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太田真博監督インタビュー/映画『エス』/ 映画で一番描きたいものは人と人がぶつかる中で生まれる分かり合えるかもしれない希望の瞬間

太田真博監督 (C)Cinemago

新鋭の若手映画監督として注目を浴びていたSこと染田真一が逮捕された。彼の古くからの演劇仲間たちは嘆願書を書くために久しぶりに顔を合わせるが・・・。

 

太田真博監督が自身の逮捕体験から着想を得て紡ぎ出された映画エス。友人の逮捕に動揺する人々の日常と心の葛藤がテンポのよいリアルな会話と共に立ちあがって来る。

 

既婚者だが染田の世話をせっせと焼く千穂に松下倖子、染田の新作に主役として出演するはずだった崖っぷちの俳優・高野に青野竜平、自称“染田との絆がもっとも深い”先輩・鈴村に後藤龍馬が扮し、安部康二郎、向有美、はしもとめい、河相我聞等、個性的なキャストが名を連ねている。

 

映画エスは2024年1月19日(金)よりアップリンク吉祥寺にて絶賛公開中!

 

このたび、公開を記念して太田真博監督にインタビューを敢行。作品に込められた思いや、役者への演出法など、様々なお話を伺った。    

 

目次

逮捕された映画監督が不在の偶像劇にした理由

(C)Cinemago

──逮捕体験をもとに映画を撮ろうと思われたきっかけを教えていただけますか。

 

太田真博監督(以下、太田): 2011年に私自身が不正アクセス禁止法違反容疑などで逮捕され32日間、留置所にいまして、その間には実名報道もありました。

最初は留置所の中で目立たないようにしていようと思っていたのですが、実名報道されたら、看守さんが房の外から新聞を見た直後のテンションで、「映画監督でCMもやっているなんて16番さん、すごいじゃないですか」と話しかけて来られたんですね。映画は自主映画しか撮っていなかったんですが。それで留置されている側の人たちも集まって来てそのことが知れ渡ってしまったんです。「留置場の映画撮ってくださいよ」というようなことをいろんな人に言われるたびに、話を合わせるわけじゃないですけれど、「あぁ、こういうシーン浮かびました」、「ああいうシーン浮かびました」と頭をくるくる回転させ続けていました。そういうことがきっかけなんですね。

 

──逮捕された映画監督の染田真一を中心に描くのではなく、彼の古くからの仲間が葛藤する様子や彼らの日常生活を描いた群像劇にされたのはなぜでしょうか

 

太田:僕は、話題の中心になる人物を不在にした映画を撮るのが得意だというのがまず一つ目の理由です。滝藤賢一さん主演の短編映画『笑え』(2008)や山形国際ムービーフェスティバルでグランプリを受賞した『LADY GO』(2010)もまさにそういった作品なんですね。

次に、出て来た後にいろいろな人とお会いする中で、印象的な出来事が特に二つありまして、一つ目は、僕のために嘆願書を書こうと、大学演劇時代の先輩や同期が新宿アルタ前に集合しようとしてくれたことです。でもそれは実現しなかったんです。というのも、集合しようとしていた日が2011年3月11日だったからなんですね。その時僕は裁判所にいて、外の状況もまったくわからなくて世界が終わったんじゃないかと思ったんですが、あとでそのことを聞いて、僕のために何かしようとしてくれた人たちがいたということがすごく胸に突き刺さりました。もう一つは、映画の中で高野(青野竜平)が染田に「縮こまって生きてればいいじゃん!」と言ったというシーンがあるのですが、これは実際僕が高校の同級生に言われた言葉なんですね。その同級生とはずっと仲が良くて、僕は彼をいろいろ助けて来たつもりだし、彼も僕が逮捕された時、すごく助けてくれたんですけど、そんな関係でも、僕がちょっと間違った態度をとったりするとそういう言葉が発生するんだということが印象深かったんです。同級生とは今はもうとても仲が良くて、彼に対して何も悪く思っていないんですけど。

その二つの実体験によって、僕が居ない場所でいろんな人が話しをしたらもっと自分に気を使わないやり取りが発生するのではないかと思ったのが主人公不在というスタイルを選んだもう一つの理由です。  

 

俳優に対する演出でどのような声をかけるか

(C)2023 上原商店

──とにかく登場人物が交わす会話が面白く、時に主題から離れて脱線していったり、誰かのひとことひとことに突っ込んでみたりなど、普段私たちが話しているようなとてもリアルな会話が展開するのですが、台詞を書く際、どんなことを太田監督は大切にされているのでしょうか。

 

