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【関西での公開がスタート】映画『きのう生まれたわけじゃない』あらすじと感想/福間健二監督が最後に遺した過去と未来、生と死、愛と希望の物語

『急にたどりついてしまう』(1995)で劇場映画監督デビューを果たして以降、詩と映画への冒険的な表現に果敢に挑戦して来た福間健二監督の七作目の作品『きのう生まれたわけじゃない』ポレポレ東中野でのロングラン上映を終え、いよいよ関西公開がスタートする。

 

家や学校から自由になりたい中学2年生の少女と、妻を亡くした77歳の元船乗りの老人の交流を通して、過去への想い、人間の生と死、人生における愛と希望が描かれている。

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主人公・七海役を、幼いころから舞台などで活躍し本作が映画初出演となるくるみが演じ、福間監督が元船乗りの老人に扮した。『秋の理由』にも出演した正木佐和、脚本家・映画監督・俳優の守屋文雄等が脇を固めている。

 

撮影は2022 年11 月28 日から12 月7 日までの10 日間、福間映画なじみの国立市と多摩周辺、そして三浦半島の海辺の町で行われた。

2023年3月、本作が完成した3日後、福間監督は脳梗塞で倒れ、治療中に肺炎を起こして同年4月に他界。本作が遺作となった。

 

映画『きのう生まれたわけじゃない』は、2023年1月19日(金)より出町座、1月20日(土)よりシネ・ヌーヴォ、元町映画館にて公開。シネ・ヌーヴォでは「福間健二監督特集」も同時開催される。

また、1月19日(金)は京都出町座、20日(土)はシネ・ヌーヴォ、出町座の両館で舞台挨拶、21日(日)は元町映画館にて上映後、ゑでぃまぁこんのミニライブが予定されている(登壇者や時間等は各劇場のHPでご確認ください)。  

 

目次

映画『きのう生まれたわけじゃない』作品情報

(C)2023 tough mama

2023年製作/ 86 分/日本映画/1:1.85/5.1ch/DCP

原案・脚本・監督:福間健二 プロデューサー:福間惠子 撮影・照明:山本龍 録音・編集:川上拓也 美術:住本尚子 音楽:福間健二 ヘアメイク:浅野加奈 スタイリスト:原早織 スタイリスト助手:井藤まりな 脚本協力・監督補:守屋文雄 助監督:厨子翔平 、大城義弘 制作:西村済、岩佐浩樹 スチール:山本龍、松本桂、内田左京 原案協力:小林良二、高田亮 タイトル文字:山崎葉太 宣伝美術:則武弥 エンディングテーマ:ゑでぃまぁこん 製作:tough mama 配給・宣伝:ブライトホース・フィルム 関西宣伝:松村厚 文化庁「ARTS for the future!2 」補助対象事業

出演:くるみ、福間健二、正木佐和、安部智凛、守屋文雄、蕪木虎太郎、住本尚子、谷川俊之、黒田武士、高平よしあき、常本琢招、保志実都貴、西山慧、小原早織、今泉浩

柴山葉平、村上僚、影山いづみ、影山拓海、 影山舞香、神谷萌稲、山口渓、山崎講平、山崎葉太、髙英俊志、太田文、白井魁、橋本惠治、ロビン・ヴァイヒャート

町屋良平(友情出演) 伊藤洋三郎(友情出演)  

 

映画『きのう生まれたわけじゃない』あらすじ

(C)2023 tough mama

母と二人暮らしの七海は中学2 年生。今日も学校には行かない。河原で「夫を亡くしたばかりの人」岬と出会い、心が通じあう。

77歳の寺田は、最近、老人たちが集まって飲み食いする「憩いのベンチ」に参加するようになった。そこにやってきた七海は、老人たちのありきたりの言葉に「きのう生まれたわけじゃないよ!」と反発する。

 

七海は寺田とともに「憩いのベンチ」を抜け出して、二人の時間を持つことになった。七海は、七海という名前をつけてくれたのは父だが、父は家を出てしまったと寺田に打ち明ける。七海の母親は数学に夢中で、七海のことはほったらかしだ。七海は人の心を読むことが出来て寺田を驚かせる。その夜寺田の前に、亡くなった妻綾子が現われる。

 

ある日、公園で七海は、家出を繰り返している高校生の雅人に出会う。雅人の両親は金持ちらしいが、雅人は両親が何か悪いことをしていると考えているようだ。七海の紹介で雅人は寺田の家に居候することになる。そこに寺田の「唯一の親戚」の次郎もやってきた。七海と雅人と次郎は、寺田の作ったオムライスに舌鼓を打つ。聞けば、寺田は元船乗りでコックをしていた時期もあるという。

