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伊刀嘉紘監督インタビュー/映画『物体 -妻が哲学ゾンビになった-』/意識が変容し、心がなくなっていく妻を支え守ろうとする夫の姿を奇想天外アブサード(不条理)・ロマンスとして描く

伊刀嘉紘監督 (C)2023 金青黒 -sabikuro-

脳細胞が謎の寄生体に置き換えられることによる認知障がいが発生し、徐々に「心を失う」奇病が蔓延。完全に脳を失った者は”哲学ゾンビ”と呼ばれていた。脳科学の分野において哲学「的」ゾンビという概念があり、通常の人間とは外から区別がつかないと定義される。しかし本作に登場する“哲学ゾンビ”たちは明確に通常の人間と異なる奇矯な振る舞いを繰り返していた。

 

映画『物体 -妻が哲学ゾンビになった-』は、そのような“哲学ゾンビ”へと変貌していく妻を、周囲の無理解と不条理にさらされながらも支え続け、ともに暮らしていこうとする主人公の奮闘を描いた奇想天外アブサード(不条理)・ロマンスだ。

 

伊刀嘉紘監督は、米国ミネアポリスにて研究員職に従事しながら個人映画の制作に携わり、『100匹目のサル』、『笑う胃袋』、『梅心中』、『渦中のひと』など数多くの短編作品を海外で発表している。また近年は多数の医療啓発ドラマを手掛けてきた。本作は伊刀監督の長編映画デビュー作で、壮大なスケールで構想されたシリーズの第一弾である。

 

映画『物体 -妻が哲学ゾンビになった-』は2023年12月9日(土)より池袋 シネマ・ロサにて絶賛上映中だ。

 

このたび、公開を記念して伊刀嘉紘監督にインタビューを敢行。作品が生まれた経緯や、作品に込められた思いなど、様々なお話を伺った。  

 

 

目次

愛する存在が変容していく中での葛藤や迷いを描く

(C)2023 金青黒 -sabikuro-

──まず「哲学ゾンビ」という「心を失う」奇病をテーマに作品を作ろうと思われた経緯を教えていただけますか

 

伊刀嘉紘監督(以下、伊刀):山本弘さんが書かれた『神は沈黙せず』という小説がありまして、壮大なSFでとても面白い作品なのですが、その中に内面世界を持たないキャラクターが出てくるんですね。そのシーンにインスパイアされ、この世界観をやってみたいなと思ったのが最初です。

また、今回の作品のテーマである「意識」とか「心」の仕組みといったものには以前から興味があり、それに関して描きたいなという思いをずっと持っていました。実は私は短編映画を結構撮っていまして、そちらの方では、意識が変容したり喪失したりという状況を多く描いて来たという経緯があります。

あと一つのきっかけは、近年、医療系のドラマのお仕事にたずさわることが多く、認知症に関する当事者の方や関係者の方に直接お話をさせていただく機会がありまして、お話をする中で、認知症で心が失われていく、感情がなくなっていくと思われている人たちの内面の実際の豊かさに関する実情をお聞きしたことも影響していると思います。

 

──「ゾンビ」というと、どうしてもホラー映画に登場するゾンビを連想してしまうのですが、この作品に描かれる哲学ゾンビになってしまった人たちは、それぞれ個性的で、そのキャラクターの面白さにまず目がいきます。

 

伊刀:キャラクターに関しては、ゾンビメイクはない素顔ですので、素顔で勝負できる魅力的な役者さんを揃えました。それが様々な個性であったり魅力につながったと思います。ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』の影響力はすごく強くて私自身とても好きなんですけど、そこには葛藤の余地はあまりないですよね。自分の愛する存在がゾンビになったとして、顔も醜悪に変わりますし、そもそも放っておくと食べられてしまいますから脳天を撃ち抜くしか選択はない。そこに迷いは生じないと思うんですけど、今回はそういうものではなく、自分の愛する存在が変容していく中で生じる葛藤や迷いを描きたかったんです。シリーズでは今後、わりと大きな物語になっていくのですが、本作では夫婦のロマンス的な局面を描いていくという形になりました。  

 

出演者との共同作業で脚本に書かれたことを形にしていく

──管勇毅さん、門田麻衣子さんをそれぞれ、悟役、亜居役に抜擢された決め手はなんだったのでしょうか。

 

伊刀:今回、主役のお二人はオーディションで選ばせていただいたんですが、オーディションには本当にたくさんの方が来て下さいました。その際、みなさんには課題を出して、わりと長めに準備する時間をとり、結構、長い演技をしてもらいました。私も細かく演出をつける方なのでかなり時間をかけて演じてもらったんですけど、その中でも管勇毅さんと門田麻衣子さんは突出した力を持っていらして凄く光るものがありました。役のイメージにもぴったりだったので、お二人に主役を演じてもらうことにしました。

撮影に入ってからは、脚本段階ではまだ漠然としているものに血肉を与えていく作業を一緒にしていきました。脚本の中ではいろんな可能性があるので、その台詞に書かれたことをどのように定着させていくのか、一緒に徹底的に考えていきました。私が一方的にこうしてくださいというのではなく、ご提案もいただいて、私が思ってもいなかったことをやってくれたりもして、それがドンピシャだったということもたくさんありました。本当にいいコラボレーションだったと思います。  

 

ディストピア的な要素と人工知能

(C)2023 金青黒 -sabikuro-

──お二人が演じる悟と亜居のラブストーリーとして、非常に感情移入させられたのですが、一方で、当事者たちの気持ちを無視した法令が作られていくなど社会派の一面も見受けられます。