太田:一番大事にしているのは全体のリズムだと思います。ひとつひとつの台詞を大事にするという書き方ではなくて、ひとつ崩れると全部崩れるようにもともと書いているというか、そういうところがあります。そのため、一字一句間違えないようにしてくださいと俳優の皆さんにはお願いしています。あの無数の言葉の洪水の中で8文字だけ脚本と違いますけど、あとは全部脚本通りです。8文字というのはひとりの俳優さんが語尾に「ね」っていうのをつけてしまったのと、別の方が3文字と4文字を文の中でテレコにしてしまったということなんですけど。何テイクもする中、ふたりとも正しく言えたときは勿論あったんですけど、そこだけは許容しました。

 

──俳優さんにはどのような声かけをされているのでしょうか。

 

太田:僕は感情のことは言いません。もしかしたらほかの監督の皆さんも同じ考えではないかなと思うんですけど、監督が感情のことを言うと俳優はそこに向かい始めるんですね。「ここは嫉妬してるんだよ」とうっかり言ってしまったら自分なりの嫉妬の感情を作らなければいけないと思っちゃうんですよ。どんなにいい役者でも。つい言葉に持っていかれるのでそこはすごく気を付けています。なので身体のことを主に言うようにしています。ひとつは重心についてです。例えば、松下倖子が屋上で職場の同僚に感情をぶつける場面があるのですが、どこでそのタイミングが来るかわからないけれど一か所左足で地団駄踏んでみようかという演出をしました。それはすごく感覚的なものなんですけど、リハーサルを観ていてあまりにもまっすぐいきすぎるかもしれないという危惧があったんですね。ひとつ体が揺らぐことによって言葉のビームも自然に揺らぐというか、そういうことを狙いました。松下倖子の場合は付き合いが長いので、僕の演出にのっかれば絶対いい方に行くというのが当たり前にわかっているからその言葉だけを伝えればすむんですけど、初めて組む俳優さんにはもう少し慎重に、でも説明過多にならないように「例え」を使ったりしています。映画の序盤、大学演劇チームが公園で集まっている時に、鈴村の役をやった後藤龍馬さんが岩の上でもたれかかる瞬間があって、あの動きをリハーサルで観たときに、もっとよくなるなと感じたんですね。その時にとった演出は「しらたきみたいにやってみましょうか」。自分の身体をその瞬間「しらたき」だと思いこんでほしくて、そういうことを言ったりします。

もうひとつ、呼吸というものも僕にとっては大きな柱のひとつです。呼吸を忘れてしまう俳優さんたちが多いんです。息継ぎはスムーズにできても、発話している最中の呼吸をおろそかにしている方は多いです。ここを訓練していかないと俳優さんは育たないと思っています。だからと言って本番中に呼吸のことを考えながら演じるわけにもいかないんです。それはそれで不自然な演技になってしまいます。あるシーンを演じたあとで、今、もしかしたら正しく呼吸できていなかったかもしれないというのは出来る俳優さんほど気付けるものなので、現場で俳優さんたちにそういう不安を抱かせないためにもリハーサルはとても大切だと思っています。  

 

普通に息を吸えている今、感謝すること

(C)2023 上原商店

──短編映画の『笑え』も非常に面白く拝見したのですが、笑って見られる一方で、れっきとした阪神淡路大震災を描いた作品で、“当事者問題”にも触れられていたことが非常に印象的でした。『エス』も、登場人物の会話を楽しみ、時に笑ってしまう愉快な作品でもある一方、逮捕されてしまった人への世間の冷たさや、誰でもネットで人のことを調べられるネット社会の弊害も描かれていると感じました。そうした社会的なものへの視線は意識されているのでしょうか。

 

太田:普段、真面目なことを考えていても人前では言わないという生き方をしてしまっているんですけど、そういう自分自身を映画に反映した方がいいよということを映画を撮り始めたときに、すごい仲の良い友達に言われたんですね。それでシリアスなものを下敷きにして、表面上はクスリと笑わせるという流儀で作品を撮るようになったんですけど、『エス』に関しては、僕自身が逮捕されてこれを無かったことにして生きていくというのは事実上不可能だということにある時気付いたんです。それまでのアイデンティテイを全部捨てるか、これを撮るかの二択だったんですね。やるしかないという中で、社会問題という意識はあまりなかったのですが、プロデューサーの上原拓治さんは絡められるのではないかとおっしゃっていましたし、マスコミ試写で観てくださった方もいろいろと考えたと言って下さって、自分でもそういうものなのかなと思うようになったという感じです。

 

──先ほど世間の冷たさが描かれていると言いましたが、でもこの作品は「友情」の物語ですよね。全体的にはすごく暖かいものを感じたのですが。

 

太田:こんなに友達に恵まれた人間もいないだろうと思って生きていまして、妻(松下倖子さん)にもよく言われますし、いつもとても感謝しています。映画を通して、僕の人生を支えてくれる友だちに何か伝えたいというのは常々思っています。

