デイリー・シネマ

映画&海外ドラマのニュースと良質なレビューをお届けします

韓国映画『草の葉』ネタバレ感想/ホン・サンスによる絶妙な人間観察

映画『草の葉』は、韓国の名匠ホン・サンスの22作目の長編監督作だ。

公私に渡るパートナーの女優、キム・ミニ狂言回しの役割を果たし、ある喫茶店にやって来た人々の悲喜こもごもをスケッチしていく。2013年の作品『自由が丘で』の舞台でもある安国駅裏路地で撮影された

 

第68回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品作品。日本では第19回東京フィルムメックスで初上映され、その後、配信サイト「JAIHO」で、『あなた自身とあなたのこと』(2016)、『川沿いのホテル』(2018)などと共にホン・サンス特集として配信された。現在はシネマ映画.comにて「JAIHOセレクションvol.1」の一本としてオンライン上映されている(2022年12月9日~18日)。  

 

目次

映画『草の葉』作品情報

(C)2017 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERV

2018年製作/66分/韓国/原題:풀잎들(英題:Grass)/監督・脚本:ホン・サンス

出演:キム・ミニ、コン・ミンジョン、アン・ジェホン、キ・ジュボン、チョン・ジニョン、ソ・ヨンファ、キム・セビョク、シン・ソクホ、ハン・ジェイ、ユ・ヨン

映画『草の葉』あらすじ・ネタバレ感想

(C)2017 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERV

植木鉢がたくさん並んだ静かな路地を大きなリュックを背負った女性(コン・ミンジョン)が歩いてきて、角の小さな喫茶店に入っていく。その様子を観ていたテラス席の男は立ち上がり、タバコを吸いながら植木をのぞいている。

 

場面変わって、2人の男女が向かい合って座っている。一人は先程の女性。もうひとりは女性と同じくらいの年の男性(アン・ジェホン)だ。カメラは固定されていて、長回しで2人が会話する様子を撮っているが、ホン・サンスらしいカメラワークで、唐突にズームで人物に寄ったり、会話する人間にあわせてカメラが右へ左へ動いたり、一方の人間をクローズアップでとらえたりしている。どうやら彼らには共通の友人がいて、その女性は亡くなっているらしい。会話している女性はそのことを悔やんでいて、彼女を殺したのはあなただと男性を詰り、男性は「そのいい方はひどい」と抗議している。カットが変わると、キム・ミニ扮する女性がMacBookを広げている。大声で言い合いをしているカップルについて考えたことを書き付けているのだ。

 

茶店では様々な人々がそれぞれの会話を交わしている。そうした会話を盗み聞いた作家が、そこからまた多様な想像をする作品は少なくない。が、しかし、キム・ミニはそこで行われている人間の会話のみに集中している。別に小説の題材というわけでもなく小説家になるつもりもないらしい。

 

彼女を一種の狂言回しとして、この空間に集う人々の姿がクローズアップされる。前述した男女以外にも、劇団の団長と喧嘩して飛び出し、自殺未遂した上に住む家もなく、後輩(ソ・ヨンファ)の家に間借りできないかと頼む初老の男(キ・ジュボン)がいる。

テラス席に座っていた男(チョン・ジニョン)は俳優だが脚本も書いていて、脚本家の後輩(キム・セビョク)に済州島に10日ほど行って一緒に脚本を書いてみないかと誘っている。その後、この男はキム・ミニのところに行き、唐突に10日ほど日常生活を観察させてほしいなんてことを言っている。

こうした男たちの頼みは実にずうずうしく映り、嫌悪感さえ覚えるが、女たちははっきりと拒否している。間借りさせてほしいと頼まれた女性は相手が先輩なだけに申し訳無さそうだが、譲れない部分は断固として拒否だ。男たちの頼みが受け入れられることはない。

 

そういう意味ではキム・ミニと会う弟(シン・ソクホ)も同様だろう。キム・ミニを喫茶店まで迎えに来た弟は別の店に姉を連れて行き、そこで恋人を紹介する。弟は姉と恋人が互いに良い感情を持ってほしいと望んでいたはずだが、最初は調子がよかったのに、途中、なぜか姉が激しく激高しだす。

その店の別の一角では、中年の男性と若い女性が深刻な顔つきで会話している。二人の共通の知人が亡くなったようで、男性は女性が殺したも同然だと責めている。女性は酒に逃げながら、「落ち着いてください」と男に声をかけるが、男は知人の死を惜しみ、感情を抑えることができない。

また、先程、テラス席で俳優の男としゃべっていた脚本家は、好きな人が約束の場所に現れなかったのか、店の階段を降りたり上ったりする。最初は軽やかに降りてもいたのだが、段々と鬼気迫る上り下りになっていく。ここで描かれているのは理性で抑えることのできない「感情の爆発」である。  

 

日が落ち、当たりが暗くなってくる。喫茶店には酒が持ち込まれ、店内にいた俳優ふたりが知り合いだったようで、二組が合流して席を共にしている。

その横にキム・ミニがいる。「持ち込みの酒はどうしてこう美味しそうなのだろう」とキム・ミニは綴り、同じ空間にいた最初のカップルもその持ち込まれた酒に敏感に反応している。そればかりか、先程の殺伐としたムードとは一変し、どこかで酒を飲んで今夜一緒に過ごそうという話になっていく。キム・ミニはそれを耳にして、かなり辛辣に彼らを批判する。「死んだ人を出汁にして仲良くなるつもり?」、「自分たちが死ぬことなど考えてもいやしないから毅然としていられる」と。けれどもすぐに「生きている人はちゃんと生きていかなくちゃね」「羨ましい」と続けている。

 

昼から夜まで、彼らはこの喫茶店で一体どれくらいの時間を過ごしたのだろうか。その上、酒とツマミを持ち込まれては店はたまったものではないだろうと考えつつ、人間とは本当に奇妙な生き物であると感じる。喧嘩していた人間がいつの間にかよりを戻したり、悲壮感漂っていた人間が笑みで溢れたり。

ホン・サンスによる絶妙な人間観察だ。上映時間66分とは思えない実に濃密な作品。

www.chorioka.com