 

伊刀:そもそも荒唐無稽な話ではありますが、いくらなんでも病気になった人を殺処分にするというのは普通に描いたら説得力がなさすぎですよね。何か最低限、理論的な意味づけをして、こういうことならありえるかもしれないなということを入れておく必要がありました。どんどん感染者が増えて行って、労働力が圧迫されれば当然、財界などは「哲学ゾンビ」となったものを安価な労働力として使おうと考えるでしょう。日本という国は、誰かが儲かるとなれば一挙に無理を通す面があるので(それこそオリンピックとか万博とかIRとか)、人権の制限や剝奪が起こりかねない。そんな一定の説得力を持たせるためにある種のディストピア的な要素を入れました。

ところで、このシリーズは別の側面から見ると「人工知能」の話でもあります。そういうお話は通常、ロボットやデバイスに感情が生まれ、人間に近づいていく、といった筋書きで語られることが多いと思うのですが、本作はちょうどその真逆の構造となります。アンドロイドを画面に登場させないで人間とは異なる知性を描くということです。10年以上前に構想した話なんですけど、ChatGPTみたいなものが進化して出て来たので、そういう意味では時流にぴったりかとも思います。今回はまだ話がそこまでに至っていないのですが、すでにディスカッションとしてこの問題が登場していますので、そのあたりも意識してみていただければと思います。

 

寄せ集めのものが集まったパッチワークのような世界

(C)2023 金青黒 -sabikuro-

──音楽もすごくいいですよね。

 

伊刀:音楽いいですよね! 今回、一ノ瀬響さんと鶴見幸代さんという大好きなお二方にお願いしまして、かなり長い時間、やりとりを重ねて制作しました。オープニングタイトルは印象的なメロディーと展開を持つ名曲だと思うんですが、あれがまずひとつ大きなものとしてあって、エンドタイトルの曲は今回少し短く使ったんですけど、この曲、実は劇中のいろんな場面で鳴っている音、例えば、店で鳴っている音とか、時報で鳴っている鐘の音やオープニングのメロディーなどいろんなモチーフの寄せ集めで出来ているんです。これに気付いていただけるとより楽しんでいただけるんじゃないかと思います。それは悟と亜居の夫婦がガラクタを集めて別のものを作り上げるということに対応しています。雑多なものが寄せ集まって、それらの総和以上の意味と価値を持った別の何かが立ちあがる、というのが作品全体のモチーフになっています。

 

──悟と亜居が「ガラクタ」のことを「お宝」と表現する場面がありますね。そのシーンと言葉がとても印象に残ったのですが、非常に大きな意味を持っているんですね。

 

伊刀:実はそうなんです。本作はいろんな寄せ集めのようなイメージがたくさんありまして、例えば二人が住んでいるのもガラクタを寄せ集めたような家です。あとわかりにくいですけど、自転車もふたつの自転車を合わせてひとつにしたりしています。複数のものをくっつけることによって何かが出来上がるということです。これはこのあと人工知能の進化の話にも絡んできます。人工知能って流暢に会話が弾んでいるように見えますけど、結局は過去に蓄積したデータの寄せ集めですよね。それは人間と何がちがうのか、という話です。

 

ありがたいことに、作品を見てくださった方が「何回も観られる作品」と言ってくださっています。その点はこちらも意識して作りましたので、物語を消化していくだけではなくて、場面、場面を味わって観ていただければとても嬉しいです。

 

(インタビュー/西川ちょり)  

 

映画『物体 -妻が哲学ゾンビになった-』あらすじ

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夫婦で不法投棄の不燃物を漁る悟(管勇毅)と亜居(門田麻衣子)。廃材からオーダーメイド玩具を作りながら、ふたり慎ましく暮らしていた。

 

そんなある日、意図せず持ち帰った昆虫から未知の寄生体が妻の頭蓋内に侵入。脳を蚕食され、妻はすこしずつ壊れていく・・・。

 

じわじわと感染を拡げつつあるこの奇妙な寄生体疾患において、感染者同士は属性を共有しあうという特性があった。あろうことか、亜居は連続殺人鬼(竹中凌平)の属性を継承してしまう。

 

感染から一ヶ月経ち、すべての脳細胞が失われ、自我意識を喪失した亜居は完全なる「哲学ゾンビ」となった。改正脳死法に従い、人権を喪失した亜居は一種の危険生物と見なされ、「殺処分」の宣告が下されてしまう・・・。  

 

映画『物体 -妻が哲学ゾンビになった-』作品情報

(C)2023 金青黒 -sabikuro-

2023年/日本/71分/DCP/カラー/ステレオ

原作・脚本・編集・監督:伊刀嘉紘

プロデューサー:西田敬 撮影監督:國松正義 美術:宮下忠也、永野敏 音楽:一ノ瀬響、鶴見幸代 宣伝:Cinemago 制作協力:広尾メディアスタジオ 小野川温泉観光協議会 製作:金青黒 -sabikuro-

出演:管勇毅、門田麻衣子

竹中凌平 藤崎卓也/川瀬陽太

比嘉梨乃、渡部遼介、山田浩、川連廣明、金原泰成、埜本佳菜美、小磯勝弥、井波知子、高越昭紀、川野弘毅、赤山健太、沖田裕樹、鈴木広志、東涼太、土屋吉弘、田中庸介、井手永孝介、青木俊範、しままなぶ、橋本晶子、谷村好-、大谷亮介

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