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映画『やくたたず』感想・レビュー /三宅唱の驚くべき長編監督作品第1作

映画『ケイコ目を澄ませて』が2022年12月16日(金)よりテアトル新宿、シネ・リーブル梅田他にて全国ロードショーされる三宅唱が2010年に撮った長編監督作品第1作。

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一面雪に覆われた札幌郊外を舞台に、若者たちの生命の息吹を美しいモノクロームの映像で切り取った唯一無二の青春映画だ。

 

(日本映画専門チャンネルにて2023年1月6日に放映あり)  

 

目次

映画『やくたたず』作品情報

2010年製作/76分/日本映画/監督・脚本・撮影・編集:三宅唱 助監督:古田晃司 録音:高柳翼 美術:久保田誠 制作協力:木村亮太 

出演:柴田貴哉、玉井英棋、山段智昭、櫛野剛一、足立智充、南利雄、片方一予、須田紗妃 (第6回CO2助成作品)

映画『やくたたず』感想・レビュー

三人の男子高校生が歩いている。高校生は正面を向いて、こちらに向かってどんどん歩いてくる。並びに規則はなくて、やがて彼らは走りだす。カメラも共に走って彼らにあわせて後退していくのだが、途中で彼らは走るのをやめてしまう。だが、カメラはどんどん下がっていき、距離もあいてなんだか焦点もあわなくなっていて、ふっと気付いたかのように動きを止める。被写体とカメラの動きのズレになんだかはっとする。

次の場面では三人は電車に乗っていて、その並びにもとくに規則性はないのだが、そのビジュアルは役者の顔、画面のアングルの妙などが重なってどこか魅力的に映り、彼らを包んでいる「気分」に早速惹かれている自分を感じる。

もちろん、それだけでは彼らがどのような「気分」を持っているのか、内心何を考えているのかなどわかりっこないのだが、なにやら、その雰囲気(いずれにしてもあやふやな言葉しか浮かばないが)に早速気持ちを掴まれたのは確かだ。  

 

三人のうち二人が降り、一人は電車に乗ったままで、カメラがその少年に焦点をあてドアが閉まるまで回っているのがまたいい。

先に降りた二人は、駐輪所で目的の自転車をみつけられなかったのか、踵を返し、次の場面では俯瞰で車道を横断するところが映し出される。その次には室内の窓ガラス越しに歩いている二人が見える(ここはちょっと北野武の『ソナチネ』の冒頭を思い出させる)。

ドアのところで電話をかける男と入れ替わるように室内にはいってくる二人の高校生。どうやらそこは喫茶店らしい。高校生のうちの一人が履歴書を渡しており、もう一人に紹介されて何かアルバイトでも始めるようだ。

こうして彼らの仕事ライフが始まるのだが、勤め先は防犯装置を売る会社のようだ。警察が出てきたり、なにやら不穏というか、まっとうではない気配が漂っている。しかし、映画はそこから何か劇的な展開があるわけでもなければ、大人による理不尽な暴力や、少年たちの失望といった想像しうることは何も起こらないし、詳しいことをあえて説明しようともしない。独白もないし、人と人の大きなぶつかり合いもない。

だが、人物の背景などはまったくわからないのに、彼らの確かな息遣いが画面から感じられる。とりわけ、ひとりだけ電車を降りなかった少年=一番あとでこの仕事にかかわることになった少年=は、仕事の要領がよくわからず、最初は戸惑っているのだが、(どういうやり取りがあってそうなったのかは不明だが)髪をバリカンで刈って坊主頭になってから、顔つきも変わって生き生きとしだすのである。

また、職場のたった一人の女性の顔つきには、何か途方も無いものを経験してきたかのような迫力があるのだが、彼女もまた突然ショートヘアになって、さらなる迫力(あるいは緊張感?)を持った顔つきをみせてくれる。

 

一番最初にこの仕事にかかわるようになった少年はもっと懐に入り込みたくていつもやきもきしている感じがするし、二番目に参加した少年は一番ドライで何も期待していないように見える。もちろん、彼らの本当の心の動きなどを理解したわけではない、彼らが今の現状に何か焦燥感をいだいているだとかそんなこともわからない(そして映画もそれを描こうとはしない)。でも一人一人の個性は実にきちんと伝わってくるのである。    
 深く雪が積もる場所で動かなくなる小型トラックを少年たちが押して、右から左へ移動させている間、電車の踏切の音が聴こえていると思ったら、平行するように画面の奥に電車が通り過ぎていく場面を引きのカメラで捉えている。トラックが盗まれて(恐らくこの物語で最も大きな事件だろう)探しに雪の中を画面の上の方に進む少年と、左に進んですぐ戻ってきてまた同じ方向に探しに行く少年の様子をカメラはどんと動かないまま、引きで映す(90度離れた動きを同時に映す)。そんな画面の積み重ねの中から、上にあげたような人間の息吹が感じられるのだ。これはひょっとして凄い映画ではないだろうか。

最も印象的だったのは、少年たちが、丘のようなものを登って行くと、降りた先に海が広がる世界が待っていて、海辺を歩いて行く少年をずっとパンして追っていく長いシーンだ。

途中、砂浜に波が寄せてくる場所が画面の縦にはいっていて、二人の少年は波に囲まれたように見えるのだが、二人がそこを乗り越えると、また普通の砂浜がつづいていて、そして、画面のてっぺんまで荒い北の海の波が押し寄せる光景が映しだされている。

水平線をみせず、波を画面のてっぺんに据えて、これまた引きの構図で撮っている。ここに行くのも、ヘアカットした少年が先導したわけで、彼の後半になるに連れ見せる積極性は、盗まれた車をみつけた時、友人の警告をきかず、運転席に乗ったまま車を動かそうとする画面でピークになる。

そして突然切れるように終わるラストも良い。白い雪と黒い学ランというコントラストがモノクロ画面で引き立って、映画のエンドクレジットを観ながら、終わってしまったのか・・・と名残惜しい気持ちが湧き上がった。

(本稿は映画『やくたたず』が2013年に劇場公開された際、興奮覚めやらず書き綴った拙文に修正を加えたものです)