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坂本礼監督インタビュー/映画『二人静か』/ 脚本に書かれたものをどう考えどう撮っていくか

坂本礼監督 (C)デイリー・シネマ

5歳の娘が突然姿を消し行方知れずになってから5年。夫婦の時間は止まってしまっていた。二人は娘の捜索チラシを配る中でひとりの若い女性と出会うが・・・。

 

映画『二人静か』は、不条理なまでの現実に直面した夫婦の感情を繊細なタッチで見つめた人間ドラマだ。複雑な感情のゆれを表情と佇まいと動きで表現して、重い設定をリアルな映画空間に変えてゆくのは涼子を演じた『夏の娘たち ひめごと』(2017)、『カウンセラー』(2021)の西山真来と、雅之を演じた『ぼっちゃん』(2013)、『愛しのノラ』(2018)の水澤紳吾の二人。

 

夫婦の前に現れた身重の女性・莉菜をドラマ『まんぷく』(2019)、『ケイジとハンジ 所轄と地検の24 時』(2020 年)のぎぃ子、奨学金返済のためにパパ活に走る華役に新鋭の裕菜が扮しているほか、伊藤清美、佐野和宏、川瀬陽太、小林リュージュら個性派俳優が脇を固めている。

 

監督を務めたのは、ピンク映画の現場で映画制作を学び、「乃梨子の場合」(2015)、「夢の女 ユメノヒト」(2016)などの監督作で知られる坂本礼。数々のインディペンデント映画のプロデューサーとしても活躍し、本作は8年ぶりの劇映画となる。

『終末の探偵』(2022/井川広太郎監督)、『TOCKA タスカー』(2023/鎌田義孝監督)、『天国か、ここ?』(2023/いまおかしんじ監督)『花腐し』(2023/荒井晴彦監督)と公開作があいつぐ中野太が脚本を務めた。

 

映画『二人静か』は2024年1月13日(土)より第七芸術劇場にて絶賛上映中。2月9日(金)からは出町座にて公開、また元町映画館での公開も決まっている。第七芸術劇場では 1/16(火)16:20の回上映後:坂本礼監督、鈴木卓爾さん(映画監督)、いまおかしんじさん(映画監督)の舞台挨拶が予定されている。(詳しくは劇場HPでご確認ください)。

 

このたび、『二人静か』の関西公開がスタートしたのを記念して坂本礼監督にインタビューを敢行。作品が生まれた経緯や、作品に込められた思いなど、様々なお話を伺った。

 

目次

ネットの記事に書かれた不妊に悩む夫婦の話を目にしたのが始まりだった

(C)坂本礼

──最愛の娘が誘拐されて、それ以降時間が止まってしまっている夫婦を描こうとされたきっかけはなんだったのでしょうか

 

坂本礼監督(以下、坂本): 脚本の中野さんと夫婦の作品を撮ろうということは最初から決めていたんです。その中でネットの記事だったのかブログだったか、今、探しても出てこないんですけど、不妊で今後どうしょうかと悩まれている夫婦の記事があって、子どもができないことで夫婦がいがみあったり、朝まで話をしたりとかそういうことが続いていて、結局そのご夫婦は子どもを産むことを諦めようと決断されたんですね。ただ、結果的には子どもを授かることが出来た。読んでいていろいろと思うところがあり、それを形にしていこうと考えたのがきっかけです。

8年ぶりに今回映画を撮ったのですが、シナリオは8年前には出来ていたんですね。その中で、子どもが出来ないというテーマだけだとふくらみが足りず印象が低いのではないかということで子どもが失踪していることを盛り込んでいきました。実際にあった神隠し的な事件だとか、小説で言えば桐野夏生さんの『柔らかな頬』を読んでもいたので、何かにつけて描く機会はないかと思っていたというのもあります。ぎい子さんが演じた女性については「新潟女児監禁事件」を連想される方も多いと思いますが、実際、この事件に関しては僕も中野さんも一定のリサーチをしまして、モチーフとして映画に取りこみました。

ウォン・カーゥアイとエドワード・ヤン

(C)坂本礼

──まず俳優さんについてお聞かせいただけますか。西山真来さんを起用されたのは何が決め手だったのでしょうか。

 

