 

三島:泣き声を聞くというのを最後に持っていこうというのは始めから決めていました。どういう感情が生まれるのか、その反応が撮りたかった。泣き声をこちらが用意して、それを一回だけ聞いて自分の表情を撮るというのを皆さんにやってもらいました。松本まりかさんが泣き声を担当してくださったのですが、長さとして8分くらいあるんですね。壮大なものでそれだけでもいろいろな感情が生まれてくるのですが、ただ、編集上はそれを全部聞かせると一人の泣き声にしか聞こえないのできっかけだけやらせてもらってあとは個々のリアクションでみせていきました。もしかしたら、この泣き声はこの人なのかもしれない、ここにはうつっていない別の誰かかもしれない、といろんな風に感じてもらいたかったんです。

 

普通に生きている人の普通の部分を撮る

(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ

──2020年春のコロナ禍の皆さんの姿が刻まれているわけですが、それぞれが背負われている人生そのものが見えてくるようにも感じました。例えば、若い俳優さんは志を持って東京に出ていかれて夢を追っている、そんな青春物語、上京物語のような側面を観ているような気持ちにもなりました。

 

三島:役者というのはある種特別な存在ではあるんですけど、一方で普通に生活して生きている人間で、その普通の部分を撮りたかったんですね。コロナ禍の最前線で働く保健所職員を描いた宮崎信恵監督のドキュメンタリー作品『終わりの見えない戦い』などはとても意義深い作品で好きな作品でしたが、私はそれとはまた違った、その人の青春の部分だとか、家族とのつながりであったりだとか、どこにでもある、何気ない人間の生活の中に何が見えてくるのかというのをみたいなと思いこの作品を撮ったので、そうした感想を持ってもらえたのかもしれません。

 

──映画を拝見してあの時の大変さを思い出すと同時に、今、まだコロナ禍が完全に収束したわけでもないのに、既に当時の記憶が薄れていると感じました。そういう意味でも今、この作品が上映されることに大きな意義を感じるのですが、三島監督ご自身はその点に関して、今、改めてどのように感じておられますか。

 

三島:私が意義を見つけ出すというよりは多分観客の皆さんが見つけてくださるのかなと思います。あるお客さんが「この2020年の春のことをみんな忘れていて、だけどこの2023年にこの作品を見ることで、これからのためにあの3年前の自分を観ているように感じた」とおっしゃってくださったんですね。

思い出したくもないし、出来たら忘れたいし、前だけを向いておきたい事柄だと思うのですが、これからのために3年前を思い出すと言ってくださった時に、作ってよかったなと思いました。

今後、コロナを体験していない人の時代が来るかもしれないですけど、その時にはまた新しい感想が聞けるのかもしれません。

 

(インタビュー/西川ちょり)

 

三島有紀子監督プロフィール

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大阪市出身。18歳からインディーズ映画を撮り始め、大学卒業後NHKに入局。「NHKスペシャル」「トップランナー」など市井の人々を追う人間ドキュメンタリーを数多く企画・監督。2003年に劇映画を撮るために独立し、東映京都撮影所などで助監督として活動後、09年『刺青 匂ひ月のごとく』で監督デビュー。ヒット作『しあわせのパン』(12)、『ぶどうのなみだ』(14)と、オリジナル脚本・監督で作品を発表、同名小説を上梓した。企画から10年かけた『繕い裁つ人』(15)は、第16回全州国際映画祭で上映され、韓国、台湾でも公開。『幼な子われらに生まれ』(17)では第41回モントリオール世界映画祭で審査員特別大賞に加え、第41回山路ふみ子賞作品賞、第42回報知映画賞監督賞を受賞し、国内外で好評を博した。その他の代表作に『Red』(20)『少女』(16)、桜木紫乃原作のドラマ『硝子の葦』(WOWOW)など。コロナ禍で描いた作品としてショートフィルム『よろこびのうた Ode to Joy』」(21)や『IMPERIAL大阪堂島出入橋』(22)がある。敬愛する監督は、フランソワ・トリュフォー、神代辰巳。(公式HPより https://alone-together.jp/

映画『東京組曲2020』作品情報

(C)「東京組曲2020」フィルム パートナーズ

2023/日本/ドキュメンタリー/カラー/95分/アメリカン・ビスタ/5.1ch

監督:三島有紀子 音楽:田中拓人 撮影:出演者たち, 今井孝博(JSC), 山口改 編集:加藤ひとみ, 木谷瑞 調音:浦田和治 録音:前田一穂 音響効果:大塚智子 タイトルデザイン:オザワミカ 配給:オムロ 製作:テアトル・ド・ポッシュ

出演:荒野哲朗、池田良、大高洋子、長田真英、加茂美穂子、小西貴大、小松広季、佐々木史帆、清野りな、田川恵美子、長谷川葉月、畠山智行、平山りの、舟木幸、辺見和行、松本晃実、宮﨑優里、八代真央、山口改、吉岡そんれい(五十音順)

松本まりか(声の出演)

 

同時上映作品

『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』(2022)


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監督自身の思い出の店である大阪・堂島の洋食レストランの閉店をきっかけに、在りし日の店を”記録“として残そうとした私小説的な一篇。35年間店と共に歴史を積み重ねてきたシェフがデミグラスハンバーグを手に自らの過去を回想。再び光を見いだす一夜を、圧巻の長回しで魅せる傑作短編。

2022年/15分 脚本・監督:三島有紀子 出演:佐藤浩市、宮田圭子、下元史朗、和田光沙