 

ある日、雅人は「僕が有名になるまで待っていてください」と置手紙を残して出て行き、次郎も岬に一目ぼれして恋の軍資金を作ると言って帰って行った。

寺田は過去のある出来事に心を囚われていた・・・。  

 

映画『きのう生まれたわけじゃない』解説と感想

(C)2023 tough mama

福間健二監督作品は『岡山の娘』(2008)、『わたしたちの夏』(2011)や前作『パラダイス・ロスト』(2020)など夏を舞台にした作品が多く、いつも緑が豊富だ。草木がキラキラと輝いたり、曇天色に染まったりしながら、登場人物たちの背後でじっとしていたり揺れていたりする。

 

『きのう生まれたわけじゃない』の舞台は冬の東京だ。厳しい冬枯れの風景が待っているかと思えば、ここでも草木は幾分紅葉に侵略されながらも、緑色を残して人々と共に存在している。その色合いの優しさが、作品全体のトーンになっているかのようだ。

 

『きのう生まれたわけじゃない』は、演劇性が強いと評された『パラダイス・ロスト』を継承しつつも、新たな独自の表現を見事に築き上げている。監督の手腕は円熟の境地というのとは逆に、寧ろ、みずみずしさを増して行っているようだ。

それは勿論、くるみが演じる中学生の少女、七海の存在が大きいだろう。真正面を向いた彼女の顔が度々スクリーンいっぱいに映し出される。意志が強そうなその眼差しは誠実そのもので、観ていて心が洗われるようだが、思わず襟を正さなくてはならない思いにも駆られてしまう。

 

七海は人の心が読める能力を持っていて、「夫を亡くしたばかりの人」岬と出会い、仲良くなってハグをし、広場のテーブルを陣取って飲み会をしている老人たちと知り合い、その中のひとりで元船乗りの寺田と親しくなる。さらに、両親の生き方に反発して家出を繰り返している少年と出会い、少年は寺田の家に居候として置いてもらうことになる。年齢も性別もばらばらな人々がこうして友人同士となり、孤独を癒していく。

 

土手の上を寺田と七海が並んで歩いている時、どうしても七海は駆けだして前に行ってしまい、すぐに止まって寺田が追いつくのを待つ。こうした動きが何度か繰り返され、彼らの体力差と年齢差がそれとなく表されているのだが、この運動性は、作品の随所に現れる。

人の心が読めるという七海から心を読まれまいとして立ち振る舞う寺田と、逃すまじと動く七海の姿は、まるでスラップスティック・コメディのようなドタバタな面白さだし、岬と七海が落ち葉の絨毯の上で指鉄砲で、撃ちあいをしてみせるのはゴダールの『はなればなれに』の”ビリー・ザ・キッド&パット・ギャレットごっこ”を思い出させる。他にも寺田の家で寺田と少年と七海が太極拳をしたり、別の日に寺田と少年が“ちゃんとごろごろ体操”しているところにいつの間にか七海と岬が合流しているといった調子で、彼ら、彼女たちの躍動する姿を観るのは楽しい。

 

このように人間同士が触れ合うことで、生きる歓びが生まれる様が描かれているが、それぞれが背負っている重さが解消されるわけでは決してない。

七海にとって中学校はひどい場所で登校できないし、自分に対する母親の無関心さも悩みの種だ。寺田は妻を若くして亡くしている上に、過去の出来事に囚われ罪悪感に似た気持ちを持ち続けている。

 

福間健二監督は本作を企画する際、「とりわけ弱い立場にある老人と少年少女は、 生き方を見失っている者が多い」という言葉を残している。

生まれたときから不況で、明るい未来を見出せず、夢を持てない少年少女たち。敬意を表明されないどころか厄介者扱いされる老人たち。人々が心の余裕を失い、分断された社会において事態は極めて深刻である。

 

だが、それでも、映画は歌う。いろいろあるけれど、人間やめられねぇと。「きのう生まれたわけじゃない」という言葉に示されるのは、大地に足を踏みしめて生きる人間の矜持なのである。

 

福間監督のミューズである小原早織が「佐々木ユキ」としてまた登場しているのが嬉しい。そして映画の画面にふと浮かび上がりすぐ消える「ぼくはもういない」という文字。やっぱり寂しさを覚えずにはいられない。

(文責:西川ちょり)