坂本:西山と組むのは三本目で、作品と作品の間隔は空いているんですけど、続けてやっているので、今回もまぁ西山でという感じでしたね。中野さんも西山が出演することを想定して脚本を書いていたと思います。

 

──お互いよくわかり合っているからやりやすいという感じですか。

 

坂本:いや、西山のことは本当にわからないんですよ。7年か、8年か久しぶりにあっても本当にわからないんです(笑)。逆に彼女は三本撮ってどう思っているんでしょうね。

僕は俳優は何でもできると思っていまして、男女問わず、あまりこだわりがないんですよね。

 

──水澤慎吾さんも同じ感じですか。

坂本:水澤くんは、僕の先輩のいまおかしんじさんの映画に出ていましたし、あとシナリオライターで、映画『almost people』(2023)では監督もされている守屋文雄くんの小学校からの同級生なんですよね。僕らはピンク映画で守屋くんとずっと一緒に仕事をしていたので、僕自身は監督と俳優としては水澤くんと仕事をしていたわけではないんですけど、ずっと近くにいた方なので今回、出ていただきました。

 

──夫婦が二人で歩くシーンでスローモーションを使われていますよね。それも序盤と終盤の二回、あれはどのような意図があるんでしょうか。

 

坂本:ウォン・カーゥアイの『花様年華』(2000)を見て勉強してたんです。ちょうど4Kレストア版が上映されていて、いくつかの作品を見直したところで、あ、そうだウォン・カーゥアイを真似ようと思って真似しました(笑)。いろいろやってみたくてやったものの一つです。

 

──すごくかっこいいシーンがいくつもあって、とりわけぎい子さんが遅くなったから帰ると言ってタクシーを呼んで帰っていくところなんですけど、長回しで撮っていて、ぎい子さんがフレームアウトして西山さんと水澤さんが動くと奥に団地の道路がさーっと見えて、タクシーにカメラが設置されていて進むに連れ、夫婦二人が見えなくなっていくところがすごく好きで。あのシーンに関してはいかがですか。

 

坂本:タクシーに乗って帰るというのはシナリオにあって、それをどう撮ろうかという時にカメラを車に乗せようと。実際、タクシーを呼んだんですけど、結局タクシーじゃなくても良かったんですよ(笑)。タクシーのシーンのショットとか撮り方は『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)の完全な真似ですね。

この前、『エドワード・ヤンの恋愛時代』を映画館で見直したんです。この作品はこれまで何回も観ていて台湾でロケ地を探したこともあったくらい好きな作品なんですね。タクシーにカメラを置いて撮影していた時は、どうこう思っていなかったんですけど、『恋愛時代』を見直して、すぐに『二人静か』の初号を見たときに、あまりにもエドワード・ヤンであることに自分で笑いが止まらなくなりました。

 

ウォン・カーゥアイに関しては、水澤さんが裕菜さんと浮気するシーンで、裕菜さんが皮の服を着ていますが、なぜ彼女があの恰好をしているかというと『天使の涙』(1995)なんですよ。『天使の涙』で殺し屋に扮したミシェル・リーが自慰する場面がありますが、それも真似しています(笑)。

 

台詞の持つ力

(C)坂本礼

──その裕菜さんですが、彼女が演じた華という女性もすごく重要な存在ですよね。貧困とか借金の問題を背負っている。大学の授業料が恐ろしいほど高くなっていて奨学金を返すのに何年もかかってしまうので、彼女はパパ活を始めてしまいます。

 

坂本:本当にこの奨学金問題は深刻で、返すのに40歳くらいまでかかってしまう。今、保証人も親以外の人を付けなくてはいけなくなっていて、非常に厳しいものになっています。僕の直接の上司である瀬々敬久さんが東京での上映時に登壇してくださったとき、「華は全体的なテーマというか映画が表していることが彼女の台詞の中に集約されているのではないか」と言ってくださいました。

 

──台詞といえばやはり水澤さんが、居酒屋で語り始めるすごい長台詞がもう圧巻といいますか、強く心打たれたのですが、あのシーンについてお聞かせいただけますか。

 

