日活110周年記念特集上映「Nikkatsu World Selection」が全国の映画館で順次開催されている。(関西では大阪・シネ・ヌーヴォにて4月8日(土)~21日(金)の期間、神戸・元町映画館にて5月13日(土)~26日(金)の期間、それぞれ上映される。上映時間は各映画館の公式HPをご参照ください)
今回上映されるのは、カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンをはじめとする海外の映画祭に選出されたり、過去10年間に世界50ヵ国以上にて上映され特に高い評価を得た8作品のデジタルリマスター版。
その中から川島雄三の『幕末太陽傳』(1957)を取り上げたい。
「居残り佐平次」などの古典落語をベースに、遊郭に居座った一文なしの佐平次と、遊女や出入りする客たちが繰り広げる騒動を描いた川島雄三監督の代表作のひとつだ。
目次
映画『幕末太陽傳』作品情報
1957年製作/110分/日本・日活/スタンダード・サイズ
監督:川島雄三 脚本:川島雄三、田中啓一、今村昌平 撮影:高村倉太郎 照明:大西光津男 美術:中村公彦、千葉一彦 録音:橋本文雄 編集:中村正 音楽:黛敏郎 助監督:今村昌平 制作主任:林本博佳
出演:フランキー堺 左幸子 南田洋子 石原裕次郎 小林旭 芦川いづみ、金子信雄、織田政雄、岡田真澄、植村謙二郎、河野秋武、二谷英明、西村晃、高原駿雄、武藤章生、小沢昭一、梅野泰靖、新井麗子、菅井きん、山岡久乃、殿山泰司、市村俊幸
映画『幕末太陽傳』あらすじ
文久2年(1862年)、東海道品川宿にある遊郭・相模屋を訪れた佐平次は、勘定を心配する仲間をよそに芸者をあげて大騒ぎ。
ところが翌朝、店の者が勘定にやってくると佐平次は無一文であることがわかる。佐平次は居残りと称して相模屋で働き始める。
お調子者で機転の利く佐平次は、女郎や客たちのトラブルを次々と解決し、相模屋の主人にも重宝されるように。
相模屋で攘夷を画策する高杉晋作らとも交流し、すっかり遊郭の人気者となるのだが…。
映画『幕末太陽傳』の感想・評価
冒頭、文久2年暮れの品川宿が映し出される。夜の街道、馬に乗るイギリス人を追いかける長州藩士たちの姿が見える。画面奥の階段から人々が降りてきて、家と家の間の通りを追いかける様子は時代劇ではよく見られる光景だ。
イギリス人に撃たれた長州藩士の志道聞多(二谷英明)が懐中時計を落とすと、男がひとり飛び出して来てすかさず時計をいただいてしまう。それが本作の主人公、フランキー堺扮する佐平次である。
タイトルが出た後、今度は昭和32年当時の品川の光景が映し出される。
軽妙なナレーションと、軽快な音楽が鳴り響く中、赤線地帯の風景を流れるように撮っている。これって現代劇だったの?と混乱しかけたところでホテルのネオンが「相模屋」の行灯に変わり、画面は再び文久の品川宿に移る。
相模屋の廊下を歩いていくフランキー。部屋にはいって火鉢を囲む。ちょっと意表をついた洒落たオープニングだ。
部屋には芸者がやってきて、佐平次は仲間とともに一晩中大騒ぎをするが、翌日勘定にやって来た店の者(若き岡田真澄)に一文もないと居直り、店で働いて返済することになる。
こうして佐平次が、こまめに店で働き、廊下を軽快に小走りに進んでいく姿が頻繁に登場するようになる。この映画の最大の魅力はこの佐平次の身のこなしだと私は思う。
佐平次という男、人当たりもよく頭も切れ、数々の難問を次々と口八丁手八丁で解決していく。
女たちも彼を放っておかない。1,2を争う売れっ子遊女の左幸子と南田洋子は取っ組み合いの喧嘩を始める。途中からその様子を俯瞰でとらえ、二階に場所を映して、延々とやっている、そのしつこさが可笑しい。
石原裕次郎が高杉晋作役で登場したり、遊郭に売られそうになる芦川いずみ扮する女中のおひさを助けるために佐平次が一世一代の大仕事をやってみせるなど、物語はあわただしく進んでいく。
そんな佐平次だが、彼はどこか具合が悪いのか、薬を服用しており、次第に体調が悪化しているようにも見受けられる。
彼は軽妙に動き回るが、誰にも心を開かず、にこにことした笑顔の下に冷徹なまでにクールな素顔を隠していて最後にはどこか別の場所に行ってしまう。
エピソード豊富なドタバタ喜劇でもありながら、人情ものにおさまらない不思議な凄みのある作品である。そこには若くして病気を患い1963年に45歳で亡くなった川島雄三の死生観が反映されているのかもしれない。