ぶつかり合うことってすごくめんどくさいことだと思うんですよ。でもいいことだとも思っていまして、さっきの「縮こまって生きてりゃいいじゃん」と言ってくれた友だちとの関係もそうですし、その先に見える友だちとの過ごし方というのもすごく知っているので、避けたがる人が多いのもわかるんですけど、やみくもなぶつかり合いは無駄であっても気づいたらその渦中にあることもあって、そこから去ってしまうのか、一旦去ったけど戻って来てそこで踏ん張ろうとするのかでその後の人生はまるっきり違ってくるんじゃないかとは思っているんです。ただ、僕が映画で描きたいのは必ずしも一生続く友情というわけではなくて、『笑え』なら集まって来た舞台役者たちがわずかでも分かり合える瞬間があるかというのが大事で、『エス』でも古くからの仲間とは言っても考え方はそれぞれ違って、30歳くらいになると話が全然合わなくなったということも増えてきます。それでもいいじゃんと思っているんです。それでも一瞬ぶつかって、一瞬その答えというか、納得できるものにみんなで到達できるかもしれないという希望があって、分かり合える瞬間を作れる、それが僕が人間関係に持っている唯一の希望なんですよ。それがなくなったら寂しいなという気はしていますね。

 

──太田監督にとって、本作は長編映画監督デビュー作であり、今、その作品が劇場で公開されています。今のお気持ちを教えていただけますか。

 

太田:逮捕されたあの日から始まっていることなので、そう思うと信じられない気持ちですね。今、普通に息を吸えていること自体が当時の自分からしたら考えにくいことでして、正常な呼吸が出来るようになったのはまたやろうと言って下さった俳優のみなさんのおかげであり、『笑え』のメンバーもそうですし、『LADY GO』のメンバーもそうですし、そこに新たに松下倖子が加わって来て、今までの仲間にも支えてもらえるし、新しい出会いもあるんだっていう、それを信じさせてもらえたのが一番大きかったですね。『エス』のプロデユーサーの上原拓治さんは『笑え』と『LADY GO』を当時、アップリンク渋谷でかけてくださろうとしていた方で、公開を予定していたのは2011年の4月だったんです。でも2011年の2月に僕が捕まってしまったので、出て来てすぐにそういう立場ではないですし迷惑をかけてしまうのでとお詫びしまして上映もなくなったんですけど、そういう方がこの『エス』のプロデュースをしてくださっている・・・。普通は離れて行くものじゃないかと思うんですけど、勿論離れて行ってしまった人もいますが、その方々にも感謝していますし、当時すごい勘違いした人間だったと今思うので、今まで起きたことが全部起きなければ、今のような気持ちで上映を迎えられなかったと思います。13年越しにアップリンクさんにかかるという想いもあります。気づいたら渋谷が吉祥寺になっていたんですけど。すごく嬉しいですね。

 

(インタビュー/西川ちょり)  

 

太田真博監督プロフィール

1980年東京都出身。小劇場を中心に役者として活動後、2006年より自主映画制作を開始。

2007年からはTVCMディレクターとしても活動。2009年、『笑え』(主演・滝藤賢一)を名古屋・大阪で公開。2010年には『LADY GO』が各地映画祭に入選し、複数のグランプリを獲得。

2011年、不正アクセス禁止違反容疑などで逮捕され、30日余りを留置場で過ごす。2016年、自らの犯罪をモチーフとした作品『園田という種目』(主演・松下倖子)でSKIPシティ国際Dシネマ映画祭長編コンペティション部門ノミネート、福井映画祭長編部門グランプリ受賞。

 

映画『エス』作品情報

(C)2023 上原商店

2023年/日本映画/DCP/110分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch

監督・脚本・編集:太田真博

プロデューサー:上原拓治 撮影監督:芳賀俊 録音:柳田耕佑 助監督:山田元生 特機:沼田真隆 撮影助手:中川裕太 監督助手:玉置正義 車輌:堀田孝 スチール:ViVi小春、浦川良将 カラリスト:五十嵐一人 音楽:窪田健策 劇中台本:大野敏哉 宣伝:Cinemago 制作プロダクション:株式会社上原商店

出演:松下倖子、青野竜平

後藤龍馬、安部康二郎、向有美、はしもとめい、大網亜矢乃、辻川幸代、坂口辰平、淡路優花 、石神リョウ、篠原幸子中尾みち雄、ノブイシイ、岡山甫、高村明裕、太田真博、松永直/河相我聞  

 

映画『エス』あらすじ

youtu.be

若手映画監督・染田真一が逮捕された。

染田の大学時代の演劇仲間たちは、嘆願書を書く目的で久しぶりの再会を果たす。

染田の新作に主役として出演するはずだった、崖っぷち俳優の高野(青野竜平)。自称“染田との絆が最も深い”先輩、鈴村(後藤龍馬)。そして染田への想いをこじらせ散らかした挙句、別の男性と結婚したばかりの千穂(松下倖子)。

染田の力になってやりたい。想いはひとつ、のはずだった̶。

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