坂本:中野さんは荒井晴彦さんのお弟子さんで、荒井さんも台詞をガーっと書かれるんですよね。3ページとか一挙に。中野さんもあの場面はしっかり書かれていたので、そのように台詞が書かれていると僕の方も前のめりにやらなくちゃいけないなと思わされるんですよね。居酒屋であったおばさんに話しかけられたのがきっかけで話し始めるわけですが、あれは勿論、西山演じる涼子に向けて話している。カメラは水澤くんの方にしっかり向けて、全部きっちり納めて撮っています。勿論、彼の台詞の合間に、西山のリアクションをその都度撮るというやり方もあったかもしれませんが、そういうふうなことを要求していない脚本だったと思います。

性愛を映画の中で撮るということ

(C)坂本礼

──坂本監督はピンク映画で修行されて、今回の作品も夫婦の性愛が重要なパートを占めています。性愛を映画の中で撮るということについてお聞きしたいんですが。

 

坂本:最初、中野さんと本作を企画した時は、女性の裸のあるジャンルの映画というカテゴリーで企画をスタートさせていますので、そういう意味で性描写がどういうふうにストーリーの中で盛り込まれていくのかということはひとつの前提としてありました。裕菜さんが演じた役柄も最初はもっと性描写のある設定だったんです。

映画全体としてとか、自分が作る映画としてということであれば、僕は日活ロマンポルノが日本映画史の中において大好きなんですよ。映画において女性の裸はすごくエネルギーがあると思っていますし、ピンク映画をやりたいと志してこの世界に入ったので、そういうのも踏まえて自分の作る映画の中では性描写が付随してくるのはあるんじゃないかなと思っています。

 

──『二人静か』に関して言うと、夫婦の話でもありますし、話の流れから性愛シーンは必然的といいますか、それを最後にもって来たのがものすごく考えられているなと感じました。

 

坂本:この夫婦の性愛を描く場合、どうすればいいのかと考えたときに、セックスは生殖ですので、子どもが出来る可能性もあるわけですよね。もし仮に妊娠したら前の失踪した子供はどうなるのか、忘れるために次の子が必要なのか、そういうことを考えながら二人は体を重ねることになるんじゃないか、特に産むことを選択する女性の方はそうなのではないか、だからある一定の拒絶があったりもするのか、といったようなことをいろいろと考えながら撮っていました。

 

──ラストについてお尋ねしますが、居酒屋で飲んでいる男女の会話に、ラジオで、誘拐された少女が数年ぶりに発見されたことを伝えるラジオの声がかさなってきます。あのふたりは、若い頃の涼子と雅之ともとれますし、まったく別の人ともとれますね。

 

坂本:脚本はふたりの20代前半の頃という形で書かれていまして。あの場面はサイモン&ガーファンクルの「7時のニュース/きよしこの夜」のような感じにしたかったんです。でも俳優がしゃべっているのに聞き取れないのは気持ち悪いという声があってラジオの方を絞ることになってしまいました。実はあのシーンだけ他の撮影とはまったく別の日に京都の「ろくでなし」というジャズ喫茶で撮っているんですね。瀬々さんには「あのシーンいらないだろ!余韻で終わらせておけよ」と言われたりですね(笑)。

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『マリア・ブラウンの結婚』(1979)がリバイバル上映されていて観たんですけど、あれも最後、ワールドカップの放送と男女ふたりが、というのをやっていて音をガンガンにいれているんです。字幕も2本出ていてどちらも読めないっていう。こういうふうにしておけばよかったと思いましたね。

あと、またウォン・カーゥアイなんですけど『欲望の翼』(1990)も最後、トニー・レオンがもうひとつの話を作らなかったから出てきているんだと思うんですけど、唐突でよくわからないシーンになっているなというのもあって、僕たちは、西山と水澤の若い頃で、初めて夜を過ごした次の日ということであのシーンを置いています。でもまったく違う若いふたりの会話だととってもらっても全然かまわないと思っています。ただ、シーンとしては16年前で、ぎぃ子さんが発見された日ということで描いています。

 

