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映画『夜を超える旅』あらすじ・感想 / 俊英・萱野孝幸が描く予測不能な旅の行方

学生時代の友人たちと1泊2日の旅に出た漫画家志望の青年。かつて思いを寄せていた女性が遅れてやって来たとき、事態は思わぬ方向へと転がりだす・・・。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021」で優秀作品賞&観客賞をダブルで受賞し、その後も「第34回東京国際映画祭」、「プチョン国際ファンタスティック映画祭」で公式上映されるなど、国内外の映画祭で高い評価を得てきた映画『夜を超える旅』

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予測不可能な展開が待っている本作は、ジャンルを軽々と越境していく恐ろしくも魅力的な快作だ。

この才気溢れる作品を監督したのは、九州を中心に映像制作を続けてきた俊英・萱野孝幸。出演者も主演の高橋佳成をはじめ、九州出身の俳優が多数出演している。また、物語のキーパーソンとなる女性・小夜を『さんかく窓の外側は夜』(2021)などの中村祐美子が演じている。

 

 

目次

 

 

『夜を超える旅』作品情報

(C)αPRODUCE/KAYANOFILM

2021年製作 81分 日本映画 監督・脚本・編集:萱野孝幸 撮影:宗大介 照明:和田直也  美術:稲口マンゾ  特殊メイク:中堀つぐみ  ヘアメイク:田中優深  音響監督:地福聖二  音楽:松下雅也  助監督:長谷川テツ  スチル:和田直也  漫画制作:SHiNPEi a.k.a. Peco

出演:高橋佳成、中村祐美子、青山貴史、AYAKA、桜木洋平、井崎藍子、時松愛里、青木あつこ、荒木民雄、長谷川テツ

 

『夜を超える旅』のあらすじ

(C)αPRODUCE/KAYANOFILM

漫画家志望の春利は、大学を卒業しても夢を諦められず、同棲中の恋人のヒモのような生活を続けていた。ある日、学生時代のゼミ仲間たちと1泊2日の旅に出ることになるが、旅の費用の捻出もままならない。恋人に金を無心しなんとか都合をつける始末だ。

 

久しぶりにあった友人たちと談笑しながら、目的地のロッジに到着。夜になって陽気に酒を飲んでいると、恋人から電話がかかってきた。応募していた漫画賞の結果が出ていると言う。

 

帰ってから結果を見るよと春利は応えるが、やはり気になるので尋ねると、落選が告げられる。旅行中にわざわざ落選を知らせてきたことに腹を立てる春利に、恋人は早くわかったほうが踏ん切りがつくでしょ、と応える。

 

この漫画賞に賭けていた春利は、激しく落ち込み酒をしたたか飲んでしまう。いつの間にか眠ってしまい、目覚めると、小夜が遅れてやってきた。彼女は春利の学生時代の憧れの存在だった女性で、春利の気持ちは高ぶる。

 

しかし、朝になると事態は一変していた。本当に小夜はやって来たのか? 昨日観た風景は何だったのか!?

 

友人たちとの佐賀旅行が生き地獄の修羅場へと変わろうとしていた・・・。

 

 

『夜を超える旅』の感想・評価

(C)αPRODUCE/KAYANOFILM

(映画の主題に触れていますので、気になる方は作品をご覧になってからお読みください)

映画の序盤は、「漫画家になりたい」という夢を諦められない主人公・春利のモラトリアムな様相と、学生時代の仲間との一泊二日の旅行の行程が緩やかに語られていく。

 

途中立ち寄った食堂で、野菜炒めを注文しておいて玉葱を抜いてくれと頼む春利と、玉葱が嫌いならネギも嫌いな筈だ!とキレている厨房の店主とのやりとりなど、呑気でほのぼのとした光景が続く

 

ところが、主人公の睡眠と目覚めのタイミングで、何かが一変する。春利は安易に交わした約束のために命のかかった地獄巡りを余儀なくされるのだ。

 

眠る、起きるという行為がスイッチとなり、青春モラトリアム映画が一気にホラー映画じみて来る。ブレイカーが飛んだのか真っ暗になったロッジに再び灯りが戻った時、登場人物の一人がとびきり大声で悲鳴を上げるが、今にして思えば、あれはホラーにありがちな大きな声や音で人を驚かす手段だったのではなく、非常に計算された意味合いを持つものであったことがわかる。

 

前半の青春モラトリアム映画の時点ではなんの予兆もなかったかのように思えたが、実は密かに伏線が貼られていたことも今ならわかる。なんと巧みで緻密に練られた脚本なのだろう。

 

春利が巡る地獄は、時に西洋の怪奇もののごとく、時にナ・ホンジン作品を思わせる土着の特異な儀礼のごとく、彼を取り込み、恐怖で包み込む。

 

世界の境界線も、映画のジャンルも、やすやすと越境していく、この才気あふれる作品は、終わってみれば、夢か現実か、漫画の世界か、実人生か、嘘か真実か、曖昧で錯綜したままだ。だが、体感という痕跡だけは、リアルで確かなものとして見る者に生々しく記憶されるだろう。

 

そして、終盤の展開からラストへ。私たちはここで最大の衝撃を受けることになる。

春利の同棲中の恋人は、彼女のいくつかの言説から判断すると、春利が漫画家になれるわけがないと感じている。それと同じように私たちもまた、漫画家になんてなれるわけないじゃんと彼を見くびってはいなかったか?この作品はそんな私たちに鉄槌を食らわすものだ。

 

一連の出来事は、漫画家になりたいという彼の思いが一途で、本物で、ゆるぎのないものであるということを結果として証明してみせた。

 

夢があっても社会生活はその夢の邪魔になるようなことばかりだ。夢を実現させるための時間がなかなか取れないのにバイトを増やせとは何事か、周りの同調圧力を跳ね返しながら、世間からは「ヒモ」なんて言葉で揶揄されながら、それでも自分の才能を信じ、夢を追う主人公を、映画は遠回しではあるが、強く肯定してみせるのだ。

 

映画を観終えた今、心地よい興奮が、じわじわと広がっている。

(文責:西川ちょり)

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