実際の事件を映画のモチーフにすることについて

(C)坂本礼

──ぎぃ子さんの役は実際の事件に巻き込まれた方をモデルにされているわけですが、映画の中で彼女には川瀬陽太さん扮する優しい夫がいて、西山さんとぶつかり合っていく中で徐々に救われていきます。女性を映画の中で救いたいという想いが監督さんにはあったのでしょうか。

 

坂本:「新潟女児誘拐事件」のことを考えたときに、本当に僭越なんですけど、彼女が幸せであってほしいと無作為に思ったんですよ。正直いって、僕らが作った映画の話を聞いて、気分が悪くなるだろうし、家族や親類の方がいい気持ちはしないというのは百も承知してるんです。でも先ほど言ったような気持ちがあって、映画のモチーフにしたいと考えました。

実際の事件があった場所では勿論撮りませんが、ただ新潟で撮ろうとは当初思っていたんです。けれど、中野さんとふたりで新潟に行ってみて、これはやっぱりやめよう、新潟出ようと断念して、最終的には千葉の小見川、映画でいえば今村昌平さんの『うなぎ』(1997)だとか、もっと前なら柳町光男さんの『さらば愛しき大地』(1982)の撮影場所なんですけど、水郷地帯でばっと開けているところで、そこで撮影することにしました。

 

女性が幸せであってほしいという気持ちを持ったというのもあったのと、僕ら結構忘れるじゃないですか。被害者の彼女にとっては忘れた方がいいのかもしれませんが、社会として忘れていいのかというのもあって、映画の中に落とし込んでいけば、その時に生まれていなかった方はわからないかもしれませんが、僕たちはその時のことを思い出したりするかなという想いもありました。

僕らは時事ネタ、実際の事件を扱いますけど、そこには当事者がいたり、家族がいたりするので、その人たちの気持ちに対して想像力を持って臨まないといけないなということはいつも思っています。

 (インタビュー/西川ちょり)

坂本礼監督プロフィール

1973年生まれ。にっかつ芸術学院在学中から瀬々敬久監督の作品に助監督として参加。瀬々監督に師事し、数十本の国映作品の助監督を経て、『セックスフレンド 濡れざかり』(1999)で監督デビュー。以降の主な監作品に『いくつになってもやりたい不倫』(2009)、『乃梨子の場合』(2015)、『夢の女 ユメノヒト』(2016)など。2013 年からプロデューサーとしても活動し、主なプロデュース作品に『れいこいるか』(2020/いまおかしんじ監督)、『激怒』(2022/高橋ヨシキ監督)、『間借り屋の恋』(2022 /増田嵩虎監督)、『ダラダラ』(2022/山城達郎監督)、『天国か、ここ?』(2023/いまおかしんじ監督)などがある。

 映画『二人静か』あらすじ

出版社に務める雅之とその妻の涼子。どこにでもいる平凡な夫婦の生活は5年前を境に一変した。5歳になる娘の明菜はある日突然姿を消し、今日まで行方知れずのまま。あの日娘を預けた涼子の父・丈志を涼子は恨んだが、認知症の進んだ父は涼子の母・初恵に介護されている。そして娘の行方不明を機に雅之と涼子の仲は修復不可能なまでに冷えきっていた。わずかな手がかりを求めて街頭に立ち、道ゆく人に情報提供を呼びかける夫婦はチラシ配布を手伝ってくれる莉奈と出会う。涼子は子供のいなくなった心の空虚を埋めるかのように、出産を控えた彼女との交流にのめり込むが……。

映画『二人静か』作品情報

(C)坂本礼

2023 年制作/103 分/日本映画/アメリカンビスタ/5.15.1ch/映倫:R18+

監督:坂本礼 脚本:中野太 企画:朝倉庄助 エグゼクティブプロデューサー:田尻裕司、田尻正子 プロデューサー:坂本礼、寺脇研、森田一人 撮影:鏡早智 録音:菅沼緯馳郎 編集:蛭田智子 サウンドデザイン:弥栄裕樹 仕上げ:田巻源太 衣装:鎌田英子 製作:冒険王株式会社、国映株式会社 制作:国映映画研究部 配給:株式会社インターフィルム

出演:西山真来、水澤紳吾、ぎぃ子、裕菜、伊藤清美、佐野和宏、川瀬陽太、小林リュージュ